(旧)或る若き軍人の葛藤
静寂を破るように、部屋の中にノックの音が響いた。
パソコンのディスプレイに意識を集中させていたモンタナは、その音に思わず顔を上げた。
「開いてるよ」
返事をするのとほぼ同時に、ノックされた部屋の扉が開く。戸口に姿を見せたのは、部下のジョージアだった。
「少佐…まだ、お仕事をなさっていたのですか?」
「ああ…。もう少しで終わりそうだしな」
難解なプログラム画面の広がるディスプレイに視線を戻し、モンタナが答える。
「先日も徹夜なさったと伺っております。食事もロクにとらずに連日その有様では、体力がもちませんよ」
「ふん…ジジィ共と違って、俺はまだ若いからな」
言いながらも、その指先は何か別の生き物のように延々とキーボードを叩き続けている。その言葉に、ジョージアは戸口に立ったまま吹き出すように笑った。
「その若さが、上層部の一部はお気に召さないようですがね」
「あー?言いたいヤツには、好きに言わせておけばいいだろ」
本当に気がなさそうなその言い草に、ジョージアは軽いため息をついた。
「貴方らしい言い方だ。それでは、なるべく早くお休みになって下さいね」
「…いつまでもガキ扱いするんじゃねェよ」
初めてキーボードを打つ手が止まり、モンタナはいくらか不愉快そうな表情で顔を上げた。退室しようと扉に向かって歩きかけていたジョージアは、逆にいくらか愉快そうな表情でクスリと笑った。
「これは失礼致しました。何せ、少佐が未成年の頃より部下を務めておりますもので」
「…」
言い争うつもりはないらしく、モンタナは短く舌打ちをしただけで何も言わずにディスプレイに視線を戻した。ジョージアは微笑を浮かべ、部屋の扉に手をかけた。
「それでは、私は失礼しますよ」
戸口で敬礼をし、ジョージアはモンタナの部屋から出て行った。
…敵わねぇな、あいつには…。
その姿が消えたのを確認し、モンタナはそっと苦笑気味の笑いを浮かべた。
ジョージアがモンタナの部下となって、もう何年経つだろうか。
最年少の少年兵として入隊し、IT部門のスペシャリストとしてかつてないほどの異例のスピードで昇格し、軍の本部に配属されたモンタナ少佐…。それは、軍内では知らない者がないほどの有名な話だった。
ただ年功で昇格したとしか思えないような老体も少なくない軍上層部の中で、まだ幼ささえ残るモンタナの存在はひときわ目立った。彼らにしてみれば、年若い彼が自分たちと同格だという事実が面白いはずがない。またその元来の斜に構えた性格も影響してか、配属から半年と経たないうちに、モンタナは軍上層部の中で見事に浮いた存在となっていた。
…なれ合いはゴメンだ。俺は、一人でやっていける。
しばしば、わざとらしく本人に聞こえるように囁かれる陰口を平然と聞き流し、モンタナは一人でうそぶいたものだった。そして事実、数多くのサイバー攻撃を幾度となく防ぐことで、着実に功績を上げ続けていった。
そんなモンタナの下へ、人事異動で配属されて来たのがジョージアだった。
「お初にお目にかかります。本日より少佐の下でお仕事をさせて頂きます、ジョージア軍曹と申します」
「…あ?」
初めて彼に出会った日のことは、今でもよく覚えていた。刹那主義のモンタナにしては、それはかなり珍しいことと言えた。
それまでにも、モンタナの部下として下士官が配属されたことは幾度かあった。軍上層部では彼が最年少なので、当然ながらその部下は全て歳上ということになる。
そうでなくとも『歳下なのに上官』という状況は、決して気持ちの良いものではない。
加えて、モンタナのその陰険かつ陰湿な性格は、部下たちの反感を買うには充分であった。表向きには敬語を用い、丁寧な態度をとってこそいたが、みなこの年若い少佐を嫌っていた。ことあるごとに集まっては陰口を言い合っていたし、異動願や退役願を出す者も他部署と比較して多かったと言えた。
しかしこのジョージアだけは、いくらか様子が違っていた。
報復や不当な処分を恐れ、それまでモンタナの命令や指示に表立って逆らう者はおろか、諫言する者すら存在しなかった。しかしこのジョージア軍曹だけは、当初からモンタナに向かってはっきりと意見を述べるのだった。
「失礼ですが、少佐はまだお若いのです。お仕事も大切ですが、食事や睡眠もきちんととって頂かないとお身体に障ります」
「余計なお世話だ。お前、俺が若造だからってナメてんだろ」
