表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

私、現在進行形で普通の女王様をやっています。

作者: 日下千尋

普通の女王様をやって何が悪いの?



第1章、 私、お姉ちゃんとサヨナラをします。

 

 

 今日は横浜市内のホテルでお姉ちゃんの結婚式がありました。

 家族や親戚、友達などに見守られながらお姉ちゃんは真っ白なウエディングドレスを着て父さんと一緒に教会のヴァージンロードを歩いてきました。

 神父の前で指輪の交換、誓いの口づけをして厳かに式が行われたあと、教会の外でブーケトス、そしてパーティ会場にて披露宴が行われました。

「ただいまより新郎新婦の入場です。みなさん、盛大な拍手でお迎えください。」

 若い男性の司会者の一言でお姉ちゃんは義理のお兄さんとなる悠一さんと一緒に会場に入ってきました。

 スポットライトを浴びながら、お姉ちゃんと悠一さんは主賓席へと向かいました。

 そのあとシャンパンで乾杯の音頭をとり、次々と料理が運ばれてくる中、来賓や友人代表の挨拶を複雑な気持ちで聞いていきました。

 出てくる料理も緊張のあまり、美味しいかどうかも分かりませんでした。

 式の中盤となり、メインのイベントであるウェディングケーキの入刀になりました。

「それでは新郎新婦、初の共同作業となります。ウェディングケーキ入刀です。カメラをお持ちの方はシャッターチャンスです!」

 若い男性の司会者が言ったあと、みんなはいっせいに席から立ち上がって、お姉ちゃんと悠一さんの席へ向かい、スマホやデジカメを向けていきました。

 ケーキは市販のデコレーションケーキとほぼ同じくらいの大きさでした。

 洋楽のBGMが流れている中、お姉ちゃんと悠一さんは少し恥ずかしそうな顔をして、フォークでケーキを食べさせ合っていました。

 それをみんながカメラを向けてシャッターを押し続けている中、若い男性の司会者は「すごいです、お2人はまるで芸能人のようにカメラをたくさん向けられています。」と実況していきました。

 式の終盤になり、苺のショートケーキとフルーツが載せられたデザートの皿と一緒にコーヒーが運ばれてくる中、お姉ちゃんと悠一さんによる両親への花束贈呈が行われました。

 最後にお姉ちゃんは涙を流しながら紙に書いてある謝辞をマイクの前で読み上げていきました。

「お父さん、お母さん、三千代ちゃん、今日まで本当にありがとう。私は今日から長岡の家に嫁ぐことになります。お父さん、最後の最後まで反対していた結婚を許してくれてありがとう。お母さん、今までわがままをたくさん聞いてくれてありがとう。三千代(みちよ)ちゃん、あまり一緒に遊んであげられなくて本当にごめんね。そして今日出席して頂いた皆さん、お忙しい中にも関わらず、私と悠一の結婚式に出席していただいてありがとうございます。まだまだ頼りないところがありますが、これから2人で力を合わせて頑張っていきますので、どうかよろしくお願いいたします。また近くに立ち寄った際には是非新居にお越しください。」

 お姉ちゃんの謝辞が終えたあと、みんなは盛大な拍手をしました。

 帰りにお姉ちゃんから引き出物を受け取って、車に乗って家に向かう時の出来事です。

「お姉ちゃん、いなくなったね。」

「そうだな。」

 父さんはハンドルを握って一言ボソっと返事をしました。

「次は三千代かな。」

 助手席に座っていた母さんが冗談交じりに言ってきました。

 家に着いて、着ていたドレスを脱いだあと、引き出物でもらったパウンドケーキの詰め合わせと一緒に紅茶を飲みながらくつろいでいました。


 ここで簡単な自己紹介に入らせて頂きます。

 私は鬼頭三千代(きとうみちよ)、今年の4月に東京都多摩市内の女子高校へ通うことになりました。

 今は春休みで、家でのんびりと時間を過ごしています。

 お姉ちゃんは二十歳で高校時代の同級生である悠一さんと結婚をして、今は横浜市青葉区内の小さなマンションで暮らしています。

 私が住んでいる場所は川崎市麻生区王禅寺西にある古い一戸建ての家です。

 父さんは食品会社で営業していて、母さんは大手下着メーカーでデザイン担当をしています。


 紅茶を飲んで一休みをしていたら、いつの間にか夜になっていて、母さんは夕食の準備を始めました。

「お母さん、今夜はお茶漬けにして。」

「あ、俺も。」

「はいはい、分かりました。今日はたくさんご馳走を食べたからね。」

 母さんはそう言って、やかんに水を入れてガスコンロに火をつけている間、冷蔵庫から大根の漬物と昆布の佃煮を取り出してテーブルに置きました。

 やかんのお湯が沸騰し、ご飯と「お茶漬けのもと」が入っているどんぶりにお湯を入れて、食べ始めた瞬間、口の中がさっぱりしました。

「やっぱ、ご馳走のあとはお茶漬けだよな。」

 父さんは一口お茶漬けを食べたあと、感想を言いました。

 私と母さんは無言で食べ続けて、そのあとは部屋でくつろぎました。

 ベッドで横になりながら私はスマホをいじっていたら、友達からLINEのメッセージで結婚式の感想を聞かれました。

>お疲れ。今日の結婚式、どうだった?

>お姉ちゃん、とてもきれいだったよ。料理も最高だった。

 そのあと私は結婚式に出た料理の写真を載せたら、うらやましがっていました。

>ところで、新しい制服届いた?

 私は友達に新しい制服のことを聞き出しました。

>うん。

>どんなデザイン?

