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宗教、作りたいんだ

「アマナ! もう安全だよ! 出てきて!」


 そう呼ぶ声で木陰から姿を見せた。すっかり緩みきった涙腺から滝の如く水が流れ落ち続ける。


「うっうう…」


「…本当にごめん。僕がこんなとこ入っちゃったから。怖かったよね」


 違う。違う。違う…! おかしいよ。そんな血だらけでなんで謝るの。分からない。私はそれだけの事をして貰えるだけの価値はない。


「どうして…」


 どうしてなんて疑問は基本的に私の中でありえないものだ。疑問と同時に回答が脳内に流れてくるのだから。

 でもカバネは違う。なんというか、脳内がぐちゃぐちゃ…まるで、雑音(ノイズ)のようで。常時別の事を考えている? こんな状態で普通に会話できていることが信じられない。だから分からない。思考を一点に絞ることが出来ない。分かるとすれば、ただ私に向けられたシンプルな感情のみだ。


 カクテルパーティー効果というのを聞いたことは無いだろうか。ここで語られるのは主に2つ。


(1)騒がしい環境下でも目の前の相手と会話ができる。

(2)いきなり名前を呼ばれても反応できる。


 ここでアマナが聞き取れる範囲の話をしよう。ほぼ全てである。人はずっとひとつの事を考えてる訳ではなく…。例えば、お腹減ったなーと、この人かっこいいなと、この服綺麗だなは場合によっては共存し得る。要は同時に思考される全てが聞こえる。が、聞き取っているからと言って必ずしも認知している訳では無い。


 試しに一日の乗降客数が世界一の新宿駅様に試しにワープしてみよう。様々な人の声が聞こえてくるはずだ。じゃあ誰が何を喋っているのか、分かるだろうか? 的を絞っても二、三人を超えたあたりから沢山の人の声はただの音に成り下がるだろう。


 デフォルトがこのただの音状態なのだ。小さい頃からそうだった為、それが当たり前になってしまっている。


 カクテルパーティー効果の話に戻ろう。アマナは普通の人なら意識すれば(疑問に思えば)答えが聞けるようチューニングされる。例(1)だ。


 しかし、カバネは何かおかしい。意識した上で雑音状態。まるで何人もカバネの中に居るような、そんな喧騒。

 この状態は言わば、周りの音がうるさすぎて目の前の人の声が聞こえない、といった状況だ。


 そんな中でも聞こえるものは(2)である。小さい頃からずっと呼ばれ続けた名前は魂に刻み付けられている。

 そしてそれは、アマナにとってそれは自分に向けられた感情も含まれる。好きや嫌い等途中経過をすっ飛ばした結論。


 そしてカバネから聞こえてくる声は───


───『気持ち悪い』と『好ましい』だった。




             意

             味

             が

             分

             か

             ら

             な

             い

               ゜




 どちらにしても出会って一日で抱く感情じゃない。

 一目惚れという概念がある。ただこれは概ね性欲だ。アマナが名前(感情)として聞き取れる範囲にそれは含まれる。カバネはアマナに対してそういう不純なものはミリ単位で持ち合わせていない。

 気持ち悪いの方はもっと分からない。ここではカバネが黒いあいつを捕食した時にアマナが抱いた感情を気持ち悪いと定義しよう。例え憧れ続けた絶世のイケメン俳優出会っても目の前でそんな奇行をやられたら百年の恋も氷点下まで冷める。


 カバネから見て私は四六時中あいつを食べてるように見えてるって事…? 最悪すぎて吐きそうなんだけど。


 回りくどい言い方をしたが、つまりアマナにとって気持ち悪いと好ましいは不倶戴天の合わせだと言うことだ。


───どうして?


「何?」


「どうしてそんな、優しくしてくれるの?」


 理解できないものは怖い。当たり前の事だと思う。ただ、私の何が気持ち悪いって思うの? それなのになんで好ましいって思うの? なんでそれが共存するの? なんて聞けるわけが無い。

 だから間接的な疑問を投げた。


 カバネから出てきた言葉は至ってシンプルなものである。


「…話相手が欲しかったってのもあるけど…僕頼れる知り合いとか数えられるくらいしかいないからね」


 話し相手が欲しかっただけ。きっとその言葉に嘘はない。ただ全てを語っていないだけだ。

 アマナには冗談抜きで頼れる人が一人も居ない。

 そもそも質問するのが怖かった。言葉を間違えたら放り出されるんじゃないかという不安は今でも拭えない。


 だからアマナの問はチキンレースみたいなものだ。

 

 目的が分からない人と一緒にいる恐怖、その目的が分からない人に見捨てられたらお終いという恐怖。そんな矛盾した恐怖に挟まれるストレス。

 それを解消するために、自分を納得させるだけの安心材料が欲しかった。


「私迷惑しかかけてないよ?」


 頼れる人が居ないというのは、頼りにされる事もあるのかもしれない。という受け取り方もできる言葉だった。

 勿論自分に出来ることなら協力する。でもこの人自分でなんでも出来るんじゃないかという凄みも見える。


 だから期待に応えられないですよという意味を込めてそう返す。

 それに、もしこのネガキャンとでも言うべき言葉を受け入れて貰えたら、自分はここにいていいと思えるから。

 

「僕は楽しいけどね。色んなことが起きて」


「…そうだね」


 よし、もう信じよう。そもそもここまでして貰って疑うなんてこと事態間違ってたんだ。少なくとも右手の慰謝料払えとか言われても文句ないレベルだった。


「そうだ、ここから出る方法分かったんだ。早く帰らないとご家族心配しちゃうよね」


「私、家ない」


「あれ? でも先にお父さんとお母さんが帰っちゃったって…あっ」


「…捨てられたって意味」


 昨晩濁した言葉を訂正する。

 この人なんか距離感とかおかしいし、名前教えた瞬間から呼び捨てだし。まぁ、それならとこっちも呼び捨てしてる訳だけど。そのせいか、もう心の壁みたいなものを感じない。


「…え、この辺って子供捨てるとか…結構ある事?」


 そこからだったか。


「…少なくとも私の知り合いでは見た事ないよ」


「ああ、そうだよね。良かった。いや良くないか。ええ、どうしよ。因みに僕も家ないよ」


「今までどうしてたの?」


「木の上で寝たり…」


「参考にならないやつだった…!」


「ちなみにアマナ、これからどうする予定?」


「ノープランだよ。割りと途方に暮れてるよ」


「じゃあ、僕やりたいことあるんだよね。一緒にどう?」


「いいけど、何するの?」


「宗教、作りたいんだ」


 あ、やっぱダメだったかもしれない。

さっき思いっきり当たり散らしてた相手に何を今更…。

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