作業する手を動かし続けたまま無愛想にモンタナが言うと、ジョージアはそのノートパソコンのディスプレイを目の前で強引に閉じた。
「…てめえっ…!」
手を挟まれかけたモンタナが声を荒らげて顔を上げると、ジョージアは真正面から厳しい表情でその顔を覗き込んできた。
「馬鹿にしてはおりません。私は真剣に申し上げているのです」
その眼差しと気迫に圧倒され、さしものモンタナもたじたじとなる。
「…わかった。今やってるこのプログラムの、キリが良いとこまで終わったら寝る。それでいいだろ?」
ジョージアの言葉には、不思議と逆らえない何かがあった。充分に敬意のこもった丁寧な態度であったにもかかわらず、だ。
しかし、その敬意は上辺ばかりの他の部下とのものは違い、まぎれもなく本物だった。
それでいて、必要とあらば臆することなくモンタナに意見してくる。また、その他の業務もソツなく迅速に、そして正確にこなしてのけるのだった
…自分ひとりで仕事するより、コイツがいた方がずっと早い…。
それまで、他人を「邪魔なだけの存在」としか考えられなかったモンタナだったが、このジョージアを部下にして初めて、そう思うようになっていた。それまでどの部下にも持ち得なかった絶対的な信頼感を、この男に対して抱くようになっていたのだった。事実、ジョージアを使って業務を行えば、一人のときよりも、また他のどの部下に手伝わせるよりも効率よく仕事が片付くのだ。
ただ、あたかも保護者のような口うるさい部分にはいささか閉口した。聞くところによれば、彼には弟がいるとのことだった。
…もしかしたら、自分を通して弟を見ているのかも知れない。
ふと、そう思うこともあった。しかし不思議なことに、それが不愉快ではなかった。
モンタナは、物心つく前に両親と死別していた。もしかしたら心の中に、潜在的な肉親への憧れの気持ちがあったのかも知れない。
…こんな兄貴がいれば、さぞかし自慢の兄なんだろうな…。
聞くところによると、その弟もここ最近で軍に入隊しているらしい。会ったこともないその弟を想像し、また密かにうらやみつつ、モンタナは今日もパソコンに向かうのだった。
このようないきさつを経て、はや数年。辛うじて成人した今となっても時折子供扱いしてくるジョージアに辟易しながらも、モンタナはまずまず平穏と言える生活を送っていた。
仕事の山をひととおり片付けたある晩、彼はいつものようにパソコンを私用モードに切り替えた。
インターネットで暇つぶしにも飽きてきたこの頃、周囲に入り乱れる通信電波を傍受して遊ぶことが密かなマイブームになっていた。電話や無線のような音声を拾うこともあったが、メールデータをコピーダウンロードして盗み読むことも多かった。大抵の場合、他人から見ればとるに足らないプライベートメールばかりだが、時たま驚くような情報を目の当たりにすることもあるのだ。もちろんその確率はとてつもなく低いが、ちょっとした宝探し気分で行えばこれも結構楽しく思えてくる。
「…バカだな。この俺の盗み聞きにも気付かないで、無防備に電波通話してやがる…」
なかなかの悪趣味だと我ながら思う。明らかに犯罪行為であることの自覚もあった。しかし過去に一度、コレのおかげで秘密裏に自分を更迭する計画のメール情報を入手できたことがあったのだ。その情報を元に、事前に手を打って事なきを得たので、自己防衛手段の一種であると言い張ってもあながち嘘ではないのかも知れない。
そして今日も、データボックスに入ったメールデータを片端から読みあさっていた。ここ数日、目に付くのは他愛のない私用メールやビジネスメールばかりで、特に面白いものはなかった。
…今日もハズレ、か。
退屈そうな表情で適当に流し読みして、フォルダを削除しようと考えていた、その時。
「?」
マウスを動かす手が止まった。
…何だ、コレは…。
一見、何の変哲もないごく普通の電子メール。
しかし、その違和感に気付いて注意深く読んでみれば、それが暗号文であることはすぐに分かる。
―― データ…、軍本部…、侵入…、ハッキング…、ダウン…、システム…、混乱…
断片的に解読しただけで、そこには明らかに穏やかでない単語が羅列していた。
「…こいつはシャレにならねェな…」
表情を引きつらせたまま、モンタナが独り言を呟く。それが軍のメインコンピュータを狙ったサイバーテロ計画であることに気付くのに、さほどの時間はかからなかった。
しかも解読する限りでは、作戦の実行予定日は今夜未明のようだった。
…一体、誰が…?