>茶色のセーラー服だよ。

>いいなあ。私は紺のブレザー。

>三千代の制服の方が可愛いじゃん。

>今度、セーラー服着させてね。

>いいよ。

>約束だよ。

>うん。

>じゃあ、お休み。

 私は友達とLINEを切ってそのまま寝ました。


 翌月に入って入学式が始まり、私は多摩市内の女子高へ通うことになりました。

 制服は紺のブレザーで赤いリボン、紺と緑色のチェック柄のスカートに黒のハイソックスでした。

 教室へ入って辺りを見渡すと、当然のことだが知らない人ばかり。

 この学校でうまく行けるのかなあ。他の人はすでに近くの人と仲良くなっていましたが、私は1人で浮いていた状態でした。

 そんな時、後ろから私の背中をツンツンと指でつついてくる人がいましたので、私はそーっと後ろを振り向きました。

「やあ。」

 彼女はニコニコ顔で私に声をかけてきましが、その顔はなんだか憎めない顔でした。

「こんにちは。」

「入学式からテンション低いけど大丈夫?」

 彼女は終始笑顔のまま私に接してきました。

「うん、大丈夫だよ。」

「うそ、その顔は大丈夫って顔じゃないよ。何か悩んでいるんでしょ?」

「そんなことないって・・・。」

「じゃあ、なんでそんな顔をしているの?おかしいでしょ?」

「周りが楽しそうに会話をしている中で、自分だけが浮いていたから、少し不安になったの。」

「なあんだ、そんなことで心配していたんだ。私でよかったら友達になるよ。私は紅林彩生(くればやしさえ)。」

「私は鬼頭三千代。」

「三千代ちゃんね。私が三千代ちゃんの最初の友達だからよろしくね。」

「紅林さんは、家どこ?」

「私のことは彩生でいいよ。家は栗平駅から徒歩6分。三千代ちゃんの家はどこ?」

「私は新百合ヶ丘(しんゆりがおか)駅からバスで10分。王禅寺公園の近く。」

「少しだけ離れているんだね。こんど遊びに行ってもいい?」

「いいよ。」

 私はいつの間にか彩生とは仲良くなり、スマホのLINEやTwitter、電話番号まで交換するようになりました。

 担任の先生と一緒に体育館で入学式を済ませ、校長先生や来賓の挨拶を聞いたあと、担任の先生の紹介、ブラスバンドの演奏による先輩たちの校歌の斉唱で終わりました。

 教室に戻って先生は黒板にチョークで自分の名前を書いて自己紹介を始めました。

「みんな、初めまして。私の名前は入内島麻衣子(いちうちじままいこ)、教科担当は国語、部活はコスプレ研究部をやっている。この中でコスプレに興味のある人は私のところまで来るように。では、一人ずつ自己紹介してもらおうか。」

