第3話
ガキン!という鈍く固い音が広場に何度も響く。ヴァレリナはリリアーヌの作った魔法の防壁を打ち破るために何度も鋭い牙や爪を食い込ませる。リリアーヌも黙ってやられている訳ではなく、学園で学んだ攻撃魔法を使って応戦をする。…しかし、精霊の中でも格の高い聖獣を降ろしているヴァレリナと、元々直接的な攻撃魔法が得意ではないリリアーヌでは、防戦一方になってしまうことは避けられなかった。
ヴァレリナはもはや肉体の疲労はどうでも良いのか、肉体強化魔法を重ねがけしており、勢いは増すばかりだ。
魔力量が多いリリアーヌといえど、このままでは持久戦に持ち込まれて負けてしまう。
「くっ…!重たい…、ヴァレリナ様!私、貴女のこと何度かお見かけして、羨ましく思っていましたのよ」
冷や汗か疲労の汗か、ボタボタと額から雫を落としながらリリアーヌが語りかける。ヴァレリナには声が届いていないのか、猛攻は収まることを知らない。
「キリがない…!あっ!」
ついには防護壁は押し切られ、そのままリリアーヌは床に叩きつけられた。ゆらりとヴァレリナがリリアーヌの頭上に現れ、前足を高く上げて仕留めようとする。
このままではまずい、とリリアーヌは死に物狂いで対策を考える。ヴァレリナが待ってくれることもなく手を下ろした瞬間、先ほどまでの防護壁とは異なる、ガキン!という金属音が響いた。
「はぁっはぁっはぁっ…!」
ヴァレリナの手から血が滴る。リリアーヌの手には折れた両刃剣が握られており、そのガードの部分には宝石が埋め込まれていた。
宝石はヴァレリナの瞳と同じ黄金のタイガーアイが埋め込まれている。
「咄嗟に掴んだけれど…これはヴァレリナ様の…?」
ヴァレリナはすっかり理性はなくなり、獣のように痛みに対して雄叫びをあげている。その様子を見て、リリアーヌはハッと気がついた。
「魔法じゃなくて、物理攻撃なら…!」
聖獣を降ろしているために魔法への耐性や魔力は上がっているようだが、体はヴァレリナのままである。
つまり、聖獣が感じたことのない痛みを、ヴァレリナの体を通して感じることになる。
「でも、剣は折れてしまった…」
危機に瀕した人間は思考力や筋力が上がると言うが、その瞬間、リリアーヌの頭にかつての記憶が蘇る。リリアーヌはお妃修行の一環で剣術を学んでいた。大人しい性格ゆえにあまり果敢には評価されていなかったが、女性のみの剣術大会で入賞する程度には嗜みがある。
「当時の優勝はヴァレリナ様だった…でも今は、彼女は剣を持っていない…!!」
最後の突破口かもしれない。リリアーヌはさらに思い出す。悪魔に支配されていた時の、干渉魔法の使われ方を。
「私には世界に干渉する力があった…?それに、悪魔は通信魔法の障害を私の魔法を使って行っていた…」
考えろ、考えろ、と素早く思考を動かす。ならば、リリアーヌは今も相手の魔法に感謝できるはずだ、と。今はまだ大きな力は扱い切れないし、発動することもできない。
干渉魔法の基本的性質は、「魔力の流れや波動を歪ませ、再構築する」性質を持つ。
「だったら…!?」
リリアーヌは折れた剣に魔力を注ぎ込んだ。基盤となるのはタイガーアイだ。
剣の素材に魔力の波動を干渉させて、通常の金属ではありえない結晶構造や魔力の流路を形成していく。折れた剣は光り輝き、新たな刀身を作り上げた。
これにより、剣自体が魔力を蓄積・放出する「魔力結晶化金属」として生まれ変わった。
「…まさか本当にできるとは思わなかったけれど、このさい何でもかまいませんわ!」
タイガーアイがきらりと輝き、まるでヴァレリナを見つめているようだ。新たに作り上げた剣は元々の剣よりは刀身が細く、リリアーヌの手にしっかりと馴染んでいた。