メールの発信元と送信先の簡易的な調査を行う。この国のどこかに反政府的な組織があり、敵対国と内通しているようだった。そこにはどうやら、それなりに腕のたつハッカーがいるらしい。軍のメインコンピュータの情報を流し、軍全体の情報システムを何らかの形で操作するつもりのようだった。
…馬鹿か!?この国を丸ごと売り渡すつもりかよ!
問題レベルとしては、明らかな「国家転覆レベルの非常事態」だった。早急に何らかの手を打たなければ、何もかもが手遅れになる。
…どうする?上層部に報告するか…?
一瞬、迷ったが、すぐに思いとどまった。問題を上にあげたところで、まとまらない緊急会議を開かれて、要領の悪いジジィ共が右往左往する様子しか思い浮かばない。それどころか、下手に動かれてかえって事態を悪化させる可能性すらある。
…ダメだ!誰か、使えそうな奴は…。
考える限り、今からでもこの事態に冷静に対処できそうな人物といえばジョージア軍曹くらいのものだった。彼を呼び出そうと内線の通話ボタンに手をのばす。
しかし…それを押す直前で、彼の手は止まった。
…今度、弟が昇格するんですよ!
昼間、ジョージアが嬉しそうに話をしているのを思い出したからだった。
自己判断で勝手に非常事態に対処し、さらに失敗するようなことがあれば、まず降格や更迭は免れない。軍内部に身内が所属していれば、連帯責任を負わされる可能性も充分に考えられる。ジョージアをそれに巻き込むのは、どうにも気が引けたのだ。
…言ってる場合か!この国そのものが侵略されるかも知れないんだぞ?
迷いを断ち切るように強く頭を振り、モンタナは再び内線ボタンに手をのばす。
しかし、ジョージアのあの笑顔が何度も何度も繰り返し、その脳裏をちらついた。
…ジョージアを、巻き込みたくない。
そう思っていることに気付いた自分に、彼自身が戸惑いを感じていた。
それまで、他人の困った顔や怒った顔に快感を覚えたことは幾度となくあった。しかし、誰かを「困らせたくない」と思うのはこれが初めてのことだった。
「…チッ!」
やがて鋭く舌打ちをすると、モンタナは内線ボタンから指を離した。
「ふん…。トラブルもアクシデントも慣れっこだ。この程度の問題、俺ひとりでぜんぶ片付けてやるよ」
自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、モンタナは一人、パソコンのディスプレイへと向き直った。
翌朝、軍内部は大混乱となっていた。
軍のネットワークが一斉にシステムダウンし、さまざまな管理システムが軒並みマヒするという大惨事。あらゆるシステムの管理がコンピュータ任せになってる最先端機器は、このような事態に対してはひとたまりもなかった。
突然の停電などに備え、大抵の機器にはバックアップデータや予備電源が搭載されている。しかし今回は、そういった予備電源の類の始動も一切が抑制されていた。
…これで、いい…。
自室の長椅子で手足を伸ばし、モンタナは大きく伸びをした。
軍コンピュータのネットワークシステムにトラップウィルスを仕掛け、外部から不正アクセスがかかると同時に全システムがダウンするようにプログラムしたのは、他ならぬ彼だった。根幹システムの電源さえ落とせば、最先端のコンピューターシステムも単なる置物と化す。いかに有能なハッカーであっても、ネットワークに侵入することはできない。
しかも、カウンター的に相手コンピュータ内部に凶悪ウィルスを送りこむというオマケ機能付き。相手ハッカーは今頃、ガラクタと化した自分のパソコンの前で呆然としていることだろう。
このプログラムが作動すれば、軍ネットワークの通常機能に支障をきたすことは百も承知だった。しかし、切羽詰まったこの事態の中、これより良い策が咄嗟に思い浮かばなかったのだった。
…ちょっと時間はかかるが、軍コンピュータのシステム復旧は不可能じゃないからな…。
今後の対策をひとりでぼんやり考えていると、部屋の外の廊下から荒々しい足音が聞こえてきた。
「モンタナ少佐!」
ノックもそこそこに、部屋の扉が乱暴に開いた。モンタナがそちらに視線を向けると、そこには軍の最高幹部が数名、連なって立っていた。
「今回の、一連のシステムトラブルの件で、事情を窺おうと思いましてな」
先頭の幹部が傍らに控えていた秘書に目配せをする。秘書は急いで、手にした手帳を開きながらモンタナの顔を見た。