 入内島先生はみんなに自己紹介をやらせていき、ついに私の順番が来ました。

「神奈川県の東百合丘(ひがしゆりがおか)中学出身、鬼頭三千代です。特技も趣味もない地味な人間です。」

 それを聞いたみんなは唖然としていました。

「えーっと、やってみたいものってないの?」

 入内島先生は、控えめに聞いてきました。

「いえ、特にやりたいことは何もありません。」

「よかったら、コスプレ研究部に入ってみる?」

「一応検討しておきます。」

 その後も彩生や他の人たちの自己紹介が続いていきました。

 初日のホームルームが終わり、私は彩生と一緒に小田急線に乗って帰ることにしました。

「しかし、自己紹介で趣味も特技もないと言った時には驚いたよ。」

 彩生は私を見て驚きながら言いました。

「だって本当のことだったから。」

「次は何か考えた方がいいかもね。」

「何かと言うと?」

「例えば趣味や特技がなくても、好きな有名人とか。」

「有名人ね・・・。」

「好きな有名人っていないの!?」

 私が考えていたら、彩生が驚いた反応を示しました。

「ぶっちゃけ、そういう情報に疎いから。」

「なら、三千代ちゃんをインパクトのある人間に改造するしかないね。」

「どんな風に改造するの?」

「それは、ひ・み・つ。」

 彩生はもったいぶった言い方をして、じらしました。

「じゃあ、私ここで降りるから。」

「わかった、また明日ね。」

 電車は栗平駅に着いてドアが開いたあと、彩生は降りていなくなってしまったので、軽く手を振って別れました。


 帰宅して私は制服を脱いで普段着に着替えた時、ちょうど固定電話がうるさく鳴り響ていたので、受話器をとりました。

「もしもし、鬼頭ですが。」

「もしもし、その声って三千代ちゃん?」

「そうですけど・・・。どなたでしたっけ?」

「僕だよ。悠一。」

「あ、悠一お兄ちゃん!?こんな時間に電話をしてくるなんて、どうしたの?」

 私は少しびっくりした感じで悠一さんに尋ねました。

「何を聞いても驚かないと約束してくれる?」

「約束するから、ちゃんと話してちょうだい。」

 悠一さんは少し間を置いてから話し出しました。

「実は沙希・・・、君のお姉ちゃんが死んだんだよ。」

 私は一瞬、耳を疑いました。

「悠一お兄ちゃん、今なんて言ったの?」

「・・・・。」

「悠一お兄ちゃん?」

「ごめん。僕がいながら・・・。」

「ちゃんと話して。」

「今日、仕事中に警察から電話が来て、君のお姉ちゃんが車にはねられたと伝えられたから、近くの病院に駆け付けたけど、その時はもう遅くて・・・。」

「死んでいたんだね。」

「本当にごめん。」

「私、これからお父さんとお母さんに電話して、その足で病院に駆けつけるから。それでお姉ちゃんはどこの病院にいるの?」

「藤が丘総合病院。僕、そこにいるから。」

「わかった。」

 私はすぐに電話を切って、お父さんとお母さんに電話をつなげたら、すぐに駆けつけてくれると言ってくれました。

 そのあと私はバスに乗って、たまプラーザ駅まで向かい、そこから田園都市線で藤が丘駅まで向かいました。

 駅から歩いて数分で着いて、私は受付でお姉ちゃんがいる場所を聞き出しました。

「すみません、長岡沙希はどちらにいますか?」

「少々お待ちください。」

「先ほど交通事故に遭って救急車で搬送されたと思うのですが・・・。」

「それでしたら、霊安室にいます。」

「霊安室はどちらですか?」

「地下一階です。」

「ありがとうございます。」

 私は近くの階段から地下に降りて霊安室まで向かいましたが、初めての上に迷路のような病院の地下をずーっと探し回っていましたが、見つかりませんでした。

 ちょうど白衣姿の女性医師が近くを通りかかったので、声をかけました。

「あの、すみません。」

「はい、何か御用ですか?」

「霊安室まで案内していただきたいのですが・・・。」

「霊安室に何か?」

「先ほど姉が交通事故に遭って、運ばれてきたのです。」

「そうだったのね。お気の毒に。」

 女性医師は少し申し訳なさそうな顔をして案内してくれました。

「ここが霊安室よ。」

「ありがとうございます。」

 入口の白いプレートには<霊安室>と大きく黒い文字で書かれていたので、私は軽くノックして、そーっとドアを静かに開けて中に入りました。

 中には悠一さんと男性警察官1人と普段着姿の20代の男性が立っていました。

 真ん中には顔に白い布をかけられたお姉ちゃんが寝かされていました。

 私は白い布をゆっくり上げて、顔を確認しました。やっぱりお姉ちゃんでした。

「あの、失礼ですが妹さんですか?」

「はい、そうですが。」

「私、神奈川県警横浜市青葉警察署の交通課を担当しています、岩谷と申します。このたびは誠にご愁傷さまです。」

「おまわりさん、こちらの方は?」

「先ほどお姉さんをはねた方です。」

 私は一気に怒りが込み上がり、男性に襲い掛かり、胸ぐらをつかみました。

「人殺し!お姉ちゃんを返して!今すぐ私の優しいお姉ちゃんを返して!お姉ちゃんは先日結婚したばかりなんだよ!」

 男性は終始無言のままでした。

「黙っていないで、なんとか言いなさいよ!」

「ごめん・・・。」

「私に謝ってどうするの!お姉ちゃんにちゃんと謝ってよ!」

 その時、悠一さんが止めに入りました。

「三千代ちゃん、気持ちはわかる。でも今は抑えて。」

 悠一さんは男性に殴りかかろうとした私を必死に抑えていました。

 その時、お父さんとお母さんが同じくらいの時間帯に入ってきて、変わり果てたお姉ちゃんの姿を黙って見ていました。

「お疲れさまです。」

 悠一さんはお辞儀をしました。

「悠一君、結婚して早々とんだ災難だったね。」

 父さんは声を低めて言いました。

「では状況を説明しますので、そのままで聞いて頂きたいのですが・・・。」

 岩谷さんは状況を説明し始めました。

 岩谷さんの説明によると、男性は今日の午前9時ごろ市が尾駅前をスマホの画面を見ながら運転していたところ、横断歩道にいたお姉ちゃんをはねてしまい、その場で即死させてしまいました。男性は危険運転過失致死傷罪で逮捕となりました。

 それを聞いたみんなは、ショックで何も言えない状態になってしまいました。

「こんな時言うのも変ですが、こちらの男性の方の刑はどれくらいになりますか?」

 父さんは控えめな感じで岩谷さんに聞きました。

「申し訳ありませんが、ここでは何とも言えません。これから検察に身柄を引き渡し、裁判で話し合ったうえで決まりますので、それまでお待ち頂きたいのです。」

 母さんは岩谷さんの言葉に対して期待を裏切られた顔をしていました。

「あなた、スマホを見ながら運転していたと言ったわよね?」

 母さんはきつい目つきで男性を睨み付けながら言いましたが、男性は終始無言のままで言いました。

「なんで黙っているの?」

「・・・・。」

「こうやって黙っていれば、終わると思っているわけ?じゃあ聞くけど、何で運転しながらスマホをいじっていたの?」

「調べ物があったから。それに歩行者が横断歩道に出てくるなんて思わなかったんだよ。」

「なんか、まるで娘が悪いみたいな言い方をしているじゃない。横断歩道に歩行者がいたら、止まるって教わらなかった?」

「そんな人いないって。みんなだってやっているじゃん。横断歩道に歩行者がいるたびに止まっていたらキリがないし、他の車に迷惑かけるだけでしょ?」

「その結果、娘の命を奪ったんでしょ?それでもまだ自分は悪くないって主張できるの?」

「・・・・。」

「黙っていないで答えてくれる?」

「少なくとも私は悪くありません。車が来るのを分かっていながら、横断歩道を渡ろうとした歩行者が悪いと思っています。」

「この人殺し!今すぐ娘を返しなさい!運転中にスマホを見るなんて非常識よ!」

「まあまあ、お母さん気持ちは分かりますが、この辺にしてください。あとは我々に任せてもらえますか?」

 岩谷さんは母さんを必死になだめたあと、みんなに挨拶をして男性を連れていなくなりました。

「俺、ちょっと葬儀屋に電話をしてくる。」

 父さんは霊安室を出て、葬儀屋に電話をしました。

 お姉ちゃんの遺体はそのあと葬儀屋によって川崎の津田山にある斎場まで運ばれました。



第2章、 私、お姉ちゃんの形見を受け取ります。


 あれから数日後、私は学校を忌引きで休んで、お姉ちゃんの葬儀のお手伝いをすることになりました。

 親族控室では従姉妹や親戚たちが集まって楽しそうに会話をしている中、私は部屋の片隅でスマホをいじっていたら、私より5つ年上で、東京都稲城市に住んでいる従姉妹の由紀恵さんがやってきて私に話をかけてきました。

「こんにちは。」

「となりに座ってもいい?」

「いいよ。」

 由紀恵さんはそう言って私の隣に座りました。

「ねえ、今回の事故大変だったね。」

「うん。」

「ひき逃げ?」

「ううん、そうじゃなかったみたい。」

「相手の人、スマホを見ながら運転していたんでしょ?その上横断歩道にいた沙希さんをはねたんだから信じられないよね。」

「しかも、自分は悪くないような言い方をしてきたから。」

「うわっ、それって最低じゃん!」

「私、彼だけは絶対に許したくないと思っているの。」

「当たり前よ。あんなの、死刑に決まっているじゃん!」

 由紀恵さんは感情をむき出しにしていたので、私はテーブルの上にある紙コップに入ったお茶を一杯差し出しました。

「一緒の気持ちになってくれるのはうれしいけど、まずは落ち着こうよ。」

「ありがとう。」

 由紀恵さんは紙コップに入ったお茶を一気に飲み干しました。

「お菓子もあるよ。」

 私が目の前にある柿の種を差し出したら、そのまま何も言わず食べてしまいました。

「どう、落ち着いた?」

 由紀恵さんは黙って首を縦に振りました。

「そう言えば三千代ちゃん、新しい学校には慣れた?」

「うん。友達もできたよ。」

「そうなんだ。今度、私にも紹介してよ。」

「いいよ。」

「この制服って多摩市にある多摩クローバー女子学園だよね?」

「そうだよ。」

「制服可愛いよね。似合っているよ。」

「ありがとう。」

 由紀恵さんはいつの間にか落ち着いていて、私の学校や制服のことを聞き出していました。

「そういえば由紀恵さんは、クローバー女子の卒業生なんですか?」

「違うよ。私は公立高校出身だから。なんで、そう思ったの?」

「ずいぶんと詳しそうだから、もしかしてクローバー女子の卒業生かなって思ったの。」

「なるほどね。実は友達がそこの卒業生だったの。」

「そうなんだね。実は私の制服、着てみたいとか。」

「そんなことないよ。」

「今度遊びに来たときに着させてあげる。」

「いいって。私のサイズじゃ入らないよ。」

 由紀恵さんは遠慮気味で返事をしました。

 その時、葬儀屋さんから通夜開始10分前の知らせが入りました。

 椅子に座ってお坊さんの入場を待っていたら、葬儀屋さんがマイクで「まもなく定刻になります。携帯電話、スマートホンは電源をお切り頂くか、音や振動が出ないようサイレントーモードに設定していただくよう、ご協力をお願いいたします。」と注意を促しました。

