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真実の口〜Another 1


需要があるのか微妙ですが、皆様のコメントから作られました。ご都合主義はいらんー!って方はブラウザバックでお願いします。


 




 私の名はヒューバート。

 家名はもう無い。

 存在自体が罪な人間。それが今のこの私。


 重罪人用の地下牢は暗く湿っていて、昼間でもひやりとし、鳥肌が立つ。いや、ここで昼も夜もあったものじゃないが。

 檻の中、薄い毛布が敷かれた石のベッドの上で膝を抱え、ただ過ぎる時を待つ。早くこの無意味な生を終わらせて欲しい、とそう願う。


 王太子だった過去の自分は、恐ろしく傲慢で、そして愚かな人間だった。自分の血の尊さを疑う事無く、約束された未来はこの手にあると信じていた傀儡の王子。それが、ヒューバート・レオ・フォンベルク第二王子。かつての自分。


 共に生きるはずだった婚約者を裏切った私は、彼女によって偽りの世界から引き摺り出され、全てを失った。告げられた真実は恐ろしく残酷で―――王である父の血を持たない、正妃の母と母の兄である公爵家当主が国の実権を握る為だけに実の妹を孕ませた畜生にも劣る罪の子―――それが私だったのだ。


 それは王家の簒奪(さんだつ)に等しい。

 王族の血を持たない私が王となれば、以後生まれる王家の子は誰一人王族の血を持たない事になる。

 何故王族の血が尊ばれるのかという理由を彼らは知らない。

 王を継ぐ者。王太子にのみ真実が伝承される。

 無知であるからこそ、こんな馬鹿な真似が出来たのだ。


 この世界に住む人々は大なり小なり、必ずスキルを持つ。

 稀にローズリンデのように、女神が特殊な祝福(ギフト)を与える事もあるが、大抵は三歳までにスキルが発現し、その力を使いこなしつつ成長する。貴族に強力なスキルを持つ者が多いのは、非常時にその力を使って弱き者を守らなくてはならず、力の強い者が家を継ぐ事が多い為だ。

 王の務め。良き為政者になる事は勿論だが、重要なのは聖具に込めた力を振るい、災害等から国を、民を守る事なのだと父は言った。

 兄弟の中で一番気弱そうな父が王となったのは、父のスキルが国の守護に最も向いていたからで。王位争いは無かったのかと聞けば『奴らは自滅したんだ…』と言葉を濁していた。

 だがその貴族であり王族である筈の自分のスキルは、失せ物を見つけ出す探査のスキル。それもその筈、私は王族の血など引いていないのだから。遠い過去、婚姻によって公爵家に入った王族もいただろうが、それもかなり薄まっている。

 冒険者であれば役立つスキルも、国の運営に役立つかは極めて微妙。

 幼い頃は兄のように地面を隆起させたり陥没させたり、大地を動かす強い力に憧れたが、その憧れはいつしか醜い嫉妬に変わり、兄の地位を奪う事で溜飲を下げた。それでも何も変わらない兄に腹を立て、ローズリンデを私の婚約者にする。彼女が私の婚約者になった事を伝えると、兄は痛々しく、悲しげな目を向けてきたが、それでも怒る事は無かった。


 きっとあの時既に兄は知っていたのだろう。

 私が王族ではない事を。

 何も知らずに粋がる私を憐れみ、心配をしていたのだ。


 子供の頃、兄とローズリンデが遊ぶその輪に混ざり、それが彼らの慈悲とも知らず、ずっとそんな日が続くと信じていた。だが、ある日悪意をもった人間が、さも、私を心配しているかのように言ったのだ。二人が結婚すれば王と王妃になる、そうしたら弟である貴方は邪魔なので外交の為に他所の国へ婿入りするか、この国で兄の臣下に下るか。どのみち三人ではいられないのだと。

 戸惑う私にその人間は囁く。君が王になれば三人で変わらずいられるじゃないかと。

 いい事を聞いたと思った。

 私が王になれば、兄を他国へやらずこの国に居てもらえばいい。だが、ローズリンデは兄と結婚して王妃になる為勉強しに来ているので、兄が王にならないなら彼女はもうここへは来ないかもしれない。なら、自分と結婚すればいい。それならば変わらず王城に来るではないか。

 子供の浅はかで身勝手な考え。

 私は深く考える事なくその気持ちを母に伝えた。

 母は喜んでその願いを叶えてくれたが、兄には距離を置かれ、ローズリンデは以前のように笑わなくなった。


 一体何を間違えたのか。

 誰も教えてはくれなかった。


 時間は戻らない。

 今ならば分かる。

 かつてのローズリンデへの恋心は愛ではなく、幼さ故の執着。兄とローズリンデ、二人と共にいた幸せな時への慕情。

 ローズリンデが側にいれば再びあの時間が戻るとどこかで信じていたのかも知れない。そんな都合のいい話などある訳がないのに。

 あの日の選択を間違えなければと思う一方、自分がどんな血を持つかを思い出し、その思考を振り払う。あり得ない。私は罪の子だ。存在自体が許されない者。


「ヒューバート」


 ここに居るはずのない声に驚き、俯いていた顔を上げる。

 檻の向こうに立っていたのはかつて兄だった人。


「あにう―――王、太子殿下……何故こんなところに」

「兄上で構わないよ。ヒューバート、貴賓牢への移送を断ったと聞いた。何故だ?……お前は被害者でもあるんだ、こんな場所にいる事はない、これでは病気になってしまう」


 重罪人用の地下牢は一般囚人牢から隔離されていて、その環境は劣悪と言っていい。先日まで騒いでいた母と元公爵は刑が執行されたので、もうここには誰もいない。

 静かなこの場所で惨めに死んでいく。

 それでいい。

 それがこの私に相応しい終わり方だから。


「刑が決まるまで待つ必要はありません。一刻も早く死を命じて下さい。寧ろ、そうでなくてはなりません。おぞましいこの血を消して下さい…」

「ヒューバート…」

「……馬鹿な人間でした。浅慮で、傲慢で…兄上とローズリンデの情を蔑ろにして裏切った。本当は何よりも欲しい物だったのに、私は間違い、耳を傾けず、何度も正そうとしてくれていたのに。私は死ぬ事でしか兄上達に恩を返せません。この国に、兄上達の治世に、平和を―――」