「我々が調査しましたところ、実行履歴が少佐殿の端末から出ていることが判明致しました。これに関しまして…ご説明をお願い致します」
…チッ…、どこかで『足跡』を消し忘れたようだな…。
「少佐殿は普段から、問題行動が多いとは聞いておりましたが…」
横からのぞきこむようにして口を挟んできた相手は、明らかにモンタナを「愉快犯」と決めてかかっている表情だった。
…まあ、今までの俺の行動が行動だからな…。
「何か、深い事情がおありなら、この場で釈明して頂きたいのだが」
「理由なんかねぇよ。面白そうだったからやってみた。それだけだ」
椅子の背もたれに寄りかかり、モンタナは素っ気なく言い放った。
ごちゃごちゃと言い訳をするのは、嫌いだった。何より、自分が軍を守る為に徹夜で必死になっていた、なんてことを口が裂けても言いたくはなかった。
その場がざわめいた。雰囲気が、一気に険悪になって行くのが分かる。
「ご自分でなさった事の重大さを、本当に理解なさっておいでですか?」
幹部の一人が、真っ直ぐにモンタナの目を見て、静かに言った。
「今回の大規模システム障害で、軍のネットワークは大打撃です。復旧に追われ、現時点で通常業務にかなりの支障が出ています。一歩間違えれば、大量破壊兵器が誤作動する可能性もありました。どう責任をとるおつもりだったのですか?」
…チッ、何もわかってねぇ奴が、何を言ってるんだか。
苛立つ気持ちとは裏腹に、モンタナは乾いた笑い声をあげた。
「知ったことか。そんな脆弱なセキュリティシステムを放置すること自体が、問題なんじゃねぇの?」
「あなたは、軍人の風上にもおけない人だ!」
たまりかねた表情で、先頭の幹部が叫んだ。その声は、憤りで震えていた。
「自己満足の為に、軍を、我が国を平気で危険に晒すような人物を、このまま少佐の地位に置き続けるわけにはいかない!この件は直ちに軍法会議にかけ、然るべき措置をとらせて頂く!」
後ろに立つ他の面々も異存はないらしく、各々で無言のままうなずいている。
「ああ?好きにしなよ。俺は別に構わないよ」
いくらか強めの口調で言い放ち、モンタナの方も横を向いてしまった。
その態度にいよいよ腹にすねかえたのか、幹部たちは連れだって、足音も荒くぞろぞろと部屋を出て行った。
…売り言葉に買い言葉…って、ヤツだな…。
ぼんやりと彼らを見送り、ため息をつきながら、モンタナは内心でひとり呟いた。
しかし、今さらあの石頭の軍幹部達と慣れ合う気になど、到底なれない。そもそも、一から事情を説明したとしても、それをあの中の何人が理解することか。
…これで、良かったんだ。
彼は気を取り直し、いつものように、パソコンのディスプレイへと向き直った。
「モンタナ少佐!」
血相を変えたジョージアが、モンタナの部屋へと飛び込んできたのは、それからほどなくのことだった。
「今回の大規模システム障害に、少佐が関わっていらっしゃったというのは本当なのですか!?」
「『関わってた』んじゃねえ、全部俺がやったんだよ」
ジョージアと目を合わせることもなく、無愛想な声色でモンタナが言い放つ。
「何故です!?」
バンと両手をデスクに叩きつけ、珍しくジョージアが大きく声を荒らげた。
「現在、緊急上官会議が開かれており、少佐の降格が検討なされております。何らかの申し開きがなければ、更迭の可能性も…」
「申し開き?」
パソコンのディスプレイに目を向けたまま、モンタナは小さな笑みを漏らした。
「言い訳することなんかねぇよ。さっきの連中の前でも言ってやったが、ただ楽しそうだからやっただけだ。上の連中が混乱してパニックになってるのを見てるのは壮観だったよ。ハハッ…」
「嘘をおっしゃいますな!」
乾いた笑い声を遮り、ジョージアは強い口調のままモンタナの顔を睨みつけた。
「あなたの下に何年もついておりますが、問題行動は数あれど、このような愚かで無意味な蛮行をあなたが行ったことは一度もありません。ましてや、これほどのシステム障害はあなた自身にも大きなデメリットになるはずだ。ただ『楽しいから』という理由で実行するには、あまりにも不自然です!」
「へェ…ずいぶんと信用されたもんだな」
モンタナは茶化すような微笑を浮かべた。ジョージアは険しい表情のまま、無言でその横顔を睨みつけるように見つめていた。
