第四話 博士の手のひら
翌朝、村の人びとは驚きました。
あの灯台が、ふたたび光をともしていたからです。
それは、夜のあいだに誰かが掃除し、古いランプに火をともしたのだということを、みなすぐに察しました。
けれど、誰がやったのか、だれも言いませんでした。
子どもたちは顔を見合わせ、大人たちは小さく息をつきました。
そしてふたたび、丘に人が集まりはじめました。
歌が戻り、笑い声が戻り、子どもたちは「星の声が聞こえるよ」と口々にささやき合いました。
学者のヒムラ博士は、それを遠くから眺めていました。
ひとり、小さな日陰に立ち、何度も帳面を見つめ、やがてため息をひとつつきました。
「……わたしは、何を確かめに来たのだろうか。」
その晩、博士はトオルを訪ねてきました。
丘の途中に腰をおろし、老いた身体を丸めるようにして、ぽつりと語りはじめました。
「わたしは、これまで多くの“幻想”を壊してきた。
英雄の伝説も、神の奇跡も、村のまじないも、ことごとく証明してみせた。
それが学びであり、真理の探究だと信じていた。」
博士の手は、ふるえていました。
その掌には、かつての村で拾ったという、小さな星形の石がのっていました。
「だが――灯台のひかりは、まだ消せなかった。
わたしが“嘘だ”と言ったあとに、それでも人びとがもう一度、ひかりをともした。
その火は、わたしの知識では測れない。」
トオルは黙って博士の顔を見つめていました。
博士はしばらく黙ってから、小さく笑いました。
「きみは、あのひかりを“ほんとう”にしたんだね。つくったものでも、それを信じ、手をかけ、誰かがそれでやさしくなれるなら、それはもう“嘘”ではないのかもしれない。」
その夜、灯台の歌は、ひときわ大きく、やさしく響きました。
村人たちは、もう星の声を問いませんでした。
本当に聞こえたのか、光は誰がともしたのか、そんなことよりも、その丘に立つことで、自分が少しだけ優しくなれる、そう思えることのほうが、大切だったのです。
博士は次の日、舟に乗って村を離れました。
港で別れを告げるとき、トオルに、星の形をした石をそっと手渡しました。
「これは、空から落ちたものではない。ただの鉱物のかけらだ。けれど、おまえが“星”だと思うなら、それは星になる。」
そして、舟は静かに波をわけ、沖へと消えていきました。
その背を見送りながら、トオルは小さくつぶやきました。
「また、灯台のひかりを見に来てください」
潮風が、返事のように吹き抜けていきました。