「お前は本当に馬鹿だな」


 被せ気味に兄は言った。


「確かに愚かだった。だが、それは私もだ。私がお前に近付く事をあの女は良く思わなかったし、毒を盛られる事も多くてね。私は鑑定眼(・・・)のギフトがあるからいいが、間違って一緒にいるお前が口にすれば命に関わる。それで遠ざけてしまったが、かえってそれが良くなかった。お前を孤独にし、その心の隙を付かれてしまった…済まなかった、孤独にして」

「あに…うえ……わた、っ俺は、」

「ああ」

「帰、りたかった…!戻りたかった…!兄上とローズと、ずっと一緒にいられたら、それだけで良かった…!俺は、ずっと二人が羨ましくて、でも、あの時間が僕の、一番大切な……っ」


 嗚咽が漏れて言葉が続かない。

 何となく母が自分に触れたがらないのを、子供心に気付いていた。嫌われているのだろうか。いい子でいなくてはもっと嫌われてしまう。

 母の前で良い子を演じる自分に疲れ、自分らしくいられる兄達の側が、時間が大切だった。王になれば守れると、馬鹿な子供が思ってしまった。

 こんなにも二人を愛していたのに。


「分かってるよ、ヒューバート」


 王になんてならなくて良かった。

 私の本当の願いは―――


『戻りたいか?』


 その声に背筋が粟立つ。

 周囲の温度が下がったように感じ、体が震えた。


『過去を変えたいか?』

「あに、うえ…?」


 先程まで兄だったその人は纏う空気も何もかもが違っていて、同じ見た目なのに人では無い、他の生き物に見える。

 あり得ない。

 まるで、まるで…


『私はお前達が言うところの神、というやつだ。お前の兄をちょっと拝借した。この者は鑑定眼(神の目)のギフトを持っているから繋がり易かった(・・・・・・・)


 神だと話すが見た目が兄上故、笑顔が胡散臭い。兄は近年あまり笑顔を見せなかったので余計にそう見えるのだろう。


『今、胡散臭いとか思ったな?』

「っ、いえ、そんな事は…!」


 バレていた。


『まぁ良い。それで、お前はどうする?過去を変えたいか?』

「そ、れは、変えられるならば勿論―――」


 私が生まれないように歴史を変えて欲しい、そう願おうとした。が。


『それは出来ぬ』

「何故ですか!私が生まれなければ…」

『過去を変えるのはお前だからだ。生まれてなければ変える事は出来ん』

「……私は存在自体が罪、生まれてはいけない人間です。何故そんな私に生き直せと仰るのですか?」


 私には何も出来ない。何の力もない。

 生きて、あの優しい兄達を困らせたくはないのだ。

 なのに神は残酷に言う。兄の顔と声で。生きろ、と。

 

『お前は罪の子などではない。親が犯した罪を、何故子が負う?悪いのはお前の親であって、お前自身ではない。お前は悪くない。間違ったのならやり直せば良い』


 私は、私の罪は―――


『お前は幸せになっていいんだよ、ヒューバート』

 

 神の私が言うんだから、と兄の姿で神は言った。

 頭を優しく撫でる手に、私は、子供の様に泣いた。


『お前には時間移動のギフトを授ける。それで好きな時間に戻り、人生をやり直すがいい。但し、このギフトは強力故に、使えるのは一度きりだ』

「分かりました。あの、何故私にそんなギフトを?私がこの力を使って悪い事をすると考えないのですか?」


 不安を口にする。

 だって私は間違えたのだ。

 次も間違えないなんて保証はない。

 何故簡単に信じられる?


『この眼の持ち主が大丈夫だと言ってるんだ、お前の兄を信じてやれ』

「な、んですか、それ…」


 お人好しの兄に熱くなる目頭を慌てて擦り、神を見つめる。


「覚悟は出来ました。宜しくお願いします」

『うむ。ついでに一つ頼まれてくれ。聖女の事だ』

「聖女……私が知る者ですか?」

『お前の良く知る人物だ。聖女レナ、彼女を影からで良い、見守ってやって欲しいのだ』


 彼女が、聖女…?

 花を上手く育てるだけの、そんな力しか持たないと、そう思っていた。彼女は本物だった。それじゃあ。


「私達が彼女を歪めてしまったんですね……」

『心根の優しい娘だ。純粋すぎて染まってしまったのだろう』

「……分かりました、必ず」

『よし。では―――』


 神が私に手を翳すと、全身が輝き、熱くなる。痛みはないが、真夏の太陽に照らされているかのようにジリジリと肌を灼く。

 熱が収まると身体の中に見知らぬ力があった。


『さあ、行っておいで。沢山の声が、お前を救って欲しいと望んだ。きっとお前は変わる事が出来る』


 その声と共に視界と意識が揺らいでいく。

 

「―――ヒューバート、良い旅を」





 沈む意識の中、兄の声が聞こえた気がした。




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