「俺をかいかぶるのはよせ。俺は、アンタが考えているような人間じゃない」
言いながら、少しだけ声が震えたのが自分でも分かった。はなから自分を愉快犯と決めつける連中ばかりの中で、ジョージアだけは自分を信じて疑っていないことがわかったからだった。
「何か事情がおありなら、私に話していただけませんか?決して他言は致しません」
まっすぐにこちらを見て話す瞳は、かつてないほど真剣だった。
しかし、モンタナはその目を見返すことができなかった。目を合わせたら、何もかも見透かされてしまうような気がしたからだった。
「…事情なんかねえって言ってるだろ。もうじきアンタは俺の部下ではなくなる。これ以上、俺に構わないでくれないか」
…本当に、俺に構わないで欲しい…
…決心が、揺らいでしまうから…
モンタナの胸の内が、経験したことのないざわめきに包まれていた。
恐ろしく長い沈黙が、重圧となって二人を包みこんだ。
「…出て行ってくれ」
やがて、モンタナが重い口を開いた。しかし、ジョージアの顔を直視することはできなかった。
「しかし…!」
「上官命令だ。もう一度言う。この部屋から出ていけ」
吐き捨てるように言うと、モンタナはジョージアに背を向けてしまった。
「…承知しました」
絞り出すような声で返事をし、ジョージアはその場に居直って敬礼をした。
そのまま踵を返し、入口の扉まで歩いて行った。そして最後にモンタナの方を振り返り、深い一礼をした。
「これまで…本当にお世話になりました」
最後の言葉を残し、扉は静かに閉まった。
「…それは、こっちのセリフだよ」
入口ドアから顔を背けたまま、小さくモンタナが呟いた。
その後、決死の復旧作業により軍のコンピューターシステムは無事に復活を果たした。システムダウンさせた張本人が復旧に関わればさらに早くシステム再開したものと思われるが、モンタナに復旧作業の声がかかることはなかった。
…まあ、いいさ。俺の手を煩わせないんならむしろ有難い。
自室で謹慎処分となっていたモンタナは、ひとりで自嘲ぎみの笑みを浮かべた。
それからほどなく、モンタナのもとに処分辞令が下された。
退役処分こそ免れていたものの、階級は佐官から下士官へと大幅降格。さらに、中央司令部から地方制圧の小部隊への配属が決定…というのがその内容だった。
…チッ…この際、クビにでもしてくれた方が楽そうだったんだがな…
上官待遇で中央司令部をウロウロされるのは目障りだが、何らかの形でモンタナの能力だけは利用したい…といった上層部の思惑が透けて見えるようだった。
…いっそのこと、自主退役するかな。
フリーのハッカーやシステムエンジニアとして、独立するだけの能力は充分にある。そんなことを考えながらも、彼は何となく、軍のデータベースから次の配属先の小部隊の情報を閲覧していた。
…チッ…冴えねえ感じの奴らばかりだな。
いっそのこと、次の同僚をおちょくって楽しんでやろうか、などと不穏な考えまで浮かぶ。しかし、途中で検索するその手が止まった。
「ん?コイツは…」
小部隊メンバーの中の一人が、どこかで見たような顔に思えた。
…アイツに…ジョージアに、似ている…?
ざっとそのプロフィールを見てみたが、ジョージアとの関係が記されていることはなかった。しかし、軍への入隊はまだ数年前という若手のようだった。
…そう言えば、アイツの弟とやらが、そのあたりの時期に軍に入隊していたって話だったな。
…これは、もしかしたら…もしかするかも知れないな。
しかし、写真で見る限りは、目鼻立ちこそジョージアに似ているものの、どこかおっとりした人の良さそうな雰囲気だった。上等兵に昇格したばかりのようだが、目立った功績は記録されておらず、どちらかと言えば年功による半自動昇格のようだった。とてもあのジョージアほどの能力があるようには見えなかった。
…切れ者の兄に、のんびり屋の弟…ってところか…?
兄弟と確定したわけではないが、なぜか根拠のない自信があった。
モンタナは、途中まで書きかけていた傍らの退役届を、くしゃっと握りつぶして傍らのゴミ箱に放り込んだ。
…面白ぇ…しばらくの間は、コイツらに付き合うのも悪くなさそうだな…
…頼りない小部隊だが、この俺が少しだけ活躍の場を提供してやるとするか。
モンタナは静かな微笑を浮かべ、少佐の椅子から立ち上がった。