真実の口〜Another 3
これで完了です。
最後までお付き合い下さって有難うございました!
感想はお手柔らかにお願いします//
※ヒューバートの一人称が俺だったり僕になってたりしていたので俺に直してます。まだ僕になってるところがあるかもしれません(汗
全て話し終えた。
ほんの少し前まで自分が生きてきた時の、その話を。
愚かな第二王子の話を。
「お前の覚悟は分かった。親に愛情はもう残っていないって事も。今後の計画を立てる前に―――そっちの二人、その顔を何とかしてこい」
「だってぇ、うぐっ、おとうさまぁ〜〜!」
ローズリンデは侯爵に抱きついて大泣き、兄上は涙と鼻水まみれで目も鼻もぐちゃぐちゃ。端正な顔が台無しだ。
足りなさそうなので、ポケットのハンカチを渡すと兄にその手をぐっと痛いくらいに掴まれる。
「……ゴメンっ、未来の俺が、もっとお前にちゃんとしていたら、お前は…っ」
今の兄は13だ。
そんな彼に何が出来よう。
母の目を無視して私と接することすら、難しい事だったはず。
兄は出来うる以上の愛を、私に与えてくれていたと今はわかる。
「兄上はずっと、俺を思ってくれていた。気付かなかった俺がバカだったんだ。だから大丈夫、ちゃんとわかってる」
母と伯父を処理したら、レナの様子を見て、兄達の幸せを見届けたら―――そしたら今度こそ終わろう。
だが、そんな思いはまたしても止められる。今度は侯爵に。
「神は生きろと言ったんだろう、ヒューバート。足掻け。命ある限り。綺麗な犠牲など必要無い。貴族じゃなくとも、平民となっても。泥臭く生きろ。時戻りした生の意味を考えろ。それがお前に協力する為の対価だ」
「……侯爵、貴方も生きろと、そう言うんですね」
「しがらみとか無くなったら、案外、人生を楽しめるかも知れないぞ?お前はまだ十だ。年寄りみたいに生に見切りをつけるな、若者が」
そう言って笑う侯爵の顔は、全く似ていないのにあの時会った神の笑顔を思い出させた。この人も終わる事を許してはくれなさそうだ。
もう少し生きてみよう。
なにかまだ私がやれる事、生きる意味がどこかにあるかもしれない。その為に。
「侯爵、お願いします。これからどうすればいいか教えて欲しい。貴方の判断にお任せしたい。私には力も、策も何も無い。でも貴方にはこの国を正しく導く力がある。兄上とローズを、二人が笑える国ならば、きっと民も幸せになれるから」
そう言うとポカリと頭を叩かれる。
「俺達だけじゃない、お前もだ」
「そうよ!ヒューイも一緒に笑うのよ!」
二人は私を抱きしめる。
そうして私は―――願いを叶えた。
あれから8年、俺は18になった。
あの日の後、侯爵はまず父上にありのまま真実を伝えた。
どうやって人目に触れず父の元に行き着いたのかは不明だが、それについては多分一生知らない方が良い気がする。
父は俺を廃嫡にはしなかった。
逆に、すまないと泣かれて、何故か一緒に泣いてしまったのを兄に見られ、笑われた。その兄も泣いていたが。
ベルダ公爵家はエマーソン侯爵が中心となって不正を暴き、取り潰された。金と欲にまみれた公爵家は裏で相当悪どい事をしていたらしい。正妃の身内だからとそれまで逃れてきたものを徹底的に洗い出された。罪状を言い渡され、醜く歪んだ顔を向けてきたジェイコブ・ベルダ。俺が王の血を引いていない事は極刑を避ける為言う事はなかったが、苦しめて苦しめて人間の尊厳を奪って絶望してから惨たらしく惨めに殺してやるから心配するな、とエマーソン侯爵は俺だけに言った。
