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プロローグ 商品の青い角

 やがて広い室内の照明が落とされ、薄闇の中にステージが明るく照らし出された。


 やっとだ、やっと始まる。


「会場にお集まりの皆様方、大変長らくお待たせ致しました!」


 大仰な仕草で頭を下げ、両手を掲げてターン。

 浮かれるような仕草で口上を述べる司会。


 そんな挨拶は要らない、ただ早く進めればいい。


「まず、本日最初の商品は―――」


 係員に連れられてステージの中央に進み出たのは、大柄な獣人の男だ。


 角もないし、男。

 違う、こいつじゃない。お前は呼んでいない。

 力自慢もどうでもいい、早く引っ込め、次だ。


 祈りの念が通じたのか、競りは早々に決して次の『商品』に移る。


「お次にご覧にいれますのは、一風変わった男の奴隷―――」


 男の奴隷の時点で、お目当てとは違う。

 姿を見るまでもない、深く腰掛けて眼を閉じる。

 次だ、次。


 その次に現れたのは珍しい魚人。

 もちろん、用はない。次だ。


 次々と移ろう『商品』

 そこに、お目当ての品は並ばない。

 期待、落胆。かすかな怒り。床を踏み鳴らす。

 それを飲み込んで、次への期待。繰り返す落胆。


 こんなことならば、勧められた通り後半から来るべきだったか?

