第1話:銀狼との約束
狗神昌真。
それが彼の名前で、産まれは大阪。
「おーいマサ、今日帰りゲーセンよらねぇか?」
「わりぃな、牧野。 真子も心配だし家事もやんなきゃなんねえんだ。」
「ちぇー、しかたねぇなぁ……。 真子ちゃんどうだ?」
「相変わらずさ、いつか吹っ切れてくれればな……。」
そういって昌真は苦しそうな顔を浮かべる。
真子とは、昌真の妹である。
そんな真子は今、精神的な病気にかかっている。
今から3年前、狗神家はなんの変哲も無い普通のファミレスで食事をしていた。
そんな時、偶然にも運悪く当時騒がれていた殺人犯が逃亡して行き着いた場所が彼らの居たファミレスだった。
食事をしていた彼らは、殺人犯に気づかず逃げそびれて妹を人質にされてしまった。
それを見て気が動転してしまった昌真の母は犯人に飛び出していってしまいその場で射殺された。
あっけない一瞬に誰もが声をだせなかった。
そして、母の死を目の前で見てしまった妹の真子は精神的に障害を持ってしまった。
脳だけが成長を止め、それどころか記憶を消して幼少期の記憶にまでもどってしまった。
それからは、昌真と父親は妹の面倒を見ながら生活を送っていた。
「そっか……。 マサ! 困ったことありゃいつでも言ってくれよな、頼りねえけど俺がいつでも味方になってやる!」
「あぁ、ありがとな。 じゃ、またな。」
牧野と分かれた昌真はスーパーへ立ち寄り、数日分の食料を買って自宅へ帰る。
帰ってすぐドアを開けるとそこには妹の真子が走ってきた。
「おにいちゃああん、おかえり!」
「あぁ、ただいま。 真子」
出迎えた真子の頭を撫でてやる昌真ににへへと真子は微笑むとすぐに居間へともどっていった。
昌真はその光景をふっと笑いスーパーで買ってきた食材をしまうために台所へ向かう。
しまい終わると、昌真はすぐに夕食の支度を開始する。
その匂いに釣られたのか真子が居間から台所へトコトコと小走りしてやってくる。
「どうした?」
「はんばーぐ?」
「あぁ。 お前も大好きなハンバーグだ。」
「やった! わたしもてつだう!」
真子は洗面台の水道で手を洗い、昌真の横でボウルの中に入った具を楽しそうに混ぜている。
昌真はその姿を見て微笑みながら付け合せのきのこソテーを作り始める。
昌真が料理をし始める前。
いうならば母親が死ぬ前、真子は母親がハンバーグを作るときに決まって隣でボウルの中身を混ぜていた。
その光景をふと思い出す昌真。
とても幸せそうな光景だ。
初めてハンバーグを一緒に作ったときはもどらない光景に昌真は真子の前でないてしまった。
そんなことを思い出しながらも昌真は水道で布巾を濡らして、真子にその布巾を渡す。
「よし、ハンバーグ焼くから机の上を拭いててくれ。」
「わかったー!」
トコトコと小走りで机にむかっていく妹。
それを見て心を痛める昌真。
(クソ……ッ!)