痛みからさらなる憤怒を向けてくるヴァレリナに、リリアーヌは再度向き合う。今なら勝てる、そう確信したリリアーヌの一撃は、ヴァレリナの体を、彼女の攻撃をすり抜けて切りつけた。
憑き物が取れたように倒れるヴァレリナ。彼女の瞳は力を失い、魂が抜けてしまったように見える。
呆然と座り込むリリアーヌ。
人を殺したのだと言う実感が、今までよりも強く重くのしかかる。ぼろぼろと涙が溢れるが、リリアーヌは声を出すことはしなかった。
これは私が背負うべき罪であり、償いなのだと、全てを受け止めるべきだと思ったからだ。みっともなく声をあげてはいけない。愚かにも悔いてはいけない。
ただ自分の罪を認め、せめて彼女を弔うことで彼女の望みを果たしてあげたい。
ヴァレリナは、最後本気で攻撃しようとはしていなかった。彼女が愛した剣で生を終わらせること、彼女が愛した聖獣を憎しみから解き放つこと、彼女がしがみついた生から離れること、それがヴァレリナの望みだったのだろう。
剣を交わすことで、それが分かった。…分かってしまった。「…でも、こんな終わり方ってないですわよ…」
死んでしまいたい、逃げてしまいたい、そんな気持ちさえリリアーヌの中に浮かぶが、逃げた結果がこの惨状である。
「やらなきゃ…賢者を探さなきゃ…」
涙をぐいっと拭いて、ふーっと息を吐く。
剣は元のヴァレリナの折れた剣に戻った。
彼女の鎧で角張った胸元に剣を備え、そっとヴァレリナの瞼を下ろす。ハンカチで綺麗に顔を拭き、立ち上がった。
その時、リリアーヌは後ろにぐいっと引かれた。
「わっ、わぁっ!」
バランスが保てずに尻餅をつくが、痛くはない。
「あれ…」と周りを見渡すと、そこは創造主アエトスと出会った白い空間であった。
「リリアーヌ」
「アエトス様!?」
名前を呼ばれて反射的に答えるリリアーヌ。生身の体でアエトスと再開するとは思わず、リリアーヌは混乱する。
「正確には生身ではなく、白昼夢のようなもの」
「…あ、そうなのですね」
当たり前のように心の中を読まれていることに、リリアーヌは抵抗するわけでもなく応じた。
「これを使いなさい」
アエトスの姿は見えないが、声ははっきりと聞こえる。気がつくと、リリアーヌは左手に小さな天秤を持っていた。
「その天秤は私が作り出したもの。あなたが真に人のため、世界の秩序のために願う時に、元の理へと世界を作り替えるでしょう。…先ほどあなたが行った干渉魔法の、応用のようなものですよ」
「私が…真に人のため、世界の秩序のために願う時…?それって…!」
リリアーヌが淡い願望を乗せてアエトスに聞き返すと、アエトスは今までの淡々とした声色から、少し柔らかい声となって応えた。
「…全ては世界の理が干渉され、歪んだために生じたこと。あなたが元に戻していくのもまた、役割でもあるのでしょう」
ぼろぼろと涙が溢れる。アエトスの気配が遠のき、サーっと白い世界からヴァレリナの遺体のある世界にリリアーヌは戻される。
リリアーヌは膝をつき、横たわっているヴァレリナの胸元に左手で吊るした天秤をかざした。この天秤の魔法具の使い方を教わったわけではないが、不思議と手に馴染む。
天秤はゆらゆらと揺れ動き、青く光を浴びる。天秤の皿からは炎のように実態がなく、液体のように滴り落ちる魔力が溢れている。実際に魔法に変換されていない魔力を肉眼で確認することはありえないことであるため、人が作り出したものではないことがわかる。そのままゆらゆらとゆらめく魔力を眺めているうちに、リリアーヌは自身の存在さえも魔力となって溶けてしまうような心地になる。
(あ…引き込まれる…)
リリアーヌがそう感じたのと同時に、リリアーヌの実体は魔力となり、天秤からあふれる魔力と同化するように吸い込まれていった。