母は国王から、俺が実子ではなく誰との子供であるかを暴露され、実兄と父親がどの様な処分を受け、現在どうしているかを逐一報告されると、恐怖で部屋に籠もりきりになった。ある意味拷問かもしれない。公務も出来ないので側妃に落とされると、ヒステリックに喚き散らす。実家もなく、捨てられた妃には人も寄り付かないので、物に当たり散らして部屋は物取りにでもあったかのような有り様だという。俺に会いたいと言っていたようだが、俺が体調を崩した時一度なりと会いに来てくれましたか?と手紙を送り、後は取り次がないよう命じた。
陛下と兄の母であるマチルダ様は俺にも優しく、家族の一員として愛情を注いでくれた。
勉学も剣術も今度は真面目に受けたけれど、15の年に軍への入隊を決め、三年間軍に所属した。勿論従軍には家族総出で大反対されたが、エマーソン侯爵の力を借りて何とか押し切った。侯爵は「可愛い子には旅をさせよ」なんて言っていたが何の事だろう。
なんの力も無い俺だが、俺のスキルがサバイバルに役立つ『探索』だった事で、遠征が短期で済み、生存率を上げたりして貢献したのだと部隊長は褒めてくれた。そのまま軍に残りたかったが、兄上とローズが結婚するからと言われて除隊した。
戻るとローズリンデから「口が悪くなった」と言われたが仕方ない。軍の中での三年間は気取った口調など必要無く、戻ってから直すのに少し大変だった。
軍に入る前、王都の広場で花売の少女を探した。
神から気にかけて欲しいと頼まれた聖女レナ。
彼女の事だけは兄にも、誰にも伝えていない。
言えば聖女として国や神殿で保護しなければならなくなる。
彼女を守る為には、それをしてはならないと思った。
権力に触れ、歪むこと無く、今回は幸せになるように。
障害となるものを排除してから軍に入り、一目惚れしたとか何とか理由をつけて、密偵に時々様子を探らせ―――今日、久々に彼女の様子を見に戻る。
決めたのは、兄上達の挙式を見終えたから。
後はレナの様子を見て、それで俺の仕事は終わる。
そしたら、自由に生きてみよう。
ただのヒューバートとして。
「こんにちは」
「こんにち、は?」
街の目立たない場所にある小さな花屋。
そこに彼女はいた。
突然若い男に声をかけられた少女は警戒してか、それでも客商売だからとぎこちない笑顔で応える。
「綺麗な花だね。君が育てたの?」
「ええ!私、お花とか植物を元気にするスキルがあるの。だから元気いっぱいでしょ?」
花を褒められて警戒心を解いたのか少女は嬉しそうに笑う。
(ああ、そうだ。彼女はこんな風に笑っていたっけ…)
かつて、植物を成長させるスキルを持った少女は、その力を教会と手を組んだ公爵家に利用され、偽りの聖女に仕立て上げられた。突然の贅沢な暮らしと異様に崇められる環境に、始めは純粋だった彼女も変わってしまった。だが、本当の彼女は花の大好きな、輝くような笑顔の女の子で。歪めてしまったのは自分。
今世で彼女が利用される事はないだろう。
公爵は死に、母は気狂いしたと遠い土地に静養という名の下に幽閉されている。おそらく近い将来病死の知らせが届くだろう。兄の地位も盤石で、念の為に汚職まみれの教会は潰した。
本当はそっと見守るだけにしようと思っていたのに、どうしても気になって会いに来てしまった。
彼女に初めて会った時、確かにあの時心が揺れた。
屈託のない笑顔が、飾らない言葉が、ささくれだった心を間違いなく癒やしてくれていた。淡い初恋。だが、環境がそれを許さない。純粋故に変わっていく彼女。俺達は周囲によって少しずつ歪んでしまった。
でも、もうそんな風に生きる事はない。
彼女が正しく彼女の人生を歩めるように障害は無くした。
かつて、色んな花や植物を見に行きたいのだと語っていた彼女。共に行こうと誓った約束はもう果たされる事は無いけど、せめて俺だけはその誓いに沿いたい。
「…この花、一つ貰えるかな?」