犯人を思い出してイラ立ちを覚える昌真だが、犯人を憎しむ気持ちを抑え、料理を終わらせ机に持っていく昌真。
机には三人分の料理が運ばれる。
昌真、真子、父親の3人分だ。
「おとうさんは?」
「父さんは仕事ですこし遅くなるみたいだから、今日はお兄ちゃんと一緒にお留守番だ。 いいね?」
そういって昌真は父親の分のお皿にラップをかけて置いておく。
そして、自分の席につく昌真。
「うんわかった! おにいちゃんたべよ!」
「あぁ。」
食事を済ませた二人は居間でテレビを見ながら時間をつぶして真子と一緒に部屋へ戻り、眠りにつく。
いつもは寝つきの悪い昌真だが、その日は横になってすぐに深い眠りについた。
眠りについてすぐに昌真の目の前には知らない景色が広がる。
夢の中だとすぐにわかるほどの神秘的な森。
光が木々の間から射し込み、湖の水に反射してとても神秘的な雰囲気と景色をつくりだしていた。
それを綺麗だなと思いながら昌真は見ていると声が聞こえた。
「何者じゃ。」
いきなりの声にビクッと体を震わせながら後ろを振り向くが何も無く、下を見ると何かの上に乗っていることに気づき、すぐにそこから降りる。
そして、昌真は乗っていたものを見てみる。
そこに居たのは、銀色の綺麗な毛並みをした大きな狼だった。
「ワシの上にいきなり現れおって。 小僧、貴様は何者じゃ。」
「コレは俺の夢だよな……?」
そういって昌真は自分の頬をつねる。
すると、確かに感じる痛み。
「いいや、現実じゃ。 ワシにとってはのう。」
そういって狼は前足をたたみ座り込む昌真に鼻を近づける。
昌真は一瞬食われると感じ、体が硬ばる。
が、どうやら違うらしく、そのまま顔を離す。
「なるほど、小僧この世界の者ではないな。」
「やっぱり俺の夢だ。 そうに違いない。」
そういってもう一度頬をつねる昌真だが確かな痛みにイテッという声をだしてしまう。
それを見て狼は大笑いする。
「そうか、この森の奥に現れたという事は小僧。 貴様がワシの後継者ということじゃな。」
そういうと狼は咳き込みながら前足を昌真のところへ持っていき、昌真の体をゆっくりと撫でるとまた、たたみ直す。
「貴様はワシの器となる。 ワシの名はフェンリル、昔は伝説とまで呼ばれていたが、今ではただの老いぼれ狼じゃ。 じゃがの、ワシの力は必ずこの世界に必要となるだろう。 だからこそ貴様のような器をさがしておった。」
フェンリルと名乗る狼がそう告げると、あわてたように昌真が待ったをかける。
「待ってくれ! 頭がついていかない! 意味が分からん!」
「なに簡単な話じゃ。 貴様がワシの力を受け取り、この世界を救うのじゃ! 時が来ればのう。 世界を救ってくれるのであれば、ワシは貴様の願いを一つだけかなえてやろう。 どんな病をも治してやろう。 どんな地位も約束してやろう。 屈強な体でもよかろう。 どうじゃ?」
地位も屈強な体も反応しなかったがひとつのワードに昌真が反応した。
それはどんな病も治すという言葉。
それは、とてつもない響きのいい一言だった。
真子の精神的な病気も治せるかもしれない。
妹が治るのなら力を受け取るのも悪くない。
そう思えるほどだった。
夢なら夢。
現実なら現実。
実ればラッキー、実らねばいつもどおりすごせばいい。
そう思い、昌真は受けることを決意する。
「なら妹の病気を治してくれ。 それならお前の願いも聞いてやる!」
「クク……! クハハハハハハ!! よい! よい答えじゃ。 自分のための願いならば、このまま八つ裂きにしておった。 試してわるかったのう。 あいわかった。 その願いかなえてやろう。 そして、小僧。 貴様はワシの願いをかなえてくれよ。 若き狼よ。」
そこで、意識が遠くなり、気づくと昌真は自分のベッドで寝転がっていた。
いつもと変わらない、状況。
やはり夢は夢かと思って、一緒に寝ていた真子を起こす。
真子の肩を揺する昌真。
「ん……っ」
「真子、そろそろ起きろ、朝だぞ。」
「んん……っ! な……っ!」
真子は目をこすって昌真を見るとビックリした顔をして口をパクパクしている。
それを見て、昌真は自分の顔を触って鏡を見る。
特に異常はみられないと思って不思議そうに真子を見る。
「どうしたんだ?」
「ど、どうしたじゃないわよバカあにい!! なぁに私のベッドに入り込んでんのよ! 変態!!」
