子孫の寿命が一年で尽きる呪いをかけられ婚約破棄&一族処刑&追放処分を受けた聖女は、神々の助力を得て復讐する ~元婚約者の王太子が泣きついてきましたが、知ったことではありません~
――無惨。
王都の公開処刑場で繰り広げられている光景は、その二文字でしか表せまい。
何となれば、数十人もの人間が磔となって並び、むごたらしい屍を晒しているのである。
しかも、処刑されたのは男ばかりでなく、女や子供も混ざっており、これは、さる一族がまとめて処刑されたに違いないと推察できるのだ。
この一族……家名を、ライツという。
「むごたらしいものだ。
ライツといえば、当代の聖女が生まれた名家だろうに」
ある市民が処刑場の前で立ち止まり、そのようなことをつぶやく。
「だが、仕方あるまい」
それに異を唱えたのが、彼の連れであった。
「その聖女が、神殿の祭具を盗まれたがために、魔王が復活したのだ」
男が見上げたのは、遥かな空……。
古の時代、魔王が封印されたというネクロの火山……。
そこからは、噴煙のように瘴気が漏れ出し、空を侵食しつつあるのが、この王都からでも確認できる。
「祭具を盗んだのは、宮廷魔術師なのだろう?」
「ああ、信頼していた相手に薬を盛られ、聖女はろくに抵抗もできなかったらしい」
「その責任を問われたってことか……。
でも、ここまでするのは、やり過ぎなんじゃないか?」
「そこはほら……上げた腕には振り下ろし先がいるってことだろう」
腕組みしながら、男たちが会話を交わす。
処刑場に並んだ死体は、そんな彼らに恨みがましい視線を向けることさえしない。
「ならよ。
肝心の聖女は、どうしてここで処刑されてないんだ?」
「それがよ。
下手人の魔術師は、魔王から借りた力で、恐ろしい呪いを聖女にかけていったらしい。
何でも、その子孫が生まれてから、恐るべき早さで成長して年老い……およそ一年と少しで寿命を迎える呪いだとか……」
「うへえ……。
ん? 待てよ。
わざわざそんな呪いをかけたってことは、もしかして聖女は……?」
「ああ。
子供を身籠ってたらしい。
それで、分かるだろ?
聖女は、王太子と婚約していたんだから……」
「ああ。
それで、本人は追放するに留めたわけか」
「もっとも、その先で生まれた子供は、呪いで早死にしちまうんだけどな」
これで、立ち話は終わり……。
いつまでも、このように薄気味が悪い場所へ留まる必要はないと、男たちが立ち去っていく。
空の瘴気は、日に日に勢いを増しており……。
それが王都付近まで侵食し、強大な魔物たちの巣窟を生み出すまでには、一年とかからなかった。
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出産の衝撃と疲労というものは、例えるなら、強大な存在に全身を叩きつけられるかのごときものであり……。
まして、山中へ打ち捨てられた民家でのそれともなれば、聖女としてのみでなく、騎士としても当代随一の力を誇ると言われたレイ・ライツであっても、疲労困憊となるのは必然であった。
「レイ様……。
ほら、元気な赤ん坊ですよ」
それでも、唯一自分についてきてくれた侍女マリサが差し出してくれた赤ん坊を、優しく抱き上げる。
黒髪の侍女が、まだ十歳……いや、もう十一歳だったか?
