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わたしに恋バナは向いてない

作者: 五日北道


 我が国の女王陛下は傑物である。

 不遇の子ども時代を乗り越えて、自身と国の両方に一番利益をもたらす男を夫に選んだ。その男が、陛下と敵対していた家の出自でもお構いなしに、だ。

 その完全な実利重視の陛下の英断の結果、我が国は今、空前の黄金期を迎えようとしている、らしい。




 ――らしいが、そんなのは遠い話で、わたしの身のまわりの話で言えば、影響は全然別の形となって現れる。

 まわりは、結婚、結婚、結婚に次ぐ結婚。

 今もちょうど、次兄の結婚を祝う宴に出席しているところである。


 なにしろ、女王陛下ご自身が敵対する派閥の家と縁を結んだものだから。

 女王陛下を支持してきた派閥は慌てて敵対派閥を取り込む方向に動き、敵対派閥は敵対派閥で女王派閥と手を組もうと融和に動き、それで、貴族はどこもかしこも結婚ラッシュである。


 ずっと女王陛下を支持してきた我が家も例外ではない。わたしにも旧敵対派閥出の婚約者ができたし、隣にいる従姉妹二人にも旧敵対派閥出の婚約者ができた。一人は近衛騎士と、もう一人は陛下の侍従と、そしてわたしは王宮の補佐官との婚約がととのっている。


 わたしの一族は、女王派閥ではあったものの可もなく不可もない家門。同派閥で婚姻による繋がりを作ってもさして旨味のない一族だったから、婚約を取り付けていない子女が多く残っており、一族に大量に持ち込まれた結婚話の中から各々、大慌てで相手を選んだものである。

 今日の祝宴の後も、皆、順次結婚していく手筈になっており、祝宴は立て続けに予定されている。


 我が一門の長が挨拶し、酒を酌み交わし、引き続き新婦側一門の長が挨拶し、また酒を酌み交わし……そんな中で、隣りにいた従姉妹たちがついに退屈に耐え切れず、小声でお喋りを始めたのが耳に入ってきた。

 いくら祝い事と言っても、ひたすら続けばさすがに飽きる。従姉妹たちの気持ちもわかる。


 せめて聞こえないように喋りなさいよ、と思いつつ、わたしも祝宴疲れしていて注意する元気はなかったので、もうそのまま聞き流す。


 従姉妹たちは、まもなくの自分たちの結婚について、お互いの婚約者の話をしているようだ。


「姉様はどのへんが良いと思って、お義兄様を婚約者に選びましたの?」

「そうねえ。腕かしら。あたくしたち女には無い、あの硬そうな腕の筋肉が。とっても惹かれましてよ」

「まあ」


 上の従姉妹の婚約者は近衛騎士である。ガチガチムキムキである。剣や槍なんかを軽々扱う様子が想像できて、ふんふん、なるほど。騎士ならそういうものかもしれないな。と思う。


「そういうあなたは婚約者のどこが気に入っていて?」

「そうねえ、手、かしら。女性の手と違う、大きくて、骨ばっている感じが好きですの」


 下の従姉妹の婚約者は陛下の侍従である。引き締まってシュッとしている。王宮の御衣や宝玉をその手で取り扱う様子が想像できて、ふんふん、なるほど。侍従ならそういうものかもしれないな。と思う。


「ねぇ、モナはどうなのよ」


 モナというのは、わたしの名前である。


「はぃ?」


 突然わたしに飛び火してくるとは思っていなかった。

 ちょうど新郎新婦の挨拶が終わったようで、わぁっと歓声があがる。わたしはそのまま回答せずに有耶無耶にした。




 成人していない者は、夜が更ける前に宴から退出させられる。わたしもその一人で、屋敷に戻るとほっとした。めでたいこととはいえ、大勢が寄り集まって興奮している席にずっといたので、気疲れしていた。


 ベッドに倒れこんで、ふと自分の婚約者のことを考える。


 同日、彼は彼で親族の結婚があり――夫婦円満で有名な昔の王様が結婚した日だとかで、今日はとくに縁起を担いで結婚する者が多かったのだ――こちらには参加できなかった。

 婚約者からは我が家宛に、参加できない謝罪と次兄結婚の祝福の手紙のほかに、丁寧なわたし個人宛の手紙ももらっている。


「ねぇ、モナはどうなのよ、か」


 ひとり言をつぶやいて、従姉妹に言われたことをちょっと考えてみる。


 わたしの婚約者は王宮の補佐官である。とくにガチガチムキムキでもなく、引き締まってシュッとしているわけでもなく、中肉中背である。

 届く手紙の文字も内容も、直接会ったときも、彼は基本マジメで、王宮でもそれ以外でも実直な様子である。


 彼は王宮内の不正にも(ひる)まず諫言し、――上官に睨まれてしまいました。モナさんにも影響があるかもしれません。婚約を解消しましょうかと、どこか悄然として言われたときには驚いた。解消なんてしなかったけど――

 貴族たちの愛人騒ぎには一線を引いて関わらず誠実で、――愛人を囲う人の気が知れません。私なんてモナさん(ただ)一人だけでも精一杯なのに、などと可愛くないことを言い、ニッと笑っていた――


 わたしはそういう、彼の行動や考え方が良いなと思っている。


 婚約者の惹かれるところを、従姉妹たちは腕や手と言っていたが。

 惹かれるところが彼の行動や考え方、というのはつまり身体の部分で言うと、これは、脳みそということになるのだろうか。

 行動や考え方を決定しているのは、たぶん脳だろう。


「婚約者のどこが好きか」と聞かれて、答えるとしたらつまり、「脳」?


 脳……?


 え、いやそれはさすがにちょっと猟奇的すぎでは……?

 こんなの人に言えない……!


 自分で自分に愕然として、わたしは、しばしベッドの上で固まっていた。





要するに、言えないから書いた。後悔はしないけど、反省はしている。

お読みいただきありがとうございました。


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