不思議な空間、謎の家
私は今、抱っこされています。
お姫様的な優雅な感じじゃなく、正面からギュッて感じで抱き抱えられてます。片腕で運ぼうとしたらこうなるよね。
「ちょっとは落ち着いた?」
「…はい」
「…あ、あぁ、そうだ。なんでこんな場所に一人でいるの?」
「…」
質問の答え方に悩む。
初対面で捨てられましたなんて重すぎるかな。そもそもこのご時世で捨て子なんて信じられるだろうか?
「聞いちゃいけないやつだった? ごめんね。僕そういうのあんまり分かんなくて」
「違くて! えっと…家族と来て、でも、先にお父さんもお母さんも帰っちゃって」
「えぇ…そういうこともあるのかな?」
ポカンッ。と、空振りしたような錯覚を覚えた。
普通なら虐待やネグレクトを疑うところだろう。少女はそれを察してもらおうと最低限の情報を口にしたのだ。
勿論、そんな策略や計略を彼女が持ち合わせていた訳では無い。
こう言ったら助けてくれそう、という本能で、何となく導き出した言い回しであった。
しかし青年の対応は空振りである。何かこう、ズレている。
この人は一体何なのだろう。しっかりと言葉は通じるし、世捨て人…? いや見た目があまりに若すぎるし、古来からいる妖怪の類なのか…ただ、もう不思議と恐怖は感じない。
「…そういえば名前聞いてなかったよね、なんて呼んだらいい?」
「…有愛」
「アマナか、いい響きだね」
「お兄さんは?」
「…そうだよね。こっちも名乗るんだよね」
ーーバサバサッ
「うわっ! ちょっと、止まって!」
今通っている動線上にぶら下がって鳥を捕食する大きな蛇を見つけた。腹が黄色い黒とオレンジ色をした蛇である。鳥はまだ、バタバタと羽を必死に動かしている。なんと惨い光景だろう。
青年はそれを気にすることもなく、そのど真ん中を通ろうとしていたのだ。
抱き抱えられている少女は避けようがないので必死に訴えた。
静止した青年はそれを見て、ぽつりと呟く。
「ネ…」
「なに?」
「僕は、カバネだよ」
カバネは少し体を仰け反らせ、アマナを肩で一瞬支えると、フリーになった一瞬で捕食中の蛇の頭を鷲掴みにした。
「今何して…いやぁああ!! その蛇明らかにヤバそうな色してるじゃん! 近づけないでよ!」
「片手しかないんだから仕方ないでしょ? 大丈夫。頭ちゃんと抑えてるし、危なくないよ?」
「そもそもなんで捕まえるの!? 怖い怖い怖い!」
「分かったよ」
そう聞いてほっとしたのも束の間、掴んでいる蛇の頭と胴体を噛みちぎった後、持っている頭も口に入れた。
「え…?」
ゴリゴリと咀嚼音を間近で聞き、しっかりと飲み込んでから、一言、
「もう怖くないでしょ?」
「え、ええ…」
首の無くなった蛇の身体からは色鮮やかな赤色が滴り、その血液はカバネの口元にも付着している。目の前の惨劇に言葉を失った。何が怖くないというのだろうか? 蛇と全く同じベクトルの恐怖対象に、たった今なったというのに。
本当にこの人と一緒にいて大丈夫かな…冗談抜きで私も食べられるんじゃ…男は狼ってよく言うけどそういう意味じゃないじゃん…。肉食の意味が違うじゃん…。
「…せ、せめて火を通そうよ。お腹壊しちゃうんじゃない…?」
「僕お腹壊したこと無いんだよね。でもそうだね、この鳥はそうしようかな…」
生食し続けて生きてきたのだろうか。どういう免疫してるんだろうか。
「…アマナも食べる? あ、でも、この蛇は辞めといた方がいいかもね」
「いや、どっちも要らないよ…空腹のはずなのに食欲も湧かないよ…」
「仕方ないよ。さっき死にかけたばっかだし、心労が祟ったんだね」
「絶対もっと別の理由だね」
静かな宵闇に笑い声が響く。
突然だが、アマナは基本的には室内に篭って居たいという性格で、あまり運動は得意な方では無い。シャトルランをやったら30回くらいでギブアップだ。
そんな彼女がこれだけ動いたのだ。それに、色々と考えなければならない事も多かった。端的に言えばキャパオーバーだ。
「あ、あれ? アマナ?」
アマナはフッと糸が切れた様に、眠りに落ちた。
***
目を覚ますと、もうお日様が天高々に昇っていた。木漏れ日が眩しく、白飛びした世界を数秒かけて元に戻す。
寝ていた場所を見るとかなり長い草を互い違いに置かれていて、フカフカに仕上がっていた。寝違えたりせずに済んだのはこれのお陰だろう。荷物もぬいぐるみも近くにあった。
昨日の一連の流れが夢で無かったことに若干気落ちした。
「おはよ」
そしてこの青年も現実だった。当たり前のように近くに座っている。
「えっと、起きるまで待っててくれてたの?」
「そうだよ。まぁずっとって訳じゃないけどね」
なにか煮え切らない態度である。寝てる間に何か…いや、特に異常は、うん。無い。
「取り敢えず、ありがとう」
「いや…その、とっても申し訳ないんだけどさ…」
出会って数時間しか経ってないけれど、カバネは他人に気を使うこと自体考えなさそうな感じがする。そんな人がが言い淀んでいる。
「な、何?」
「戻れなくなった」
何かされた、または寝てる間に何かしちゃったのか、等の予想がぶった切られて出てきた「戻れない」という単語。いや、私は戻る場所ないので別に構わないのですが。
「というか、閉じ込められた」
「え?」
「…アマナが寝ちゃった後の事なんだけどね」
時はアマナが寝落ちした直後に遡る。
急に担いでいた少女の力がガクッと抜け落ちたのでびっくりした。何事だ、とも思ったが、心音も聞こえるし、呼吸も普通にしていたので寝ているだけだと直ぐに判断できた。
取り敢えず休める場所、出来れば開けた場所に出たいところだ。この少女を一番初めに見つけた所が理想的ではあるが、もう道が分からないので、とりあえず真っ直ぐ進む。
今歩いているのは多少の凹凸はあるが、人が通ることを想定されているであろう『道』である。横を見る。少し傾斜が着いていて木々が生い茂っており、百歩譲って人が通れる道じゃない。もし滑り落ちたら死んでもおかしくないだろう。そんな木々の奥、朽ちた建物のようなものが見えたのだ。
よし、あそこで休もう。と思った。
カバネの算段では、家があるということは、その家がたとえ使えるような状態じゃなかったとしても、近くに水や、かつて庭だった空間があるはずだと考えたのだ。ここからでは確認できないが、家に続く道も何処かにあるはずである。
だから帰り方は無視してその廃屋に直進した。
そしてその廃屋の前まで来たのだが、その建物の木々はだいぶ朽ちており、とてもじゃないが中に入って休む、なんてことが出来る状態じゃなかった。床が抜け落ちたり屋根が降ってきたりしそうである。
周りを確認する。背高草が茂ってはいるが、ここらの空間は木々がない。視界が悪いので踏み倒して確認するが、やはり庭に当たる場所だろう。
更にその周囲を確認する。建物の反対側に、道のようなものが見て取れた。たった一つだけ。そこ以外は特にない。
その一本道を、少し進んでみる。
「…どうなってるのかな?」
進んだ先には先程踏み倒した背高草があった。