ともかく、子供といっていい若さでありながら、懸命に働いてくれたおかげで、赤ん坊は健やかに生まれ落ちることができたようだった。
「ああ……よく生まれてくれて……。
こんなにも、元気に……」
レイ自身、まだ十六歳を迎えたばかりであり、体が完成しているとは言い切れない年齢である。
それでも、母子共に健康であるのは、日頃の鍛錬が実を結んだか、あるいは神の加護だろう。
とはいえ、だ。
「でも、この子も一年後には……」
我が子を抱いた聖女に、薄暗い感情が宿った。
直感で分かる。
体が痺れ、何も出来ないまま祭具を持ち出されたあの時……。
かけられた呪いの効力は、本物だ。
今は普通の赤ん坊にしか見えないこの子も、ここから先は恐るべき勢いで成長し、そして……年老い死んでいくのであった。
「レイ様……」
マリサが、そんな自分に悲しげな顔を向ける。
『人の子よ。
悲しんでいる場合ではありません』
産屋とした室内に声が響いたのは、その時であった。
「これは……レイ様?」
「間違いない……神託です。
でも、こんなにハッキリと……それに、あなたにも聞こえるだなんて」
マリサと顔を見合わす。
そうしていると、おお……室内が光で満たされ……。
それは、やがて人の形として収束し、一人の女性を生み出したのである。
「あなたは……」
「もしかして……神様?」
自分の言葉に、マリサが追従した。
それにしても、この女性の何と美しきことだろうか。
白銀の髪は、膝の辺りまで伸ばされており……。
顔の造作は、幻想的なまでに整っており、今もこれからも、この女性より美しい存在など現れないのではないかと思わされる。
上半身には、胸甲や肩当て、手甲などが装着されており、いずれもがこの女性に相応しい優美な装飾を施されていた。
下半身の裾は、動きやすさを考慮しているのだろう……深い切り込みが入っており、文字通りまばゆい太ももなどが、大胆にも顕わとなっている。
その手に握っているのは、長大な槍……。
これもまた、人界で用いられるような物とは、比べ物にならない逸品だ。
鋭く研ぎ澄まさされた穂先が持つ輝きは、ただかざしただけで、邪悪な存在を討ち滅ぼさんばかりであり……。
それが取り付けられた柄も、青空のごとく鮮やかな色合いに染め上げられ、細部に至るまで細やかな金細工が施されている。
その装備も、存在そのものも、明らかに地上の摂理とは異なる女性……。
――女神。
彼女と相対すれば、あらゆる人間がこの二文字を想起することだろう。
「いかにも。
我が名はアテナ。
戦争と勝利を司る女神である」
その証拠に、偉大なる女神は自分たちに向け、そう名乗ったのだ。
――戦女神アテナ。
神界に、神々は数あれど……。
神の中の神と呼ぶべき、上級神の名である。
その権能は――戦争。
彼女の加護を得たならば、仮に百倍以上の兵数差を有する相手であったとしても、必勝揺るぎないという……。
また、まだ地上で神々が人と共に暮らしていた時代に残した神話の数々も、ことごとくが英雄とその勝利にまつわるものであった。
「御身が戦女神アテナ……!
このような姿で相対する無礼を、どうかお許し下さい」
生まれた赤子を抱いたまま、そう言って頭を下げる。
何しろ、お産に挑むため、半裸の状態であるのだ。
とてもではないが、神たる者の前へ晒せる姿ではない。
「よいのです。
そして、無事な出産を心から祝福しましょう。
あなたが今、腕に抱いている赤子……。
その男の子こそが、人界における希望の光なのですから……」
「この子が……?」
そう言われ、腕に抱いた我が子を見た。
見た目は、ごく普通の元気な赤ん坊……。
その実は、近い将来の死を約束されし不憫な子……。
それが、希望の光だというのか……?
しかし、アテナほどの神が、神託ではなく、こうして顕現してそのことを告げているのだ。
レイは胸の中で、失われて久しいものが灯るのを感じていた。
「悪しき魔術師によって、我らが古代に封印せし悪神……。
あなたたち人間が言うところ魔王は復活し、急速に力を付けています。
ですが、我ら神界の神々は、かつての約定により、地上へ過度な干渉をすることができません」
アテナが語ったのは、神話の一節である。
神々は人間と約定を交わし、この地上を託して去ったのだという……。
以降は、力強き聖職者への神託という形で、ごくごく稀に人間を導くのみであった。
「では、アテナ様が直接魔王を倒すということは、出来ないのですか?」
「出来ません。
あくまで、地上の平和は、あなたたち人間の手で掴まねばならないのです」
恐れを知らず訪ねたマリサに、女神が優しく微笑みながら告げる。
その言葉は、赤子をあやすような慈しみに溢れていたが……。
同時に、決して約定を曲げない力強さも感じさせた。
「そこで、レイよ。
我が子孫よ……。
あなたの産んだ子供が、重要となるのです」
「私が、アテナ様の子孫?
