企業ドラマの枠越え、ハイテンション・サイバー・エンターテインメント!
キャリアを外資系IT企業の監査官見習い(事務アシスタントと)してスタートした、スプレッドシートの「地獄」に埋もれるフェン(Fen)。
彼女の前に現れたのは、神出鬼没の男・ゴンタ(Gonta)です。フェンは、彼の無茶苦茶な、行動に翻弄されますが、次第にゴンタの影響か、自分の実力を発揮するたびに昇進し、否応なく無理難題にチャレンジさせられます。
有馬温泉、芦ノ湖湖畔でのデートから始まり、距離や時間を飛び越える常識外れの業務命令に立ち向かうビジネス・アクション・ファンタジーです。
第1話 図書館にいたら有馬に飛ばされました
Fen Wild (フェン・ワイルド) 30歳 女性。アメリカ合衆国カリフォルニア州在住。
パロアルトにあるParadox Logistics社に勤務。
職業、企業監査員。特技、文書のミス発見と皮肉。
フェンは、曖昧さと非効率を何よりも嫌う「思考のプロフェッショナル」だ。
ストレスにさらされると少し口が悪くなるけれど、根は誠実で動物を愛する心優しい女性だ。
ようやく手に入れた平穏な生活を謳歌していたはずの彼女が、神出鬼没なゴンタによって、予測不能な「人生のバグ」に巻き込まれていく。
◆ 図書館にて
週休日、図書館はひんやりと静まり返り、午後の遅い日差しが奥の窓から細く差し込んでいた。
フェンはファンタジーコーナーの端で本の裏表紙を眺めていたが、気配に気づいて顔を上げた。
「すみません、邪魔してしまって」
彼女は少し脇に寄り、ページに指を挟んで本を閉じた。
「何か特定の本をお探しでしたら、このコーナーは……だいたい整理されています」
「ありがとう。こんにちは」
そう声をかけたのはゴンタだった。
「こんにちは! How’s it going?」
フェンは軽く笑い、肩の力を抜いた。
「今日は歴史の本を探しています。東ヨーロッパの中世について」
「おお、ニッチで面白いね。ワラキアとかオスマン帝国とか?」
「宗教戦争です。キリスト教徒同士が争った、痛ましい歴史を」
フェンは目を瞬かせた。
「急に重いテーマね。でも……興味深いわ」
ゴンタは少し考え、そして言った。
「ついさっきまではそれが興味の中心でした。でも今は、あなたについて書かれた物語を読んでみたいです」
フェンは一瞬固まり、乾いた笑いを漏らした。
「わあ……信じられないほどスムーズね。努力は A+ だわ」
彼女は本を脇に抱え、首を傾げた。
「でも、私の物語なんて事務ミスと未完成の編み物と昼寝の話ばかりよ。
ベストセラーにはならないわ」
「僕が加われば、面白い本になると思いませんか?」
「大胆ね」
フェンは目を細めた。
「あなたがコーヒーを淹れてくれたり、スパイスラックを整理してくれるタイプなら……話は別だけど?」
「喜んで。美味しいコーヒーとドーナツはいかが?」
フェンは吹き出した。
「申請承認が早すぎるわ。……でも、コーヒーが本当に美味しいなら聞いてあげる」
「僕はドラえもんのポケットを持ってます。どこで食べたい?」
「4次元ポケット? それは魅力的ね」
フェンは呆れたように笑った。
「じゃあ、近くのカフェに行きましょう。人生を変えるベアクローがあるの」
◆ カフェにて
フェンが席につくと、ゴンタは阪急百貨店のコーヒーとドーナツをテーブルに置いた。
「……え? さっき図書館にいたよね?」
フェンは目を丸くした。
「本当にテレポート....したの?」
「もちろん」
フェンはコーヒーを一口飲み、目を閉じた。
「……美味しい。泣かずに済む味だわ。あなた、ロジスティクスだけで星三つよ」
ゴンタは微笑んだ。
「あなたの話し方は、このコーヒーみたいに心地よいですね」
「気をつけて。そんなこと言われると、社員ハンドブックを読んだのかと思うわよ」
フェンはドーナツをかじり、満足げに息をついた。
「危険ね、これ。あなた、長期戦略を立ててるでしょ?」
