奇跡
年齢を聞いたのは、言葉遣いはともかく、知識が幼いと感じたからだ。だってそうだろう?
当然の事だけど、私にアレはない訳で…いやまぁ思考から語彙が思い付いてないのは理解してたんだけどさ。
戸籍上九歳。しかし明らかにその見た目は二十歳を超えている。
ボサボサの白髪に無精髭という見た目がその面に人生を刻んで見せたのだろう。しかし鏡もなければカミソリはおろかハサミすらないのだ。そもそも身嗜みに気を使っていられる状況になかったはずなのだから、そこに見た目がどうこう言うのはあまりに酷である。
「カバネ。さっきの話、この人もいい?」
思考を巡らせた後、アマナは真顔でそう告げた。
「さっき宗教作りたいって話してたんだよ。いきなりで訳わかんないと思うんだけど…その、どう?」
「…よろしく」
「あ、うん。僕の事はカバネって呼んで」
「…あぁ、分かった」
カバネの頭の中がいつも以上にとっ散らかってる。多分混乱してるんだろう。そりゃ人が変わったように大人しくなったんだから、それこそ思考でも読めていなきゃ驚くだろう。
「で、カバネ宗教作りたいって言ってたけど、なんで…というか何するの?」
「えっとね、イデアや僕が使ったものって、人の思いみたいなのが動力源なんだよ。有り体に言えば信仰心とかかな? だから宗教。やる事は慈善活動かな?」
「へー。てっきり壺とか売るのかと思ったぜ」
「理由はその能力の為ってわけね。胡散臭い商売とかじゃなくてよかったけど…」
「けど?」
「お金どうしよう?」
「この山結構美味いもん多いし生きるだけなら困んねぇよ」
「流石にお風呂入らないのは嫌だ」
「川じゃダメか?」
「んー。だめ」
「ええ…」
「仮設程度でも家は必要だよね」
「あれ直せば良いんじゃねぇの?」
「あれ?」
ここに閉じ込められた原因だろうその建物を指差していた。木材は朽ちてスカスカになっており、壁や天井は吹き抜けになっている。ここからでも分かるくらいカビの饐えた匂いがする。内側には蜘蛛の巣がこれでもかと言うほど装飾されていた。こんな家をリフォームするのは…
ちょっと面白そうではないか?
安全に作業できたらいいんだけど…
「そういえばイデアくんこの家住んでるんだよね? どうやって住んでんのこんな家」
「入ってる時はなんか壊れねぇんだよな。出た瞬間どっか崩れるみたいな事は割とあるんだけどさ。神様でもいんじゃね?」
「なら割と改装も楽かも?」
試しに入ってみることにした。
───バギッ(床が抜ける音)
───ドシャン!(何故か天井が落ちてくる音)
───ズゴンッ!(緊急脱出の際壁をぶち抜いた音)
「何が壊れないって!?」
「あれぇ???」
「…崩れなかったってのは多分イデアの能力が関係してるんだろうね」
「能力かぁ…能力ねぇ…その能力ってのなんかいい呼び方ないのかよ」
「なんかって?」
「漫画とかだとなんか別の呼び方あんだろ? 能力だとパッとしねぇっていうかさぁ」
「僕の知る限りだと、その環境の能力の考え方によって、呼び方が違ったりするんだよ。呪繍とか、固有魔術とか、アレテーとかね」
「じゃあ宗教だし奇跡でいいんじゃない?」
「宗教だとなんで奇跡なの?」
「超常現象を奇跡って披露するのは胡散臭い宗教の典型だと思ってさ、逆に言えば、奇跡って言っちゃえば人前でもギリ使って許されるかもだし」
「いいな奇跡。実際奇跡みたいなもんだし」
「うん。分かりやすくていいと思う。ついでに宗教の名前も決めちゃおう」
「んー。どんな神様を信じるの?」
「それは割とどうとでもなるというか、コンセプト優先でいいんじゃないかな。二人の目標とかなんかない?」
「うめぇもん食いたい、焼肉とか…贅沢過ぎか?」
「そんな事ないよ。アマナは?」
「私は、幸せになりたいな」
「どうすりゃいいんだそれ?」
「ご飯が毎日朝昼晩食べて、気に入ったお洋服を毎日着替えて、暖かくて柔らかいお布団で寝るの。そんな毎日の中に私の事を好きって言ってくれるような人がいたら、きっと幸せだと思う」