そして、この子が……?」
「その通り」
アテナが、目をつむりながら答える。
それは、何か……遠い過去を思い出しているかのような姿であった。
「かつて、私が人間と交わり生まれた子の子孫……。
それが、聖女レイ。あなたなのです。
故に、あなたが産んだその赤子にも、わずかながら神としての力が宿っています」
「レイ様が、神の末裔……」
「知らなかった……」
マリサと、互いの顔を見交わす。
確かに、幼い時からごく自然に神々の言葉を賜ることは出来ていた。
その素養は、生まれ持った血に潜んでいたというのか……。
「魔王は……ハーデスは恐るべき存在です。
あなたやその子に宿った私の血は――薄い。
その子が成長し、共に戦ったとしても、到底かなわないことでしょう。
――ですが」
そこで、女神が鋭い眼差しを赤子に向ける。
その視線には、戦争を司る神としての冷酷な計算が宿っていた。
「その子が神と交わり、生まれた子であるならばどうでしょうか?
それも、一代限りではありません。
生まれた子もさらに神と交わり、ハーデス率いる魔物たちと戦って素養を高めながら、次なる代へとその強さを遺伝させていくのです。
さすれば、ハーデスすらも打ち倒す半神半人の英雄が生まれることでしょう」
「この子を……その先の子孫を、神々と交わらせる……?」
その発想が持つ恐ろしさに、おののきながらつぶやく。
それはまるで、軍馬の血統作り……。
交配の果て、より優れた子孫を作り出し、魔王を打倒させよと言っているのだ。
「魔王の力を借りた呪いは、あまりに強力。
神の血を受け継いだ子供といえど、短命の宿命には抗えないことでしょう。
ですが、そうやって血を繋いでいった先、魔王を倒すことができれば……。
あなたの血にかけられた呪いは解け、子孫たちは、常人と同じだけの人生を生きられるはずです」
全てを語り終えた女神が、きりりと顔を引き結ぶ。
「さあ、決断なさい。聖女レイ。我が子孫よ。
あなたの子とそれに連なる者たちの手で……。
ライツ一族の手で魔王を倒すのです」
レイは、女神の言葉に――。
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悲惨な戦いと、そう呼ぶ他にない。
いよいよ勢いが増した魔物を迎撃すべく、王太子ヌルが率いる軍勢は、ドルン高原へと出陣した。
しかしながら、魔物たちは――強い。
あまりにも、強かったのである。
この日に備え選抜し、練成を繰り返したはずの兵たちは、ことごとくが魔物らの爪牙によって打ち倒され……。
あるいは、人の身を遥かに超えた魔力で行使される魔術により、哀れな死体と成り果てた。
復活した魔王が率いし軍勢は、到底、人界の技が及ぶ相手ではなかったのである。
そして、今……。
王太子ヌルと生き残りしわずかな手勢は、まさに絶体絶命の窮地にあった。
魔物の追撃は執拗であり、捨て駒の兵たちを容易く葬り去ると、王太子の手勢へと肉薄していたのである。
「もはや、これまでか……。
魔王が復活してから、たったの五年……。
それだけの年月で、ここまでの力を付けてくるとは……!」
騎乗し、残りわずかとなった手勢に囲まれながら、ヌルはそう毒づいた。
「このまま、一矢報いることすらできず……。
我らは……王国は滅びる他にないのか……!」
瞬間、王太子の脳裏をよぎったのは、かつて愛した少女の姿であり……。
幻視したのは、姿を見ることのなかった我が子である。
これは、ヌルの甘さがそうさせたのではなく、死を目前とした脳が、種の生存本能から呼び起こしたのであろう。
もっとも、レイが生き延びて出産していたとして、その子供は短命の呪いによりすでに死しているだろうが……。
「――がっ!?」
「――ぐあっ!?」
前衛で壁となっていた兵たちが、次々と魔物の手で倒されていく。
守りを突破した魔物が、ヌルの姿を見つめていた。
獅子の体にコウモリの羽を生やし、尾が三匹のヘビとなってゆらめくこの魔物こそ、自分へ死を運ぶ存在であるに違いない。
ヌルは覚悟し、半ばからへし折れた剣を構えたが……。
いずこからか飛来した槍が深々とこの魔物へ突き刺さり、その命を奪ったのは、そんな時のことであった。
「なっ……!?」
驚き、周囲を見回す。
王国軍の剣も矢も通さず、圧倒的な膂力でこちらを屠ってきた魔物が、こうも容易く倒されるとは……!