 「導師入場です。」と葬儀屋さんの一言で、お坊さんが合掌して入ってきました。

 お経は約45分近く読まれていていきましたが、その途中でお姉ちゃんをはねた男性と警察官がやってきました。

 男性は顔をニヤりとしながら、お姉ちゃんの前でお焼香を済ませたので、再び私の怒りが込み上がってきました。

 私が椅子から立ち上がろうとしたら、父さんに抑えられ、席に座らせられました。

 お経が読み終わり、お坊さんの簡単な説法を聞き、葬儀屋さんから通夜ぶるまいの準備が出来たと知らされたので、みんなで席に行こうとしましたが、私は我慢が出来ず斎場の外へ向かいました。

 しかし、その時はすでに遅く、男性の姿は見えませんでした。

「三千代ちゃん、どうしたの?」

 後ろを振り向いたら由紀恵さんがいました。

「さっき、あの男がいた。」

「あの男って?」

「お姉ちゃんをはねた犯人。お姉ちゃんの前でニヤついていた。」

「それで、さっき立ち上がったのね。」

「私、悔しい。」

「気持ちはわかるけど、お経の席で立ちあがったらだめだよ。」

 私は由紀恵さんの前で泣き出してしまいました。

「大丈夫だよ。悪いことをしたら必ず天罰が落ちるから。もうじき裁判が始まるし、その時に重たい刑が出ると思うよ。」

 由紀恵さんは私の背中をさすりながら言いました。

「2人ともいないと思ったら、ここにいたんだ。」

 私がそっと顔を見上げたら父さんが立っていました。

 父さんは私の顔を見るなり、叱ろうとしたので由紀恵さんが止めに入りました。

「おじさん、三千代ちゃんは今傷ついているの。だから叱らないであげて。」

 父さんは由紀恵さんの言葉を無視して、そのまま私の所に近寄ってきて、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭きました。

「気持ちはわかるけど、お経の席で立ちあがったらだめだよ。あの男を憎いと思っているのは三千代だけではない。お父さんもお母さんも同じなんだよ。だから今は抑えてくれないか。」

 私は黙って首を縦に振りました。

「じゃあ、戻って食事にしようか。みんなが待っているし。」

「そうよ。沙希さんだって、三千代ちゃんの悲しい顔なんか見たくないと思っているはずよ。戻って沙希さんの供養のためにたくさん食べよう。」

 私は父さんと由紀恵さんに連れらて通夜ぶるまいの席に向かったら、すでにみんなは飲み食いを始めていて騒いでいました。

 私の席には父さんと母さんと由紀恵さん、美幸おばさんが座っていました。

 テーブルの目の前にはお寿司や天ぷら、エビフライなどのオードブルが並べられていました。

「三千代ちゃんは何を飲む?」

 美幸おばさんは私に何を飲むかを聞いてきました。

「すみません、オレンジジュースをお願いします。」

 美幸おばさんは何も言わず、瓶に入っているジュースを小さなコップに注ぎました。

「三千代ちゃん、入学して早々大変だったね。」

「私、犯人だけは絶対に許したくないと思っています。」

「その犯人って、スマホを見ながら車を運転していて沙希ちゃんをはねちゃったんでしょ?」

「はい。しかも、自分は悪くないと主張してきました。」

「だから、あの時立ち上がったんだね。」

「私、一言言いたかったです。」

「気持ちはわかるけど、お経の時は立ち上がったらだめだよ。おばさんも大切な姪っ子を亡くして悔しいの。その気持ちは三千代ちゃんだけじゃなくて、ここにいる人たち、みんな同じ気持ちなんだから。」

「ありがとうございます。」

 私は美幸おばさんに慰められ、何とか気持ちを落ち着かせました。


 告別式の時、出棺前に私はお姉ちゃんの棺桶の中に手紙や写真、寝る時に抱いていた熊のぬいぐるみ、毎月買っていたファッション雑誌の最新号を入れました。

「お姉ちゃん、大好きだったよ。」

 これが私からお姉ちゃんへの最後の言葉でした。

 棺桶のふたを閉じて最後に喪主である父さんがマイクを持って、みんなの前で挨拶をしました。

「本日はお忙し中、娘の沙希の葬儀にお越しいただいてありがとうございます。娘は先日結婚したばかりなんですが、市が尾駅前の横断歩道で車にはねられて死んでしまいました。犯人はまだ取り調べ中ですが、裁判では絶対に勝っていい報告をしたいと思います。」

 そのあと、斎場の人が電動リフターでお姉ちゃんの棺桶を火葬場まで運んでいきました。

 

