第6話
リリアーヌが目を開けると、目の前にはヴァレリナが横たわっていた。しかし、その姿は穏やかなものだった。聖獣と一体化していたはずの身体はただの人間の姿となり、折れていたはずの剣は、完全な姿のままで保たれている。リリアーヌは恐る恐る、指をヴァレリナの首に添えた。
「………脈、打ってる」
そう呟いた途端、リリアーヌは全身の力が抜けて、大きく息を吐く。
「よかった…生きてる…。天秤の使いかた、間違っていなかったんだ…」
安堵をしっかりと味わった後に、ようやくリリアーヌは伸びをする。
リリアーヌの気配に気が付いたのか、ヴァレリナは身じろぎをし、目を覚ました。
「あ……ヴァレリナ、様」
澄み切った黄金の瞳にぼんやりと見つめられて、リリアーヌは罪を思い出した。そして、何か言わないと、と焦りながら頭のなかで言葉を探した。
「あの…この度は…私のせいでこのようなことになってしまい申し訳ございません…。いかようにも処罰は請けますので……。…あの、お身体はいかがですか?」
黙ったまま見つめ続けてくる視線に耐え切れず、リリアーヌが尋ねると、ヴァレリナはようやく口を開いた。
「…リリアーヌ様?」
「え、ええ、何度か大会でお手合わせさせていただいた、リリアーヌと申しますが…」
「……よく見れば、昔いたうちのメイドに顔が似ているわ」
「えっ…」
リリアーヌは冷や汗が流れるのを感じる。あれは本来の自分の外見とは似て非なる別人の体だったように思っていたが、案外面影が残っていたのかもしれない。自分に似た人間として過去に現れるという条件でもあるのだろうか。
「…気を悪くしないでくださいね。昔、生意気で、嘘つきなメイドがいたのよ」
「嘘つき…?」
「そう、お父様に毒を盛った、なんて嘘をついて、私と聖獣を引き合わせたの。おかげで私だけ、こんな荒廃した世界で助かってしまったわ。…ああ、違うの。リリアーヌ様を責めている訳ではないのよ。私がまだリオンとの鍛錬が足りていないっていうだけなのだから」
「…リオン、ですか?」
聴き慣れぬ名前にリリアーヌは疑問を覚える。貴族の中にそんな名前の貴族はいなかったと記憶している。…ということは、使用人だろうか。
「リオンは、私の聖獣、獅子のリオンよ」
しかし、その予想は即座に裏切られた。
「聖獣に、名前をお付けになったの?」
「そうよ。お父様から教えてもらったの。聖獣は支配するのではない、生涯をともにするパートナーだって。私の最初の血統魔法の使い方は最悪だったらしいの。私にもリオンにも負担が大きくて、しかもお互いに全力を出し切ることができないやり方。…だから、一生懸命修行したわ。その結果、リオンは私の剣に魔力を宿すようになったけど………あの悪魔のよこした魔獣には勝てなくて、リオンに強制的に冬眠させられたわ。まだまだこんなのじゃ、お父様とお兄様に叱られてしまうわね」
そう話すと、ヴァレリナは体を起こした。体に目立った傷は見られず、リリアーヌが本当に過去に干渉して、ヴァレリナの人生が大きく変わってしまったことを物語っていた。
「…やっぱり、リリアーヌ様、あのメイドに似ているわ」
「え?」
「あの人も、そんな風に悲し気な顔をしていたの。思いつめたような、泣きたいような、でも少し安心したような、そんな顔」
「……そう、でした、か…?」
「ごめんなさい、会ったことない人の話なんてしても困りますよね」
明るく笑うヴァレリナは、本当に美しく、しなやかな強さが感じられた。
「ヴァレリナ様…」
「さあどうぞ、お立ちください、リリアーヌ様」
立ち上がったリリアーヌを見て、ヴァレリナは満足げに笑う。そして、さらにリリアーヌと腕を組む。
「さぁ!リリアーヌ様、参りましょうか!これからはリリアーヌ様の正騎士として、尽力させていただきますわ!!」
「え、え…?」
そうしてヴァレリナに半ば引きずられるような形で、リリアーヌは歩き始めた。このとんでもない距離の近さは、干渉魔法の副作用のようなものだろうか…などと思いながら。
2人がいたところには、淀んだ空から僅かながらの光が差していた。




