第三話 学者と星の墓場
星の声と灯台のひかり。
その不思議なうわさは、やがて隣の町にも届くようになりました。
ある日、一艘の舟が港に着きました。
舟から降りてきたのは、よれよれのコートを着た、年老いた男でした。
町では名の知れた学者で、ことばや物語の起源を調べることを生業としているのだといいます。
彼の名はヒムラ博士といいました。
「この村に、虚構の種がまかれたと聞いた。それがどのように芽を出し、人びとの心を変えるのか、わたしは、それを確かめに来たのです。」
博士は眼鏡の奥からじっと人びとを見つめ、昼は畑のはたらき手にまじって話を聞き、夜は丘に登って子どもたちの歌を見つめました。
灯台がほんのり光るたびに、博士は首をかしげ、小さな帳面に何ごとかを書きつけていました。
そしてある夜、とうとう彼は、子どもたちの輪のなかへ入ってきて、静かに口を開きました。
「これは、たいした“神話”だ。だが、みなさん。星は、話さない。光は、反射でしかない。歌は、脳の錯覚を誘うことがある。つまり、これはつくられた幻想です。誰かの思いつきが、村の空気を変えただけにすぎません」
子どもたちは黙り込み、大人たちも顔を見合わせました。
けれど、しばらくして、少女ミナがぽつりと言いました。
「じゃあ、…だめなの?」
博士は返事をせず、夜空を見上げました。
星は、ただ黙って、遠くでまたたいていました。
その晩、灯台の光はともりませんでした。
歌もなく、風だけが丘を吹き抜けていきました。
翌朝、村はしんと静まり返り、子どもたちはそれぞれ家にこもって出てきませんでした。
大人たちも、また元のように広場で顔をしかめはじめ、うわさ話や疑いの声が戻ってきたのです。
けれど、ただひとり、トオルだけが、夜の丘へ登っていきました。
灯台の扉は、ぎい、と音を立てて開きました。
苔むした階段を上がると、灯室にはひとつの古びたランプが置かれていました。
それは、ずっと前に役目を終えた灯台の残り火で、かすかな煤の跡だけを残していたのです。
トオルは、それをそっと磨き、埃を払い、芯に油をそそぎました。
そして、ポケットから取り出したマッチを、一本、すり…火をともしました。
灯室は、ふわりとやさしい光に包まれました。
その光は、星ではなかったかもしれません。
けれど、誰かがともした“希望”のように、丘を照らしました。
風が、またそっと吹いてきました。
そしてそのなかに、たしかに、あの「声」が、かすかにまざっていたのです。
「きみたちがつくったものは、まちがいではないよ…」
トオルは目を閉じ、そっとうなずきました。