「え?あ、は、はい!」
鉢に植えてあるそれは、彼女に似た、白くて可憐な花。
俺がこれから向かうどこかの土地に植えよう。
花を見る度にきっと、君を思い出せるから。
お金を渡すと彼女は鉢を持ちやすいように包み俺に渡して―――くれたけれど、何故か包から手が離れない。
「あ、あの!変なこと聞いちゃいますが、以前どこかで会った事ないですか!?」
「え」
「あ、いえあの変な意味じゃなくって、ですね!やだな、こんな格好いい人忘れるわけ無いですよね、あはは。あたしってば変な事言っちゃってごめんなさい」
「あ、いや…」
そう返したけど彼女の手はまだ鉢を掴んだままで、俺はどうしたものかとそのまま動けずにいた。
「……お客さんは……いえ、あのっ、また会えますか?」
俺を見つめる彼女の目は、いつか見た、恋慕を映す瞳。
どうしてだろう。
見た目は確かに整っているかもしれないけど、彼女は見た目に流される人間では無かったはず。現に今も最初は警戒されていたし。
「……残念だけど、ここには長く戻らないと思う。俺のスキルは探索だから色んな世界を見て、自分が出来る事を探したいんだ」
だから、君の夢だけ貰っていくね。
ようやく手を下ろした彼女から鉢を受け取り、背を向けて歩き出す。後ろ髪を引かれない訳じゃない、本当はもっと話したい。一緒に、いたかった。でもそれは叶わぬ願いだから。
「―――っ、わっ!!?」
背中にドンと強い衝撃。
振り返らなくても分かる。だってその熱は。
「わ、私も一緒に連れて行って下さい!!突然おかしな事言う女だって思うかもしれないけど、でも、あなたと一緒に行かないと後悔する気がして…!」
「いや、でも君は、」
「―――私、ずっとどこか、心に穴があいてるような、そんな気がしてて。夢を追う事も、誰かを大切に思う事も、なんか違うって。そしたら、あなたに会って―――何でかわからないけど、きっと私の足りない心はあなたが持ってる気がするの」
ああ、神様―――
俺は、この手を取って良いのでしょうか?
彼女と共に生きる事は許されますか?
彼女を―――愛しても良いのですか?
「…長い旅になるよ?」
「ずっと王都にいたから旅行みたいで楽しみです」
「…とても、とても遠くへ行く事になると思う」
「知らない植物が沢山ありそうでワクワクします」
ぐっ。
何を言っても好意的な返事が返ってくる。
「大丈夫です!私、こう見えても頑丈だし、どこでも寝られるし、ご飯作るのも慣れてます!」
ニコニコ笑ってはいるが、有無を言わせない雰囲気がある。
だから何を言っても止められない。
そうだ。本来の君はそういう子だったね。
だからそんな君に惹かれたんだ。
「分かった…一緒に行こう、レナ」
「やったぁ!……あれっ?私、名乗ってました??」
首を傾げるレナに笑顔だけ向けて答えない。
いいんだ、これから沢山時間はある。
名前なんて些細なことだ。
―――国の外れ、不毛の大地と呼ばれる乾いた土地があった。
十数年前、二人の男女がそこに居を構えると、不思議な事に、土地は水と緑であふれた豊かな大地となり、森が広がった。森は神聖な気で溢れ、聖獣が生まれ育ち、彼らはこの国を末永く守護していく。
ただ、時折聖獣に神が宿り、そこに住む夫婦と楽しそうに会話していたという事は誰も知らない―――
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真実の口〜もう一つの真実〜
END.
いかがでしたでしょうか?
蛇足的な話かもしれませんが、救済エンドになったかな?
賛否両論あるかも知れませんが、生まれに関して本人に罪なんてないので。悪女がやり直す話もあるのだから、王子だってやり直してもいいですよね??