「は……? え? 真子!? お前!!! もどったのか!?」
昌真はそういって真子の顔を触る。
それにビックリする真子は何がなんだか分からない顔をしている。
「も、戻ったってなに? 私がどうしたわけ? っていうかなんで私の部屋に……あれ、おにいの部屋?」
昨日とは違う、元に戻った真子を見て泣きそうになりながらも部屋を出て父親の部屋へ走って向かう。
これほどうれしい事はない! そう思う昌真。
父親の部屋に着くとドアをノックして父親を呼ぶ。
「親父!!」
それに反応してけだるそうに部屋からでてくる父親。
「んあ……? 昌真、どうした?」
「真子が!」
「真子がどうした?」
昌真が真子が!というと眠っていた脳みそがフル活動したかのように、真面目な顔になり心配げに昌真の肩を揺する。
それをやめさせて昌真はうれしそうに父親に告げる。
「元にもどったんだよ! 前の真子に!!」
昌真がそう伝えると父親はため息をついて、怒ったような顔をする。
「今日は四月一日じゃないし冗談でもそんなこと言うな!!」
「冗談じゃないっつの! はやくこいって!」
昌真は怒り始めた父親の手をつかんで居間へと向かう。
そこには、雑誌を読んでいる真子の姿があり父親を差し出す。
「あ、おにい。 この雑誌印刷ミスしてんじゃないの? 先週の話と全然辻褄あわないんだけど。」
「ま、真子? 真子!! 元にもどったのか真子!!」
父親は真子を泣きながら抱きしめる。
「な、なに!? パパやめてってば! 苦しい!!」
迷惑そうな顔で真子は父親を押しのけようとする。
だが、父親の大好きホールドにはかなわずあきらめて宙ぶらりんになる。
「もー! 一体なんなのよーーーー!!!」
朝一から響き渡る真子の声。
それが現実なんだと、感動する昌真。
また頬をつまみイテッと声を上げてうれしそうに涙をこぼした。
***
真子の病気が治ったあの一件からすでに一年。
昌真はあの夢の続きを未だに見ていない。
フェンリルという銀色の綺麗な毛並みの狼。
それが出てきた夢はあの一回だけなのだが、昌真は今でも思い出せるほど印象が強かった。
それと同時に偶然とは思えないほどのタイミングで病気が治った真子を見て、あれは夢ではなかったと悟る昌真。
未だにフェンリルのことを忘れられないでいる。
「はぁ……。」
「どうかしたの? おにい。」
「ン? あぁ、一年前の夢を思い出してな。」
「一年前……?」
真子はうーん?と考えている。
そして、思い出したかのようにあっという顔をして昌真を見る。
「もしかして狼の夢?」
「あぁ、お前にも話したよな。 フェンリルの話。」
父親の大好きホールドから逃れた後、真子の記憶の話と昌真にとって心苦しいことだが、母親のことをはなした。
そして、夢かもしれないがと前提をつけて昌真はフェンリルの話を真子に聞かせた。
いくら、フェンリルの力で治ったとはいえ母親の話を聞いた真子は青ざめて震えていた。
それもそうだ。
その光景を一番近くで見てそれを忘れるほどのショックを受けていたのだから。
それを見た昌真は、すこしでも落ち着くようにフェンリルの話を聞かせた。
フェンリルの話をして昌真は真子は嘘だと言われ、そうおもうよなぁと苦笑いを浮かべていた。
「でも、あの話は夢でしょ?」
「あぁ、でも思い出せるんだ。 フェンリルの毛の感触や声や姿も。」
「やめてよ! もしも……。 もしもおにいの言ってることが本当で夢じゃなかったとしたら……。 おにいまでいなくなっちゃうんだよ?」
涙目で訴えかける真子に昌真は戸惑う。
だが、昌真も分かっていることだった。
フェンリルとの約束。
願いをかなえる代わりにフェンリルの力を受け継ぐ。
その力がどういったものなんかもそれに何の意味があるのかもわからないが、自分はこの世界からいなくなるかもしれない。
そう考えた昌真は真子に何もいえなかった。
「ママが居なくなってもう4年。 私の記憶じゃ1年だけど……。 それでも、おにいも私にとっては大事な家族だもん。 これ以上家族が居なくなるのはやだよ……。」
「悪い、きっと夢だ。 悪かったな真子。」
「うん……。」
(フェンリル……。もしもお前が居たとして、頼むから真子を悲しませたくないんだ。)
そう昌真が考えていると、昌真の脳内に直接声が聞こえる。