 収骨を終えて、父さんが遺骨、母さんが位牌、私がお姉ちゃんの遺影を持って、みんなに挨拶をして斎場をあとにしました。

 家に着いてから、和室に遺骨と位牌、遺影を置いてみんなで静かに合掌しました。

「お姉ちゃん、やっと家に戻れたね。」

 私はお姉ちゃんの遺影に一言言いました。

「悠一君、これから先一人になって大変になるかもしれないが、困ったことがあったら、いつでも頼ってくれ。」

 父さんは悠一さんに一言同情するような感じで言いました。

「僕がいながら、こんな結果になってしまって、本当にすみませんでした。」

 悠一さんは父さんと母さんの前で深く頭を下げました。

「いや、君が謝ることなんてないよ。」

「そうよ、あなたは沙希を守ってくれたんだから。」

「僕はもうここの敷居にまたぐことが出来ません。」

 悠一さんはお父さんとお母さんに謝ってばかりでした。

「そんな水くさいことを言わないで、好きな時に来て好きなだけくつろいでくれよ。」

 父さんは悠一さんに言いましたが、彼の言い方は遠慮がちでした。

「僕、横浜の家で彼女の遺品の整理をするので。」

「なら、俺たちも手伝うよ。」

「お願いします。」

 悠一さんが父さんと母さんにお願いしたあと、私も便乗しました。

「あの、私も一緒に行っていいですか?」

「三千代、遊びに行くんじゃないんだから。」

 父さんは私が行くのを反対するような言い方をしました。

「いいじゃない。三千代ちゃんも来てくれる?形見になりそうなものがあったら、持って帰っていいから。」

「ありがとうございます。」


 次の日、私たち家族は車でお姉ちゃんがいた新居へ向かいました。

 新居は市が尾駅から少し離れた小さなマンションで、二人が生活するには少し広いくらいでした。

 寝室のクローゼットの中を見てみると、お姉ちゃんが着ていた洋服やカバン、アクセサリーなどがたくさんありました。

 それをみんなで、残すものと捨てるものとで分けることにしました。

 お父さんと悠一さんはクローゼットの中、お母さんと私はタンスと引き出しの中を整理していきました。

 最初にタンスの奥から取り出したのは、小さくて白い箱でした。

 ふたを開けてみたら、お姉ちゃんが結婚式で使っていたドレスグローブが入っていました。

「お母さん、この手袋もらってもいい?」

「いいけど、普段使う機会ってないんじゃない?」

「水色のワンピースがあったからそれと合わせてみたいの。」

「いいわ、持って帰っていいよ。」

 その時、クローゼットの中を整理していた父さんと悠一さんが大きい声で私を呼びました。

「この白いショルダーバッグ、三千代ちゃんにどう?」

 悠一さんはチェーンのついたツーウエイで白いショルダーバッグを私に勧めてきました。

「これ、お姉ちゃんが使っていたんだけど、どうかな。」

「いいの?」

「捨てるより、三千代ちゃんに使って欲しいと思ったんだよ。」

「ありがとう。大事にするね。」

「ちょっと待ってくれる?」

 悠一さんは台所から茶色い手提げ袋を取り出して、私が持っているショルダーバッグとドレスグローブの入った箱を中に入れました。

 他にもワンピースやブーツ、セーター、コートなどをもらってしまいました。

「持ち帰る荷物が増えちゃったね。ちょっと待って。」

 悠一さんは奥の部屋から大き目の段ボールを用意して、その中に全部入れてくれました。

「引っ越しの時に使った段ボールを残しておいてよかったよ。」

「悠一お兄ちゃん、ありがとう。」

「ううん、これ全部のお姉ちゃんが使っていた物だから。」

「私、大事に使うね。」

「三千代に大事に使ってくれるなら、お姉ちゃんも喜ぶんじゃない?」

 横にいたお母さんが私に穏やかな表情で言いました。

 一段落して悠一さんは台所でお茶の準備を始めたので、私は手伝うことにしました。

「悠一お兄ちゃん、私にも手伝わせて。」

「あ、三千代ちゃんはいいよ。ソファがあるからくつろいでいてくれる?」

「わかった。」

「ごめんね。」

 私は居間の真ん中にあるソファに座ってスマホを触りながらくつろいでいました。

 その数分後にはコーヒーの入ったマグカップとお皿に載せたチョコレートを運んできてくれました。

「袋菓子しかなくて申し訳ないけど、良かったら適当につまんでください。」

「そこまで気を使わなくてもいいのに。」

 父さんと母さんはそう言ってソファに座って、コーヒーを飲みながらチョコレートをつまんでいきました。

「悠一君、これから先なんだけどどうするんだ?」

 父さんはチョコレート食べながら、今後のことについて聞き出しました。

「正直分かりません。裁判が終わるまではきちんと答えをまとめておきます。」

「それもいいかもな。沙希を亡くしたばかりだし、少し時間を置く必要があるかもしれないな。僕らは家族だ。本当に困った時にはいつでも頼ってくれよ。」

「その気持ちだけ、ありがたく受け取ります。」

「だから水臭いことを言うなよ。本当に困った時にはいつでも頼っていいんだからな。」

「ありがとうございます。」

 悠一さんは申し訳なさそうな顔をして頭を下げました。

「さて、お茶も飲んだし、残りの片付けを済ませようか。」

 父さんはそう言って、残りの荷物を整理して引き上げることにしました。

「片付けが終わったことだし、そろそろ帰らせてもらうよ。」

「お父さん、今日は手伝いに来てくれて本当にありがとうございました。」

 悠一さんは父さんに頭を下げてお礼を言ったあと、駐車場まで案内してくれました。

「それでは失礼するよ。」

「気を付けて。」

「悠一お兄ちゃん、今日はありがとう。」

「三千代ちゃんも気を付けてね。」

 そう言ったあと、私たちを乗せた車は家に向かいました。

 そしてお話は1年後に飛びます。



第3章、 私、友達と買い物しちゃいます。


 お姉ちゃんが死んで1年が経ち、お姉ちゃんの遺骨は長岡家の墓がある川崎市麻生区早野にある市営墓地に埋められました。

 一方犯人は裁判にかけられて、懲役20年の実刑判決が言い渡されました。

 一周忌の法事を終えたあとの春の日、学校では新しいのクラスの発表があり、私と彩生は同じクラスになりました。

 始業式が終わり、担任は再び入内島麻衣子先生になりました。

「初めましての人もいますので、改めて自己紹介に入らせて頂きます。私は入内島麻衣子で、担当科目は国語、部活はコスプレ研究部を受け持っています。この中でコスプレに興味のある人がいましたら、是非来てください。」

「先生、質問いいですか?」

「なんですか?」

「今でも先生はコスプレをされているのですか?」

「昔はやっていたけど、今はこんな年だし引退した。」

「写真持っていますか?」

「入部してくれたら、見せてあげる。」

「えー!」

「どうする?入る?」

 入内島先生は少しニヤついた顔をして竹川さんに聞きました。

「じゃあ、入部します。ちなみアニメに詳しくならないとだめですよね?」

「それでしたら大丈夫。入部したら毎日見せてあげるから。」

 竹川さんはそのあとコスプレ研究部に入る羽目となってしまいました。

「他に質問のある人はいますか?」

 しかし、このあとは誰も手を挙げる人がいませんでした。

「本当にいないの?なんでもいいんだよ。」

 そのあと、ホームルーム終了のチャイムが鳴ってしまいました。

「ま、いいわ。明日のホームルームに新しい教科書の配布があるからよろしくね。」

 入内島先生はそう言い残して、いなくなってしまいました。

 

