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呆然とする愁が自我を取り戻したのはそのすぐ後。自我が戻りつつパニックになりながらもある意味器用に荷解きをこなしていった為、乱雑にあった段ボールは見る見る消えて行き、最後に残ったのはパソコンだけだった。そしてそのパソコンのセットも仕終わり、ふと時計を見た時はもうすでに、身体が女に戻り始める時刻に差し掛かっていた。
一人部屋の為、慌てもせずに部屋着替わりに着ていた黒のTシャツと、保険の意味で着ていたタンクトップも脱ぎ捨て、コルセットを取り付ける。本来なら治療に用いられるものだが、この際《使えるものは何でも使え》と言う祖父ちゃんの教訓ではないが、今回は取りあえずそれに賛同している。
不承不承、コルセットを身につけながら事の発端となった出来事を思い浮かべる。
両親が車の事故で他界した後、私を引き取って育ててくれたのは祖父ちゃん・・・だが、実際世話をしてくれたのは家政婦の見里さんだ! 日々日夜研究に明け暮れていた祖父ちゃんは、あたしの事は愚か、自分の事さえ見れない。それどころか使えるものは何でも使えと言う精神の持ち主だ。必然的に実験台にされる日々が続く・・。ほんと説明も何もないまま、変な薬を飲まされることがいったい何回あっただろう。極めつけはこの性転換の薬だ。
いままでの失敗作は数日経つと効き目が切れるのだが如何せん、今回は飲んだ薬が不味かった。副作用のせいで昼は男に、夜は女に戻ると言う事態になった。おまけに必要もない付加がついてしまった・・。そう、怪力だ。この怪力のセーブにはだいぶ慣れたが、ちょっと油断すると、いとも簡単に物を壊してしまう。
新任がけったいな紹介をした新入生が気になってしまい食事時間の変更を口実に部屋を尋ねる事した。
『――はい、誰ですか?』
出て来たのはスラリとした漆黒のような黒髪と黒曜石のような瞳をもつ生徒。その生徒は冷ややかな切れ長の瞳で俺を見る。まずいな・・・こいつ狙われるぞ。キレイ顔と冷ややかな態度。そんなこいつを啼かせたい、って思うやつはここにはいっぱい居る。
『――で、何の用ですか?』
『夕食の時間が早まったんだよ。場所は分かるかい?』
『あ、はい大丈夫です。じゃあ俺、まだ荷物があるんで』
そう言い、閉めようとしたドアに咄嗟に足を挟みこむ。そんな俺を一瞬怪訝な顔をして見た愁だが、直ぐにまた元の顔に戻ってしまった。愁の顔を見つめること数秒。俺はそんな愁の顎をクイッと掴むと、自分の口を近づける。俺を見つめる愁と視線が絡み合う・・・。
『先パイ。俺、そっちの趣味はないんで。』
『そう? 僕は・・・両刀だよ。』
我慢できずに顔を近づけ唇を軽く重ねる。あぁ甘い・・。キスをもう少し続けていたいが今日はここまでだ。あんまりがっついて逃げられても嫌だし。名残惜しいげにリップ音を響かせ俺は愁から離れそのまま部屋を後にした。
夕食を食べに食堂まで来たのはいいが、目の前で繰り広げられているのは食事に呆気に取られる。上級生や下級生などの垣根は感じず、ただ寮生たちが各テーブルに置いてある大皿に乗った料理の取り合いを処狭しと行っている姿に、仲が良いのだと妙に感心してしまった。
「てめぇ、取りすぎなんだよっ!」
「うるせぇ、てめぇこそ取りすぎなんだよっ!」
あ、から揚げが飛んでる。あっちではエビフライが・・・・・。
「――ビックリしたかい?」
急に声をかけられ、ビクついて振り向くと恰幅のいいおばさんたちが後ろに立っていた。
「ここの寮は運動部が多くてね、夕食は奪い合いになるんだよ。」
「・・・朝も、おなじなんですか?」
この乱闘(食事風景)を指差しながら愁は呆れたように聞く。
「いや、朝は一人分の料理で食べたい物を各々トレーにのせて行くんだよ。」
「分かったらほらほら、あんたも早くしないと料理がなくなっちまうよ?」
おばさんズに促されるままに料理を皿に取るべく乱闘・・じゃなくて、大皿料理が置いてあるテーブルへと近づく。
若干内容を変更しいていますが、大まかな話しの変更はありません。