(それは小僧次第だと思うぞ。)
その声、そのしゃべり方は昌真の知るフェンリルそのものだった。
1年たっても思い出せるその声に昌真は回りを見渡す。
「フェンリル……?」
「おにい……?」
フェンリルの声に反応し見渡したものの、そこに大きな狼などいるはずもなく、気のせいか? と首をかしげる。
その時だった。
(小僧、約束どおりワシの力を受け継ぎ世界をすくってもらうぞ。)
「力? フェンリルどういことだ! 教えてくれ! 力って、世界を救うってなんのことなんだ!!」
(ワシの世界を救ってほしいのじゃ。 時は来た、ワシの世界にまたもや邪悪な存在が復活を遂げようとしている。 ワシの力を……。 闇と大地の力を手にワシの世界を救ってくれ。)
「闇と大地の力? 願いをかなえるあの力ではないのか?」
昌真の疑問にフェンリルはクククと笑い、質問に答える。
(バカを言うな。 あれは契約の副作用だ。)
さきほどから昌真が独り言をつぶやいているのを見ている真子はオロオロしながら昌真に話しかける。
「おにい……? フェンリルがいるの……?」
「ククク、ワシがフェンリルじゃ小僧の妹よ。」
フェンリルはそういって、真子の前に現れる。
が、その威張った声を発する生き物はあのでかくて怖い狼の姿ではなく、ぬいぐるみ程度の小さい狼だった。
それをみて唖然とする昌真と涙目になりながらお願いをする真子。
「お願いフェンリル、おにいを連れて行かないで……。」
「それはムリな話じゃ。 小僧はワシと契約を交わし、それと引き換えにヌシの病をなおしてやったのだ。」
「そ、それはそう……だけど。」
「安心せい、長くて一ヶ月。 それだけこやつを貸してくれればよいのじゃ。」
「一ヶ月……?」
真子がそう聞くと、フェンリルはその問いにウムと頷く。
そして、その理由を簡単に教えてた。
「貴様等は一年かもしれぬがワシが今まで向こうの世界で過ごした時間は365年ほど。 もっと簡単に言えばこちらの世界での一日は向こうの世界での1年となる。」
「わかった。 フェンリル、時々こっちの世界に帰ったりはできるのか?」
「できないこともないが、悪いが今回は急を要するのだ。 帰る事は不可能じゃ。」
申し訳なさそうな声でフェンリルが言うと、うつむいていた真子がフェンリルの目をみて口を開く。
「わかった。 フェンリルの世界はとても大変でおにいが必要。 そういうことだよね?」
「あぁ、そのとおりじゃ。」
「人の命が懸かってるほどに?」
その言葉にフェンリルは頷き悲しそうな顔をし問いに答えた。
「一人二人ではない。 ワシのいた世界の全人類が死ぬ可能性もありうる。 それどころかその世界すら消えてしまう可能性もありうる。」
その言葉を聴いて真子はしかたないねと寂しそうに微笑みながら昌真の背中を叩く。
「私が我慢すれば人が助かるのなら我慢する。 だからおにい、行って来て。」
「すまぬな、真子。 ではいくぞ小僧。」
その言葉に昌真はあわてて驚く。
「もういくのか!?」
その言葉にフェンリルは何を驚いているのだと言いたげな顔で昌真を見る。
そしてフェンリルはあきれながら昌真に告げる。
「言ったはずじゃ、こっちの世界の一日はあっちでは一年だと。」
「一秒ですら無駄にしたくないってことか?」
「その通りじゃ、行くぞ小僧。 早くしなければ大変なことになる。」
そうフェンリルが言うと昌真は慌てながら返事をする。
「わかったよ。 真子、いってくる! 夜更かしとかするなよ!」
「うるさいなぁおにいは、もう! はやくいってきなさい! でも、絶対に帰ってきてね。」
真子の言葉を聴き頷く昌真。
その後フェンリルの作り出した大きな穴へ飛び込んだ。
穴の中は真っ暗でどれだけ落ちても地面が見えない。
その感覚に昌真は恐る恐るフェンリルに聞く。
「おい、フェンリルコレ大丈夫か? 死んだりしないよな?」
「安心せい、闇がワシらを包み込んでいるだけじゃ。」
フェンリルは落ち着いてそういうと、昌真の前から消える。
不安ながらもどれくらいか分からないが、闇の中を落ち続けていると急に下のほうから光が見えてくる。
ようやく出口のようだ。
「って、本当に大丈夫なのかコレ!」
昌真が恐る恐る足元を見ると、フェンリルの上に乗っていた。
「ようこそ、ワシのすむ世界。 グランドラへ。」