 みんなが放課後の予定のことで話し合っている時、彩生が私の席にやってきて話しかけてきました。

「三千代、今大丈夫?」

「どうしたの?」

「嫌なことを思い出させてしまうけどさ、お姉さんをはねて死なせた犯人って、裁判ではどうなったの?」

「懲役20年の実刑。」

「20年の実刑だったらいいんじゃない?」

「私としては死刑か終身刑にしてほしかった。」

「そうなるよね。」

「20年で刑務所から出られるなんておかしいよ。」

「確かに・・・。嫌なことを思い出させてごめんね。」

「ううん、大丈夫だよ。」

「ありがとう。実は私からの提案なんだけど、2年生になったことだし、何かインパクトを持った方がいいかなって思ったの。」

「インパクト?」

「例えば、三千代ってどちらかと言えば地味じゃん。だから、少し派手になった方がいいかなって・・・・。」

「それって、具体的に言うと?」

「それを今から決めようと思っているんだよ。」

「それって、遠回しに私の影が薄いってことだよね?」

「そんなこと言ってないから。」

 彩生はあわてて否定をしました。

「本当に?」

「うん、なんていうか・・・、その・・・そう、イメチェン。」

「イメチェン?」

「そう。」

「私をどういう風に変えるの?」

「それなんだけど、実はファッション雑誌を持ってきたから、見てほしいんだけど・・・。」

 私は彩生が用意したファッション雑誌をパラパラとめくってみました。

 中を見てみると、大人の女性ばかりが載っていました。

「これって、大人向けのファッション雑誌じゃないの。」

「そうだよ。」

「私には無理。」

「じゃあ、私が改造してあげる。」

 私は彩生のマイペースに乗せられていくような気がしたので、少し不安になってきました。


 帰り道、私と彩生は多摩センター駅前にあるショッピングセンターに立ち寄って、アクセサリーや服などを見に行くことにしました。

 イヤリングやピアス、指輪などを店の中を見て歩きました。

「ねえ、三千代。大人っぽいのとギャルぽいのどっちがいい?」

「どっちでもいいわよ。」

「それじゃあ、困る。」

 私はしばらく考えました。大人ぽいのを選ぶと、おばさんぽくされる可能性が高い。かと言ってギャルぽいのを選ぶと、完全に一昔前の渋谷のコギャルぽくされてしまう可能性が高い。

 さんざん考えた結果、私は大人ぽい方を選びました。

「私、大人ぽい方にする。」

「了解!」

 最初に向かったのは、ブティックでした。

 彩生は慣れた感じの手つきで、ハンガーに吊るされた洋服やたたんである洋服を次々と見ていきました。

「三千代には赤いワンピースかな。」

 彩生は奥のハンガーに吊るされている赤いワンピースを取り出して、私に合わせました。

「私、そんなにお金がないよ。」

「試着だけならただなんだし、試しに着てきたら?」

 私は彩生に言われるまま、試着室で着替えを始めました。

「終わった?」

 彩生は2つある試着室のうち、間違えてよその人が入っている試着室のカーテンを開けてしまいました。

「ちょっとあなた、なんなの?」

 出てきたのは明らかに20代後半の社会人って感じの女性でした。

「すみません、失礼しました!」

 彩生はあわててカーテンを閉めて、私がいる方を開けました。

「終わった?」

「こんな感じでいいの?」

「うん、とても可愛い!」

「ありがとう。ところで、さっき私と間違えてよその試着室のカーテンを開けなかった?」

「ちょっとね。」

 彩生は動揺した感じで返事をしました。

「気を付けた方がいいよ。」

「わかった、気を付けるよ。それより、このワンピースを買うの?」

「やっぱ、やめておくよ。」

 その時、彩生は赤いワンピースの値札を見ました。

「三千代、買った方がいいって。消費税込みで3300円だよ。それに1着しかないから、誰かに買われたら最後だよ。」

 彩生は必死で私に買うよう、強く勧めました。

 私は考えました。買うべきか、やめるべきか。

「私、買ってくる。」

 さんざん迷った末、私は赤いワンピースを持ってレジに向かいました。

 そのあとアクセサリーショップに行って、指輪やイヤリングをなどを見ました。

「さすがにアクセサリーは買えないよ。」

「そんなことないって。値段を見てよ。」

 私は彩生に言われるまま、指輪の値段を見ました。すると、値段が660円になっていたので買うことにしました。

「ここ、安いね。」

「でしょ?あとさあ、手袋を買ったら?」

「何で手袋まで買う必要があるの?」

「手元もおしゃれして、可愛く見せた方がいいって。」

「一応手袋なら、お姉ちゃんが結婚式で使っていたのを形見として残しあるから、それを使うよ。」

「だめ。形見なら大事にしまっておきなさい。それより、サテンのショートグローブがあるんだけど、何色にする?」

「何色って言われても・・・。」

 目の前の棚には赤、黒、白のサテンのショートグローブが置いてありました。

「彩生だったら、私に何色を勧める?」

「私だったら、黒か赤かな。白だと汚れとか目立ちそうだし。」

「じゃあ、無難なところで黒にする。」

「あとはバッグだね。」

「バッグならお姉ちゃんの使うよ。バッグって使わないと傷みそうだから。」

「じゃあ、それにしようか。」

 必要なものを買ったら、いつのまにか財布の中身が寂しくなってしまいました。

「あ、そうそう。言い忘れていたけど、三千代の顔と髪型も変えてみようと思うの。さすがに顔を整形するとか髪を染めると言ったら乱暴なやり方になるから、ウィッグやシリコンマスクで変える方法ってどう?」

「でも、ああいうのってお金がかかるんじゃない?」

「それなんだけど、いくつか当てがあるの。」

「当てと言うと?」

「私の従姉妹、美容師やっているから、使わないウィッグがあるかどうかちょっと聞いてみるね。」

 彩生はスマホで従姉妹につなげました。

「もしもし?私、彩生なんだけど、ウィッグって余っている?」

「余っているけど、どうするの?」

「友達がイメチェンで使いたいって言うから、譲ってほしいんだけど・・・。」

「いいけど、どんなのがいいの?」

「金髪のストレートってある?」

「あるけど、かなり長いわよ。」

「ありがとう、今から向かうね。」

 彩生は電話を切ったあと、私を連れて栗平まで向かおうとしました。

「ちょっと待って。」

「どうしたの?」

「お昼ごはん、まだ食べていないからコンビニへ行きたいんだけど・・・。」

 私は彩生を連れてコンビニへ行こうとしました。

「ちょっと待って、それならカレーにしない?あそこにカレー屋さんがあるから。」

 結局2人でカレー屋さんで唐揚げの入ったカレーを食べました。

「結構おいしいね。」

 私はカレーを食べながら感想を言いました。

 しかし、彩生は何も言わず黙々と食べ続け、私よりも早く完食しました。


 店を出たあと、私と彩生は小田急線に乗って栗平まで向かいました。

 駅周辺を見渡すと、辺りは閑静な住宅街になっていました。そのまま住宅街の中を10分ほど歩いていくと、白くて角ばった建物があり、入り口には<美容室クレバヤシ>と書かれた黒いプレートに白い文字の看板がありました。

