真実の口〜Another 2
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長い夢から覚めるような、寝すぎたように重い頭。
ボヤけた視界が徐々にクリアになっていく。
開けた視界に映ったのは、見慣れた王宮の天井。ゆっくりと頭を動かすと、どうやら自分の部屋のベッドで寝かされている事が分かる。
「どうした?ヒューイ」
「大丈夫?ヒューイ」
そこには二人の子供が覗き込むように自分を見下ろしていた。幼い。十かそこらか。体を起こして二人の顔をまじまじと見つめる。
「兄、うえ……と、ロー、ズリン、デ…?」
「ぶっ、どうした気取っちゃって。いつもは『にいさま』って呼んでるだろ?」
「そうよ。わたしの事も『ローズ』って呼んでるじゃない」
急にどうしたんだ?と笑う二人に涙が溢れる。
戻ってこれた。帰って来た。
もう間違わない、間違えたくない。
例えこの地位を失っても二人には見放されたくない。
突然泣き出す私に幼い二人は慌て、兄は私をぎゅっと抱きしめるとよしよしと頭を撫でてくれ、ローズリンデは何故か共に泣き出した。
「全く…ヒューイはともかく、ローズまで」
「だって…ヒューイが悲しそうに泣くから、わたしも悲しくなったの」
この頃のローズリンデはまだ自分の事を「わたくし」とは言っていなかった。いや。そうか、私と婚約が結ばれてから…君はそうして私や母達と戦う為に完璧な令嬢の鎧を纏ったのか。本来の君は私と同じ、泣き虫だったのに。
私は戻って来たようだ。
三人で笑い合えていた、その時代に。
ひとしきり泣いたせいか、頭の中もすっきりしたようだ。
腕で涙を擦り顔を上げる。
「兄上、お話があります」
「どうした?改まって」
「―――俺は父上の子供ではありません」
「え」
「母上とその兄であるベルダ公爵の禁忌の子、それがふぐっ!!」
「しーっ!!バカお前!突然何を言い出すかと思えば!」
兄に口を塞がれ続けられなくなった。
兄は子供の頃、こんなやんちゃな話し方だったのか。
懐かしいな。
私の思考を余所に、兄は小声で話し出す。
「落ち着け。部屋の外には見張りがいる、ここでそんなヤバイ話題を振るなよ、全く……」
「もがが、ひっぼくぼ」
「分かった、分かったから。ここでその話は駄目だ。ローズ」
「なあに?」
「君の家に『お見舞い』に行けるよう手配して欲しい。侯爵にそう伝えてくれるか?」
「はいですわ」
私以上に分かっていないようなローズリンデだが、兄の言う事に疑問は無いのだろう。いや、それだけ信用している、という事なのか。
「兄上…」
「いいから今は大人しくしてろ。全く…熱が出たっていうから見舞いに来たら、とんでもない事を……」
兄は私の体を寝台に寝かし付け、額に冷えたタオルを乗せる。氷の入ったものをわざわざ持ってきてくれたのか。
そういえば子供の頃、熱を出したりしてもこうやって見舞ってくれたのは兄達だけだった。母は花だけ贈ってくれたが、それも今となっては本当に彼女の指示だったのか分からない。
本当に私は母に愛されていなかったのだな。
父―――陛下はどこか、腫れ物に触るような扱いだった。
それもそうだろう、情も無い女の腹から出てきた私に愛情を持てる訳が無い。それでも王太子として、後継者として接してくれた事に感謝すべきだろう。紛い物の王子であった私に。
「ヒューイ、もう難しい事は考えないで寝ろ。悪い夢が怖いなら握っててやるから」
「あにうえ…」
兄は私と血の繋がりがない事をもう知っていたんだな。
それでも受け入れてくれていた、このまだ幼い少年が。
父に話さず、ローズリンデと二人で隠し通して、私が生きる道を残してくれていたのか。二人を裏切った私を。
私はもう間違えない。
二人の為に生きよう。
二人が私に笑ってくれればいいんだ。
「おやすみ、ヒューバート」
「お熱が下ったらまた遊びましょう」
二人の声とぬくもりの中、ゆっくり意識が弛緩した。
1週間後。
私は兄とローズリンデの母を見舞うという名目で、彼女の家―――エマーソン侯爵家を訪れた。
勿論、見舞いは口実。
あの日帰宅したローズリンデが侯爵に伝え、手はずを整えてくれたのだろう。屋敷に入るとすぐに応接室に通され、既に部屋にいた侯爵が盗聴防止の魔導具を作動させる。
