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悲劇の後のサテュロス劇

 私はずっと、文学の本質とは何か?と考えていました。文学の優れたものは、基本的には悲劇です。喜劇よりも悲劇の方が優れています。それはギリシャ悲劇、ドストエフスキー、シェイクスピアなどを中心にした文学観です。


 それでは、悲劇は何故、喜劇よりも優れているのでしょうか? 何故かと言えば、悲劇は真実を描いたものだからです。人間の本質を描こうとする時、人間の能力の限界や、人間の本質の限界が露わになる。人間とは何か、そのギリギリを描こうとすると、ぼんやりと楽しくやっている家族団らんでは話になりません。どん底の生活や絶望の中でいかに人間が行動するか、それが問題になっていきます。そうした状況において、人間の本質が露わになります。また、人間は全知全能ではないので、その本質にはある限界があります。そうした本質と、限界を描いていくのが悲劇としての文学だと思います。


 しかし、同時に人間は希望を求めるという心性を持っています。悲しい話ばかりを読むのは辛いので、どこかに希望や救済を求めます。


 エンターテイメントは、そういう我々に手近な救済を与えてくれます。しかし現実というのは、冷酷なものです。だから、エンターテイメントは、冷酷な現実を迂回するようにして救済を我々に見せる。ところが、現実は依然として存在し続けるので、エンターテイメント作品はやがては厳しい現実に打ち砕かれてしまいます。


 現実は厳しく辛いものだとしても、悲劇は見たくない物語ではあるので、人々には受け入れにくい。…という事は、真実を描き出す行為と、我々の心性が望む事柄との間に矛盾が現れます。この矛盾は、いかにして解消できるでしょうか? これを、もう少し引き下げて言うならば「エンタメと芸術はいかに融合できるか?」という事です。横光利一などが問題とした事柄です。


 これに対する答えは、私はギリシャ悲劇の中に見つけました。それは福田恆存の「演劇入門」に書いてありました。


 細かい話は端折りますが、ギリシャ悲劇というのは、ただ悲劇として完結したものではなかった、と福田は言っています。今ではその内容は失われているサテュロス劇というものが、悲劇の後には大抵演じられました。サテュロス劇というのは、復活の劇、死から生へと動いていく劇で、悲劇の物悲しさと違ってお祭り騒ぎの劇だった。福田はそういう事を言っています。


 これはどういう事かと言えば、ギリシャ悲劇においては「エンタメと芸術は完全な形で融合していた」。現代的な言い方をすれば、そういう事になると思います。


 何故、そんな風に、死から生への復活が演じられたのでしょうか? 答えは、人々は自然の模倣をしていたというもので、昔は今よりも農耕の方が重要だったので、それはなんとなく想像できると思います。生命力が横溢する夏から、減退する秋へ。冬においては一旦、生命は死にますが、春になってまた復活します。人間存在も昔は、自然により近い存在だったので、死と生は一繋がりの鎖のように感じられていたのでしょう。この自然の模倣が古代的な祭礼であり、その形式が劇においても踏襲されていた。それが福田恆存の見方です。


 要するに、悲劇において、主人物が悲劇的な死に方をしたとしても、その先には「復活」が信じられていたという事です。この形式性において、ギリシャ悲劇は、芸術とエンタメの根源を両方とも自己の中に含んでいたと言えるでしょう。人間の限界の描写としての「破滅」と、その後の「救済」、両方が入っています。それらの根底にあったのは、自然の模倣としての祭礼です。


 ギリシャ悲劇はそうしたものでしたが、次に取り上げたいのが聖書です。以下はそれに言及します。


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