「ここが従姉妹のお店。」

「随分としゃれたお店だね。」

 私はぽかーんと口を開けたまま店を眺めていました。

「じゃあ、中に入ろうか。」

 私と彩生はそのままドアを開けて、店の中へ入っていきました。

「こんにちは、来たよー。あつみちゃーん、いるー?」

 彩生は大きい声であつみさんという従姉妹の名前を呼びました。

「いるわよ。一応このウィッグだけどいい?」

 あつみさんは少し黄ばんだ白いエプロン姿で店の奥から出てきて、彩生に金髪のストレートウィッグを見せました。

 彩生はあつみさんからウィッグを受け取って眺めていました。

「どう?」

 あつみさんは彩生に確認をとりました。

「いけると思う。三千代はどう思う?」

「三千代?」

 彩生が私に確認したら、あつみさんが確認をするかのように私を見ました。

「あつみちゃん、ごめん。この子、学校のクラスメイトで鬼頭三千代って言うの。ウィッグも彼女のイメチェン用にお願いしたんだよ。」

「そうだったんだね。こんにちは三千代ちゃん。」

「こちらこそ。それで、先ほどのウィッグなんですが、お値段はどれくらいなんですか?」

「あ、これね。ただでいいよ。」

「本当ですか?」

「これ、もともと廃棄処分する予定だったし。よかったら、試着してみる?」

「いいのですか?」

「いいよ。じゃあ、ここに座ってくれる?」

「でも、お客さんが・・・。」

「ああ、もともと暇な店だから普段お客さんが来ないの。」

「そうなんですね。」

「じゃあ、座らせてもらうね。」

 あつみさんは私の頭にウィッグネットを被せて、その上に金髪のウィッグを被せました。

「なかなか、可愛いじゃない。」

「ありがとうございます。」

「それで、どうする?被って帰る?」

「そうさせて頂きます。あつみさん、ありがとうございました。」

「あつみちゃん、ちょっと駅まで送ってくるね。」

 彩生は私を栗平駅のホームまで送ってくれました。

「今日はありがとうね。」

「ううん、こちらこそ。金髪ウィッグ似合っているよ。明日被るの?」

「まだ分からない。」

「そっか。それとシリコンマスクなんだけど、麻衣子ちゃんか父さんに頼んでみるよ。うちの父さん、特殊メイクの仕事をしているから。」

「おじさんはわかるけど、何で入内島先生を当てにするの?」

「麻衣子ちゃん、コスプレ研究部の顧問だから、もしかしたら持っているかなと思ったの。」

「コスプレ研究部でシリコンマスクって扱っているの?」

「わからない。でも、当てにする価値はあると思うよ。」

「やっぱ、悪いからシリコンマスクはやめておくよ。」

「そう言わないで、こっちも何とかするから。」

 そう言ったあと、電車がホームに入ってきました。

「じゃあ、電車が来たから帰るね。」

「また明日。」

 彩生はホームで私を見送ったあと、家に帰ってしまいました。


 次の日の朝です。

 彩生は職員室で入内島先生にシリコンマスクを扱っていないか、聞いてみました。

「シリコンマスクねえ。コスプレ研究部では衣装やウィッグ、メイク道具まではあるけど、シリコンマスクまでは扱っていないの。しかし、なんで部員でもない紅林さんが必用としているわけ?」