「さて。まどろっこしい挨拶は無しにしようチビッコ共。私の屋敷で人払いをし、盗聴防止の魔導具まで使う理由、聞かせてもらおうか」
余程楽しい話なんだろうな、と侯爵は笑った。
記憶にあるより若い彼だが、既に得体の知れない圧のようなものを感じる。余り表に出てこない為失念していたが、ベルダ公爵から「奴には近付くな」と忠告されていたのを思い出す。ローズリンデと婚約をした時も、彼は賛成も反対もしていなかったが、いつ寝首を掻かれてもおかしくは無かった。そうされなかったのは、ローズリンデが国の混乱を避ける為と、私を憐れんで父親に手出ししないよう進言してくれていたからだろう。
チビッコ共、と纏められた私の歳はローズリンデと同じ10歳。頼りになる兄でさえ、その3つ上の13歳だ。今の私達には圧倒的に力が足りない。ベルダ公爵が警戒していたこのザガリア・エマーソン侯爵、彼に頼るしか突破口は無い。
「はい。オレ、いえ私は、国王陛下の血を引いていません。不義の子―――母と伯父であるベルダ公爵との禁忌の子なんです」
侯爵は驚かなかった。
ただ、ニヤリと口の端を上げて笑う。
「まぁ、そうだろうな。王族のアレに媚薬や毒の類は効かない。酒で潰してもアッチが役に立たん。なのにその一度で妊娠した等、狂言としか思えなかったが、気の弱い男だから押されてしまったんだろう。ま、それだけなら目を瞑ったが……お前がそんな話を私に持ってきたという事は、立太子へと動き出したか?」
「いえ、まだですが、それも時間の問題かと」
前回は私が11の歳にローズリンデと婚約を結んだので、そろそろ彼らが私達の関係に罅を入れようとするはず。
その前に二人には。
「なので、兄上とローズには一刻も早く婚約してもらい、侯爵家の後ろ盾を得て、兄上の立場を盤石なものとして欲しいのです」
「お、おい、ヒューバート!」
顔を真っ赤にして焦る兄と嬉しそうにはにかむローズリンデ。
侯爵は娘を政治の駒として見ていないから、彼女が望むようにしてくれるはず。前回のように。
「添い遂げたい相手がそいつなら私は構わん。どうする?ローズ」
「わたしはハインツお兄様が大好きですの。勿論お受けいたしますわ!」
「いや、待て!それ言ったのヒューイだから!俺にもちゃんと言わせてローズリンデ!」
初々しい二人のやり取りに、それは後で好きなだけやれと侯爵は苦笑し、話を戻した。
「で?そうしたところで他所の国から姫が輿入れでもすれば、お前が王太子候補に擁立されないとも限らない。あとはハインリッヒの暗殺、これを防がなきゃならんぞ?」
侯爵は私の覚悟を問うている。
実の母と伯父を、血の繋がりを捨てる―――斬る覚悟はあるのかと。
「彼らは逆賊です。生かしていては、いけない」
私のように、と続く言葉を飲み込む。
兄とローズの前で言えば心配をかけるだけだ。
二人には隠し通さなければ。
「ボウズ。これから協力してもらう相手に隠すのは良くないぞ―――ローズ」
「はい、父さま」
侯爵の呼びかけでローズリンデが私に近付く。
あの『真実の口』を使われる、と恐怖に身構える。
そんな私の様子を見て、侯爵は言った。
「お前、何故ローズを恐れる?まるでこいつのスキルを知っているみたいに」
やられた。
やはりこの人は侮れない。隠し通す等最初から無理なのだ。
私は本音と建前の貴族のやり取りをまともに出来ない劣等生だったのだから。
その時。
「おい……なんで、お前のギフトが黒く塗り潰されてるんだ…?そもそもお前にギフトは無かったはず…ヒューイ、これは何のギフトだった?ギフトが黒く、封印されてるなんて……まるで、罪人みたいじゃないか。一体何があった!答えろヒューバート!」
兄が悲痛な声で叫ぶ。
私の様子を訝しんで鑑定をかけたのだろう。
だが、そこには無かったはずのギフトが表示され、しかも内容は黒く消されている。神から与えられた祝福がそうなっている理由として考えられるのは、封印されたか、神が祝福を無かった事にしたか。どちらにしても良いものではない。
「……兄上……信じられないかもしれないけど、聞いてくれますか?俺が、愚かな、碌でも無いクズの王子だった話を―――」