「褒め言葉ですか?初めて会った瞬間、あなたが僕のパートナーになると直感しました」
フェンはドーナツを飲み込み、慌てて言った。
「ちょっと待って。パートナー? 早すぎるわよ」
「じゃあ友達から。ほら、二個目のドーナツ。シナモン味」
フェンは笑い、ドーナツを受け取った。
「あなたって本当に効率的ね。……わかった、友達から始めましょう」
お互い名乗り合い、ゴンタが手を差し出すとフェンも握手にこたえた。
◆ 温泉の提案
「ところで、デートの話だけど」
ゴンタが言うと、フェンは眉を上げた。
「まだ続けるの? 条件が必要よ。サプライズは苦手なの」
「じゃあ……日本の温泉に行きたい?」
「温泉?」
フェンは固まった。
「友達になろうから温泉で裸になるまで30秒よ?」
「正直は美徳だと思う。日本の温泉は君のために湧いている」
フェンは顔を覆った。
「あなた、本当に情熱的ね……。でも、私、裸で知らない人と一緒は無理よ」
「大丈夫。個室風呂のある部屋を取ってある」
「……は?」
◆ 有馬温泉へ
ゴンタが指を鳴らすと、世界が一瞬揺れた。
次の瞬間、二人は有馬温泉の高級旅館のロビーに立っていた。
フェンは五秒ほど固まり、ゆっくりと息を吸った。
「……指を鳴らしたのね」
彼女は震える声で言った。
「幻覚じゃないのよね?」
「もちろん」
案内された部屋は広く、窓の外には湯気が立ちのぼっていた。
フェンは浴衣を受け取り、衝立の向こうで着替えた。
「帯が難しい……でも、着心地はいいわね」
座布団に腰を下ろし、深呼吸する。
「本当にここにいるなんて信じられない」
ゴンタは静かに頷いた。
「この部屋には、君だけの露天風呂がある」
フェンは顔を上げた。
「……共同風呂じゃないの?」
「うん。君が嫌がると思って」
フェンはしばらく黙り、そして小さく笑った。
「あなたって……驚きの連続ね。
でも、ちゃんと考えてくれてたのね。ありがとう」
彼女はテラスの扉に手をかけ、湯気の向こうを見つめた。
「ねえ、ゴンタ。まずは……足だけ浸けるところから始めてもいい?」
「もちろん。君のペースで」
フェンは微笑んだ。
「じゃあ、友達として。ここから始めましょう」
湯気が静かに立ちのぼり、二人の間に柔らかな夜が降りていった。
◆ 温泉教育
露天風呂の縁に立ったフェンは、浴衣の袖を握りしめながら言った。
「……ねえ、ゴンタ。
さっきからずっと思ってたんだけど、あなたって“説明を後回しにする病”でも患ってるの?」
「え?」
「だって、温泉に来る前に“裸になる文化があります”って言うべきでしょ?
普通の人はそこから心の準備をするのよ」
「ごめん、ごめん。でも個室風呂だよ」
フェンはため息をつき、湯気を睨んだ。
「……まあ、個室なら許すわ。
でも次からは“重大な文化差”は先に言って。私、心臓に悪いのよ」
ゴンタは苦笑しながら温泉のルールを説明した。
「まずは体を洗って――」
「はいはい、“お湯を汚すな”ってやつね。
合理的だから文句はないわ」
「タオルは湯船に入れないよ」
「え、なんで? 沈めたら溶けるの? 呪われるの?」
「文化的な理由だよ」
「……なるほど。じゃあ従うわ。呪われたくないし」
「髪はまとめて――」
「わかってる。私の髪が温泉にダイブしたら、あなたが責任取るのよ?」
「もちろん」
フェンはタオルを頭に乗せ、湯船の縁に腰を下ろした。
「……ああ、これは……悔しいけど気持ちいいわね。あなたの勝ちよ、ゴンタ」
◆ 有馬散策
「湯けむりの坂道と、千年の記憶」
石畳の坂道を歩きながら、フェンは周囲を見回した。
「……ねえ、ここ、本当に現実?映画のセットじゃないの?」
「本物だよ。有馬は日本最古級の温泉地なんだ」
「最古級? どれくらい?」
「1400年以上」
フェンは立ち止まり、ゴンタを見た。
「……あなた、“桁の大きい数字”を平然と出してくるわね。私の脳が処理落ちするからやめてくれる?」
「ごめん。でも本当だよ。昔の天皇も来てたし、武将も湯治に来てた」
