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第七 おんぶ忘れ

「HAの欠点とはぁ、」

 机の上に転がっていた綿棒を指示棒代わりに持ち、キヨトシは立てかけた僕のスマートフォンを叩いた。黒い液晶がなんだか墓石みたいで、変な気分になる。

「HAの欠点とはぁ、話し相手が変わったらプログラムを一から作り直さないといけないってこと。だから、いくら小さな女の子向けでも、その子のお友達に貸してあげたり、ままごと遊びをするようには出来てない。あくまでも、ユーザー対HA本体の限定されたつきあいなんだよ」

「それ、うっすらと覚えてる。確か昔、姉ちゃんが話しかけたら豪快にお前シカトこいて、姉ちゃんブチ切れそうになったもんな」

 キヨトシの説明というのはどうにも不思議だ。僕が忘れていたことをどんどん思い出させてくれる。ただ子供の頃こいつにつきあっていたのは多分、少しの間なんだろう。クリスマスから数ヶ月か、いいとこ春にはしまい込んでしまっていた。

「HAの会社って金の亡者みたいになったこと、お前知ってるか?」

 ふと、出来心で意地悪な質問をしてみる。キヨトシは長いほうの両耳をちょっぴり前に伏せて、人間みたいに片手(いや、片前足か)を丸い顎にやった。

「お里の話は……しないでほしいって思うんだけど、里心ついちゃうから」

 メルヘンななりしてどうして里心なんだ、と僕はまた突っ込みたくなって、しかし我慢する。代わりに、あのなあ、とテレビアニメの悪役男の声を真似て説明する。

(いらくさ)(えん)はホーリー・アニマルズ製造三年で脱税事件起こして、HAを製造中止にしちゃったんだよ……。在庫は投売りされたけれど、ケチがついたせいで何割値引きでも買い手はつかなかったそうだ。今お前がその会社の倉庫にでも行ってみろ。そのままゴミの日に出されてしまいだよ」

 キヨトシはその言葉を黙って聞いていた。けれどじっと見ているとその黒いビーズの目玉にどんどん水のようなものが纏わりついて、とうとうキヨトシはポロポロ涙をこぼして泣き出してしまった。

「ウワアン、ひどいよひどいよ、ボクが眠っている間に、そんなことになってたなんて! ボク、おうちに帰れないなんて!」

 二本足のけしからんケダモノ体型なのもイラつくけれども、それがもう女の子みたいにM型に膝ついて両のつま先投げ出しておいおいと顔を手で覆うもんだから、見ている僕は自分の苛立ちをどこに持っていっていいか分からなかった。

「……おい、」

少し泣き過ぎると思ったので、気の毒になる。

「おい、泣くなよ、ぬいぐるみ」

 どこから声が出ているのか分からないけれども、本当にどうしたらこんな哀れっぽい声が出るのかと思うほど悲しげで、聞いているこちらまで何となく胸が痛くなってくる。キヨトシはまだグスグス言っていたけれど、それでも僕の言葉を聞くと子供みたいに大きく頷いて、素直に涙を拭った。

「質問したいんだけど、いいか、四つ耳ウサギ」

「うん」

「僕の前に現れる前に、狩穂にこき使われてたの、お前だよね」

「そーだよ」

「さっき説明したよな、HAはユーザー以外の人間と会話することはできないって」

「うん」

「じゃ、なんでお前、狩穂の言いつけ聞けたりしたんだ」

「僕は、特別だから。正しくは、特別になったから」

「……特別?」

 そこまで言ったとき、下で鍵を開ける音がした。狩穂だ。ちょうどいい、こいつを連れていろいろと説明をしてもらおう。

 階下にキヨトシを連れて下りると、狩穂はもう玄関先でサンダルを脱ぎかけていた。客人を連れている。しかも驚いたことに――男だ。

 でけえ、と僕は思わず呟いた。僕の身長は一七八センチあって、自分でもそこまで小さくはないとは思っている。でも、相手はもっとすごい。一九〇センチくらいあるだろうか。天井まで二メートルくらいしかない玄関を、なんだか申し訳なさそうな顔で首を縮めている。髪はやけに清潔感のあるスポーツ刈りで、そういうところを見ても人のよさそうなカメを連想してしまう。

「ごめん、ちょっと具合悪くした。歩けることは歩けたけど、距離長かったからつきそってもらった」

 狩穂は放心したような顔で言った。確かに少し顔色が悪い。つきそってもらった? と僕は男に声をかける。

「あー、おんぶしてきてもらったの。なんか冷たいものでも出してあげて」

 おんぶ! 狩穂がおんぶ! 僕は戦慄した。生まれてこの方、実の親にすらベタベタしたことがなかった狩穂が、僕に触れるときにはもっぱら何かの足技か何かを仕掛けてくる暴力姉だった狩穂が、おんぶとな……?

「ちょっと、聞いてんの?」

 不機嫌そうな姉の声に、男は遠慮したように、いいですいいです俺これで帰りますから、と何度も頭を下げた。見た目は爽やかそうなのに、声となると暑苦しい。が、こういう場で「ではどうもありがとうございました」と見送るように、僕は人間が出来てはいない。

「待っててください」

 僕は二人を置いて台所に駆け込んだ。


 置いて駆け込んだのは、狩穂と男だけじゃなかった。

 僕は自分が脇に連れていたHAの四つ耳ウサギの存在も、すっかり忘れていたのだった。


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