 いや、そのせいで目当ての品に間に合わなかったりしたら悔やんでも悔やみきれぬ。

 これは必要な辛抱だ。この程度の我慢、娘に比べればどうということもない。


 期待と辛抱と、辛抱しきれずに落胆と苛立ちと。

 不満なほどにゆっくりと、しかし確実に競りは進む。



 男の商品が終わり、女の商品が続く。

 能力に秀でた者よりも見目麗しい者ばかりが続くのは、まぁ当然のことであろう。


「続きましては、まだ年端もいかぬ可愛らしい双子―――」


 少しずつ商品の品質が上がっているからか、徐々に上がる会場の熱量。

 満を持してとばかりに壇上に立たされたのは、見目麗しい双子であった。

 怯えを湛えた姉と、怯えを隠した妹。磨かずとも光り輝くであろう将来性が感じられる、目鼻立ちの整った可愛らしい少女だ。

 会場のどこからか、荒い息が聞こえた。


 角はない、用もない。次だ。

 ええい長引くんじゃない、次だと言っているだろうが。


 辛抱を忘れ床を踏み鳴らしながら険しい視線で念を送るが、どこ吹く風とばかりに競りは長引く。

 司会のあげる明るい声が場違いに響くのは、予想より金額が吊り上っているからか。

 あるいはその程度で感情を揺らすことなどなく、プロによる人心操作の一場面か。


 そんな最中―――


「いてっ」


 そろそろ上がらなくなってきた金額の声に代わってか、何か大きなものが落ちるような音とともに場違いな声が響いた。

 まだ若い、成人したかどうか分からぬ程度の男の声。少年というべきか青年というべきか、その声からは判断がつかない。


「……どこだ、ここ?」


「おや、これは珍しい。

 ここ最近は少なくなりました『侵入者』の方ですね。

 すぐにお席へご案内致しますので、ごゆるりと楽しまれますよう」


 上機嫌な司会の声に従い、壁際の係員が侵入者を空席へ案内していく。

 小声で様子を説明しているのが耳に届いた。


 侵入者の対応を係員に指示した司会は、すぐさま何事もなかったように競りの続きを始めた。

 だが、一度下がった熱は戻らない。

 もともと停滞していたタイミングでの侵入者だ。ここが潮時だろう、新たな金額の提示はなく競りは落札となった。


 悲しげに俯く姉と、客席の方を睨む妹。

 美しい少女達は無言で連れ出され、次の商品が壇上に並ぶ。が―――


「……次だ」


 落胆を小声で体外へ吐き出し、肉感的な美女、その角のない頭を目を閉じて意識から締め出した。



『侵入者』とは、オークションにおける特例と言うべき制度だ。


 国の法律により制定されたオークションにおいては、参加するにもある程度の実績や信頼が必要となる。

 通常それは、一定以上の収入や権力を持つものに、主催者または資格者による招待状という形で証されるものだ。

 これら一般の参加者については、国の法律により一定の制約と保護が与えられる。

 入札上限額の制限。

 受付けにて持参した現金額をチェックし、その二倍の金額までしか競りで入札することは許されない。

 現金を用意するだけの財力を証明させ、過剰な値上げや入札による参加者の破産を防ぐための措置だ。

 これにより、出品者側による足元を見た価格の吊り上げも頭打ちとなった。


 もちろん入札額の条件であるため、複数の商品で上限額まで入札をすれば破産は免れないとは思われるが、そこはそれ。法律である。

 参加者側にも最低限の自覚や自制は必要であるし、この措置により破産者が減ったことは間違いない。

 厳しくすればするほど、歪みも出る。法律は、ベストよりベターくらいの位置取りで良いのだ。

 そんなわけで、参加者達は招待状と多額の現金を手にオークション会場を訪れ、所持金のチェックを受けたうえでこの場所に座っているわけであった。

 持参した現金の保管については、割愛しよう。


 さて、そんな参加者に対して、侵入者とは何か。

 簡単に言えば、武力で強引に侵入した、違法参加者だ。

 ただしこの場合の違法とは、法律に反するということではない。

 法律に則り、法での保護と制約から逃れたオークションへの参加者ということになる。


 招待状は必要ない。

 所持金のチェックと、それによる入札上限額の制限もない。

 必要な条件はただ一点。オークション会場に辿り着くこと、これだけである。

『道は用意してやろう。何としても欲しいものがあるならば、自分の力で到るがいい』


 この制度の制定にも並々ならぬ事件があったのだが、それについても割愛。

 参加者(正しくは一般参加者だが、通常はただ参加者と呼ぶ)と、侵入者。

 そんな二種類のオークション参加者がいる、それだけの話である。


 現代では、侵入者足り得るほどの実力をもった者は、大抵の場合は高名なハンターなどになり招待状を手にすることができる。

 そのため先に司会が言った通り、ここ最近ではだいぶ利用者の減った制度であった。



 侵入者という制度の内容をぼんやりと思い出し―――

 目を閉じたまま、わずかに顔を顰めた。


―――いいから次だ、早く次だ!


 胸中の不安に、すでに目を閉じていたからこそあえて目を開き。

 壇上で、落札された女性が笑顔で歩き去るのを見送る。


「さて、会場にお集まりの皆様方。大っ変、長らくお待たせ致しましたっ!」


 まるで、オークション開始時に戻ったかの如く、司会の声が先の口上を繰り返す。

 ただし、開始時からこれまで高めてきた熱だけは、欠片もこぼさずに、なお赤々と積み上げて。


 唾を飲み、身を乗り出し、鼻を揺らし。

 食い入るように、次の言葉を待つ。


「次にご紹介致しますのが、本日の最終商品。

 御入札・御落札のみならず、その姿を一目見るだけでも一生ものの思い出となりますこと間違いなし!」


 高まる司会のテンションを裏切るように、静かに、ゆっくりと壇上へ姿を現す少女。


「世にも珍しいユーディア族の若き乙女になります―――!」


 その歩みを進める姿を、立ち止まって客席を見上げる顔を見た時、会場のあちこちからため息が漏れた。


 光を反射して艶やかに煌めく白い髪を、黒いリボンで一纏めに垂らし。

 白いベルトや帯を通しただけの質素な黒のワンピースが、ドレスのように少女の魅力を飾りたてる。

 柔らかく曲げられた腕も、深い谷間を覗かせる胸元も、ごく短い裾から僅かに覗く足も。黒服から伸びる肌は、傷や染み一つなく透き通るような白。

 その手足の先を包む長い手袋と靴下や靴は、全て服やリボンと同じ黒に統一されている。


 白と黒の二色だけで表したその姿は、芸術に過剰ないろどりは不要と叫ぶかの如き美しさで。

 しかし、そこに入る二色の彩がその美しさを引き締め、際立たせ、完成させていることは誰にも否定できぬこと。


 一色は、薄紅。唇を彩るほのかな紅が、その美貌を美しくも可憐に仕上げ。


 もう一色が―――


「煌めく青い角。すなわち、未契約の、ユーディア族。

 さて皆さまは、彼女の美しさと秘めたる可能性を如何様にご判断なさいますでしょうか?」


 その額から伸びる、宝石のように煌めく青い角であった。


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