その攻撃を放った何者かはどこにいるのか、探したのである。
果たして、それは自分たちを見下ろせる小高い丘の上にいた。
しかも、一人や二人ではない。
十数人はいようかという集団が、自分たちを見ていたのだ。
その内一人……筋骨隆々とした青年が投てき後の姿勢を取っていることから、この人物が救い主であると見て取れる。
それにしても、異常なまでに整った容姿をした一団だ。
皆が皆、神々の作りたもうた芸術品かのごとき顔の造作をしているのであった。
だが、その中へほのかに隠れる共通項には、どこか親しみが……。
そして、一団を率いるようにしている女の聖騎士は……!
間違いない。
あれから五年の年月を経て、少女から大人の女性へと変貌はしている。
しかし、あれは――聖女レイだ。
レイは、ちらりとヌルの方を見たが……。
すぐに、その先――魔物らの方を見て、引き抜いた剣の切っ先を掲げた。
そして、こう叫んだのである。
「今こそ、我らが一族の力を示す時です!」
――おう!
彼女の言葉に、率いられし者たちが呼応した。
手に手に武器を持ち……。
あるいは、魔力を高めて術の発動準備に入り……。
丘から駆け下りると、恐るべき魔物の群れへと突進したのである。
それにしても、彼らの実力たるや……!
振るわれた剣や槍は、魔物を寄せ付けず、容易くこれを討ち取っていき……。
放たれた魔術は、魔物たちをまとめて焼き払い、バラバラに切り刻み、あるいは凍てつかせて凍死させていく……。
あれだけ強大だった魔物が、この者たちの前では、赤子扱いだ。
やがて、敗北を悟った魔物の軍勢は退却していき……。
このドルン高原へと残ったのは、ヌル率いる少数の手勢に謎の一団……。
そして、戦場のあちこちで、どうにか生き延びていた敗残兵のみとなった。
「レイ……」
自身は丘の上へ留まり、戦場全体を俯瞰するようにしていたかつての聖女へ、どうにか声をかけようとする。
こちらに、気づいていないはずもない。
だが、彼女はあえてヌルを無視して、生き残った兵たち全員に聞こえるような朗々とした声を放ったのだ。
「生き残りし、兵士たちよ!
志あれば、我らの下へ集いなさい!
我らライツ一族こそ、やがて魔王を打ち倒し、この世に光をもたらす者たちなり!」
――おお!
その言葉に……。
兵士たちは、明らかに心を動かされていた。
しかも、レイが率いてきた者たちは、負傷者へ惜しみなく水薬や回復の術を振る舞い、助けていたのである。
ごく自然と、兵たちがレイの下へと集い出す。
それは、ヌルの周囲にいた者たちも例外ではなく……。
王太子は、一人取り残されることとなった。
「いざゆかん!
我らが本拠、ガハラマカタへと!」
聖女へ率いられた者たちが、続々とそれに付き従っていく。
ヌルはただ、彼女らの背を見送ることしかできなかったのである。
これは――列伝。
短命の呪いを受けた一族が、その血と神々の力を受け継いでいき、やがては魔王を打ち倒す物語だ。
お読み頂きありがとうございます。
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