「武将……つまり“戦って疲れた人たちのスパ”ってことね。歴史の重みがすごいわ」
ゴンタは笑った。
「有馬の湯は“金泉”って呼ばれてて、鉄分が多いんだ。昔の人は“命の水”って言ってた」
フェンは湯けむりを見つめた。
「……さっきの湯、確かに“生き返る”感じはしたわ。あなたの強引な誘拐旅行で疲れた心が、ちょっとだけ回復したもの」
「誘拐じゃないよ」
「はいはい、“強制的な文化交流”ね」
「そう、文化交流は続くよ」
ゴンタが、古風な町屋の玄関で足を止めた。
◆ 芸者の夫人との出会い
「所作は心を映す鏡」
町家の戸が開き、上品な着物姿の“おかあさん”が現れた。
フェンは思わず姿勢を正した。
「……ゴンタ、あなた、また何か企んでるでしょ?」
「いい意味でだよ」
「あなたの“いい意味”は信用できないのよね……」
おかあさんは優しく微笑んだ。
「まあまあ、そんなに警戒しなくてもよろしいのよ」
フェンは小声でゴンタに囁いた。
「……ねえ、この人、絶対ただ者じゃないわよね?」
「うん。芸者さんたちを育ててた方だよ」
「ほら! 絶対ただ者じゃないじゃない!」
◆ 所作の稽古
正座を試みたフェンは、開始10秒で顔を歪めた。
「……これ、拷問の一種?」
「慣れれば大丈夫ですよ」
「慣れる前に足が死ぬわ」
扇子を渡されると、フェンは慎重に開いた。
「これ、落としたら怒られる?」
「怒りませんよ」
「よかった。じゃあ安心して落とせるわね」
「落とさなくていいのよ?」
「努力はするわ」
歩き方の練習では、すり足がうまくいかず扇子が揺れた。
「……ねえ、これ、私がやると“忍者の訓練”みたいになるんだけど」
「もっと軽く、風を操るように」
「風は操れないわ。私はただの事務アシスタントよ」
それでも、数回繰り返すうちに動きが滑らかになった。
おかあさんは微笑んだ。
「とても綺麗ですよ」
フェンは照れ隠しに肩をすくめた。
「……褒めても何も出ないわよ?あ、でもドーナツなら出るかも」
◆ 夜の情緒
旅館に戻る頃には夕暮れが山を染めていた。
フェンは歩きながら言った。
「……今日一日で、私の世界がまた広がった気がするわ。悔しいけど、あなたのおかげよ」
「悔しいんだ?」
「ええ。あなたに借りを作るのは癪なの」
「じゃあ返してくれてもいいよ」
「返すわよ。利子つきでね」
ゴンタは笑った。
「次は君の行きたい場所に行こう」
フェンは少しだけ視線をそらした。
「……まあ、考えておくわ。あなたの“瞬間移動デート”に勝てるかは怪しいけど」
◆ 目覚めの証明
――そして。
フェンは、自宅のベッドで目を覚ました。
天井は見慣れたもの。
浴衣も旅館も湯気もない。
「……は?」
彼女は周囲を見回し、額に手を当てた。
「ちょっと待って。まさか全部……夢?私、あんなに頑張って扇子振ったのに?」
枕元のスマートフォンが光った。
通知が一つ。
ゴンタから、
『昨日は楽しかったね。次は君の行きたい場所に行こう。』
フェンは固まった。
「………………嘘でしょ」
さらに写真が添付されていた。
有馬の町家の前で、おかあさんと並んで微笑む自分。
フェンは枕に顔を埋めた。
「うわああああああああああああ……本当に起こってたのね……!
私、あの“すり足忍者ダンス”を現実でやってたのね……!」
しばらくジタバタしたあと、彼女はスマートフォンを胸に抱き、深呼吸した。
「……でも、悪くなかったわ。悔しいけど、すごく……良かった」
そして小さく笑った。
「次は……私の番ね。覚悟しなさいよ、ゴンタ」
Fen の物語は、皮肉とユーモアと少しの勇気を胸に、確かに次の章へと進み始めていた。
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
この続きは第二話「事務所にいたら芦ノ湖に飛ばされました」です。
お時間があればお読みくださると嬉しいです。
よろしくお願いします。