ご飯を毎日、朝昼晩食べての部分でイデアは『え、そんなのあり!?』みたいな事を思ってたので、これでもかと詰め込んでやった。想像ならいくら欲張ってもいいだろうし、割と実現可能だとも思う。
「やっぱ俺もそれにするわ」
「幸せの形を考え続ける宗教。良いね、それなら僕は福ノ神っぽいの捕まえて来ようかな」
「今、捕まえるって言った?」
「え、うん」
「そんなサクッと捕まえられるものなの? というか捕まえていいものなの?」
「良いとは思うけど、出来るかどうかはギリギリになるとは思う。名前は暫定で福楽教でどうかな? 方針的に」
「異議なし!」
「同じく異議なし」
「じゃあ僕は捕獲に行ってくるよ」
「あ、今から行くんだ」
「うん。大丈夫…だよね?」
「もう何する気もねぇよ」
「私も多分大丈夫。でもここどうやって出るの?」
「あぁ、実践してみせるよ」
家に続く道沿いに歩いて進む。ある所でカバネの姿がいきなり消えて、すぐに戻ってきた。
「ここが結界の縁だね。じゃあイデア、僕に触れたまま奇跡使ってくれる?」
「あ? あぁ」
イデアはカバネに触れて、そのまま進んだ。消えるはずの場所を通り過ぎても姿はそのまま残り続けている。
「こんな感じで通り抜けられるんだよ」
「へぇ、触れると巻き込めるのかこれ!」
「何が出来て何が出来ないかは要検証だね。じゃあ、明日の昼頃までには戻ってくると思うから、親睦でも深めててよ」
「分かった」
カバネは木々の奥へと消えていった。
さて、二人残された訳だが。どうしたものか。イデアからは罪悪感っぽいのを感じるし、何かこう気まずさを解消するような…
「さっきお風呂がどうとか言ってた時さ、川じゃダメ的なこと言ってたよね?」
「言ったな」
「川があるんだね?」
「あるが?」
「連れてって」
***
というわけで、川に来ました。水質は最高です。澄み渡っています。川の流れは奥に行くほど深く、早くなっている。今立っているとこには丸石が広がたくさんあるような感じで、おお、カニがいた! 食べれるのかなこれ? 捕まえておこう。カニを空のペットボトルにねじ込んだ。横から入れたらギリギリ入った。
「何で川来たんだ?」
「服洗いたかったの」
水が足りなくて中断せざるを得なくなったあれだ。ここなら心置きなく選択できる。
「さっきもそうだが、なんで服洗ってんだよ」
「あぁ、えっと、その。ちょっと漏らしちゃって…?」
「なんでだ?」
「何でって?」
「いや、どう考えても漏らすより脱いでした方がマシだろ? こんな山じゃ人目を気にするなんてこともないわけで…こう聞いた方がいいんだな」
「何を見た?」
「端的に言えばおばけ? なんだけど…えっと、どっから話そっかな」
「まぁ時間は幾らでもあるんだし、雑談がてら、ここに来るまでの話を聞かせてくれよ」
「分かった」
短パンを水に浸し、擦り合わせながら考える。
「私、人の心が読めるんだけどね?」
「…ん?」
「多分それが私の奇跡何だと思う。イデアくんとかカバネから見たらパッとしないと思うけど」
「まじか! 人の心読めんのか!! なんだよ。頑張って言葉探さなくても伝わるのかよ!」
「え、うん」
「え、じゃあなんでさっき聞き返したんだ? 聞きたいことわかってたんだろ?」
「…癖かな? 聞きたいことに対しての回答ができるだけの言葉のキャッチボールが最低限必要だと思うの。さっきは心が読めるって情報を出してなかったわけで、なのに勝手に答え始めたら怖くない?」
「…焦れったいな。なんかその奇跡」
「そうだね」
「いっそ知り合い全員に心後読めるって伝えりゃいいんじゃね? そしたらそんな手間要らねぇしさ!」
能天気に言い放たれたその言葉に、その悪意がないのは分かっているけれど、今まで自分が感じてきた苦労が馬鹿馬鹿しいものだったと言われたような気がして、苦虫を噛み潰したような気持ち悪い感情が脳内に広がった。
「出来るわけないじゃん」