「ちょっとプライベートって言うか、イメチェンで。」

「イメチェンねえ。」

 入内島先生はため息交じりに返事をしました。

「やっぱ、他を当たってみます。」

「そうしてくれる?」

「はい。」

 彩生はそう言って職員室を出ました。

 教室へ戻り、彩生は私のところへやってきて、ため息交じりにぼやきました。

「麻衣子ちゃんのところへ行ったら、だめだった。」

「そうなんだ。」

「帰って、父さんに相談してみるよ。」

「いいよ、無理しなくても。それに今のままでも充分だから。」

「だーめ。」

 彩生は無理にでも私を変身させようと必死でした。


 帰宅後、彩生は家でおじさんに仕事で使わなくなったシリコンマスクがないか、聞いてみました。

「お父さん、疲れているところ申し訳ないけど、ちょっと相談があるの。」

「どうした、急に改まって。小遣いの値上げか?」

「違うの。」

「なんだ、言ってみろ。」

「実はお仕事で使わなくなったシリコンマスクってある?」

「シリコンマスク?例えば、どんなのがいいの?」

「女性の顔。可愛いのとかってないの?」

「難しいなあ。」

「学校の文化祭か何かで使うのか?」

「実は友達のイメチェンに。」

「イメチェンって言うけど、まさかそれを被って外を歩くってこと?」

 彩生は黙って首を縦に振りました。

「友達は了解したの?」

「うん。」

「だめとは言わないが、せめて遊びだけにしてほしい。学校に被らせると、彼女自身いられなくなる可能性が高い。それと、そのことは学校は知っているのか?」

「先生に話したら特に反対はしていなかった。」

「そっか。明日、会社で使わなくったシリコンマスクを探してくるよ。だけど条件がある。普段、学校では使わないこと。」

「ありがとう。」

「まだお礼を言うのは早いって。無かったら許してくれよな。」

「その時はあきらめるよ。」

「そうしてくれ。」


 次の日の夜、彩生はおじさんからいくつかシリコンマスクを受け取りました。

「一応、お前たちくらいの年齢だと、これくらいだろ。」

 彩生はいくつか眺めてみました。

「これって、口や目も動くの?」

「実際、これを使って撮影したけど、普通の顔と何ら変わりはなかったよ。試しに被ってみてくれないか。」

 彩生はおじさんに言われるまま、被りました。

「どう?」

「ちょっと違和感がある。」

「試しに口を動かしてみて。」

 彩生は口を動かしました。そのあと目も動かしてみました。

「特に問題はなさそうだ。これであとはカツラを被れば変装はバッチリだよ。」

「ありがとう。」

「今度、友達にやってみなさい。」


 日曜日、私は彩生の家に行ってシリコンマスクの試着をすることにしました。

 部屋に入ってみると、ベッドの上には動物のぬいぐるみ、棚には音楽CDや漫画の本、ファッション雑誌がありました。

「今、シリコンマスクを持ってくるから待ってくれる?」

 彩生はそう言って、おじさんの部屋に行ってシリコンマスクを持ってきました。

「ちょっと被ってみて。」

 私は彩生に言われるまま、被ることにしました。

「どう?ちょっと目や口を適当に動かしてみて。」

 私は言われるまま、動かしてみました。

「うーん、特に違和感なさそうだね。じゃあ、明日これで学校へ行こうか。」

「えー!これで!?」

「大丈夫よ。これば絶対に分からないから。」

「私はどうなるの?」

「じゃあ、三千代は休学になって代わりの人が編入してきたってどう?」

「私の出席日数が・・・。」

「じゃあ、顔を整形したって言うのは?」

「じゃあ、それで。」

「明日、先生にはうまく話しておくよ。」

 こうして私の変装生活が幕を開けようとしました。



第4章、 私、学校をずる休みしちゃいます。


 翌日、私は大きな手提げ袋の中にシリコンマスクと金髪ウィッグを入れて学校へ持って行き、トイレで変装をしました。

 しかし、いざみんなの前に出ようとすると、心の準備が出来ていないせいか、脚が動かなくなりました。

 ここでおじけついても始まらない。とにかく廊下に出よう。

 そう思って歩いていきましたが、みんなの視線が気になってどこかへ隠れようとしたその瞬間、入内島先生とすれ違いました。

「あら、編入生?」

「はい、そうなんです。」

「お名前は?」

「鬼頭アケミです。」

「鬼頭アケミ?そんな人が来るなんて、聞いてないわよ。」

「私、鬼頭三千代の従姉妹なんです。」

「それで、三千代さんはどうされたの?」

「事情があって休学になったんです。」

「どんな事情?」

「それは・・・、ちょっと言えません。」

「そうなんだね・・・。って、それで私が信じるとでも思ったの?」

「本当なんです。」

「あのね、私が誰だか分かっているの?元コスプレイヤーで、今はコスプレ研究部の顧問なんだよ。一見完璧な変装に見えても。私にはわかるんだから。」

 これ以上入内島先生の前では嘘がつけないと分かったので、しかたなしに本当のことを打ち明けることにしました。

「実は私、鬼頭三千代なんです。」

「そんなこと分かっているわよ。そうじゃなくて、何で変装してきたのか、説明して欲しいと聞いているの。」

「実はイメチェンしてみようと思って・・・。」

「これじゃあ、ただの仮装だよ。」

「どんな事情でやっているかはこれ以上聞かないけど、やるならもう少しまともなメイクをした方がいいわよ。」

「わかりました。」

 私が教室へ戻ろうとした瞬間、入内島先生は「待て!」と言って私を呼びとめました。

「私に考えがある。」

 そう言ったあと、入内島先生は私をコスプレ研究部の部室へ連れていきました。

「先生、このあとホームルームに間に合わなくなります。」

「鬼頭さんはこのあと早退しなさい。」

「どうしてですか?」

「あなたが、どうしてもこの姿で学校にいたいと言うなら、私にも作戦があるの。」

「もしかして、私を停学か退学にさせるつもり?」

「違うの。あなたは自宅で顔に熱湯がかかり、やけどしてしばらく自宅療養中ということにしておくから。」

「クラスの人が見舞いに来たら、どうするの?」

「それは大丈夫。先生がクラス代表でお見舞いに行くってことにしておくよ。」

「あと、私が休んでいる間、欠席が増えるのでは?」

「それなら大丈夫。公欠にしておくから欠席にならないよ。」

「ありがとうございます。」

「それで休み明けなんだけど、8時前に来てもらえる?部室でメイクをしてあげるから。」

「わかりました。」

「じゃあ、早退にしないから、今日はそのまま帰ってくれる?」

「ちょっと待って。もう一つ引っかかったことがあって、親にはどう説明したらいいのですか?」

「そこかあ。」

 入内島先生は再び考えました。

「じゃあ、適当に外で時間を過ごしていなさい。」

「これって遠回しに私にずる休みをさせるってことですよね?」

「仕方がないじゃん。それしか方法が思いつかなかったんだから。」

 先生が生徒に公欠でずる休みをさせると言う前代未聞のやり方に、私は正直言葉を失ってしまいました。

「あと、休んでいる間のノートは紅林に任せておくから。あなたたち仲がいいんでしょ?」

「分かりました。」

「わかったなら、早く帰った方がいいわよ。」

「それでは、失礼します。」

 

 私は入内島先生に言われるまま、学校を出て放課後の時間帯まで駅前で時間をつぶすことにしました。

 しかし、厄介ごとが発生しました。

 制服着て駅前をうろついていると、巡回中の警察官や補導員に声をかけられてしまうので、まずは多摩センターから何線に乗るか考えました。

 通学定期もあることだし、まずは小田急線に乗って、黒川に出ようと思いました。

 その駅を選んだ理由は繁華街がないうえに、警察官や補導員が巡回する確率が極めて低いと判断したからなのです。

 しばらく駅の周辺をうろつくことにしましたが、本当に何もない駅だったので、正直退屈しました。

 駅前のベンチでスマホのTwitterを見ていましたが、それでも時間の流れが遅く、時計を見ても10時を回ったばかりでした。

 ふと私は両親が共働きであることを思い出し、とりあえず家に帰ることにしました。


 帰宅後、私はウィッグとシリコンマスクを脱いで、ベッドで横になっていましたが、正直家にいることがこんなに退屈だなんて思ってもいませんでした。

 昼近くになったので、母さんに作ってもらった弁当を広げてテレビを見ながら食べることにしました。

 普段なら友達と一緒に仲良く食べていたのに・・・。

 私はそう思って、一人寂しく弁当を食べました。

 そのあとは部屋で授業の復習をやっていましたが、それでも時計を見たらまだ3時前でしたので、私は普段着に着替えて駅前をうろつくことにしました。

 それを1週間近く繰り返していたころ、お弁当を食べ終えた直後に入内島先生が白い軽自動車に乗って私の家にやってきました。

「急に押し掛けて申し訳ない。実は公欠の場合、医師の診断書が必用なんだ。幸いなことに妹が皮膚科をやっているから、これから一緒に車に乗ってくれないか?」

「妹さんの病院ってどこにあるのですか?」

「稲城駅の近くにある。」

「一つ気になりましたが、診察も受けていないのに、診断書だけって発行してもらえるのですか?」

「事情話したら、引き受けてくれたよ。」

「それとお金なんですが・・・。」

「それなら心配ない。先生が払っておくよ。聞くことはそれだけ?」

「シリコンマスクとウィッグは?」

「それも必要なし。さ、時間が無くなるから早く車に乗って。」

 私は入内島先生と一緒に白い軽自動車に乗って稲城市内の皮膚科へ向かいました。


 車を走らせてから15分で稲城市内に入りましたが、そこは昔ながらの団地が並ぶ静かな街並みでした。

「ここって、団地が多いですね。」

 私はボソっと一言呟きました。

「そうだね。ここは高度経済成長期の時に作られたんだよ。元々山だったのを建設業者が切り崩して宅地造成に切り出し、団地や周辺のお店、病院も同じころに建てられたんだよ。それと同時に小田急線や京王線も開通して、都心へのアクセスがすごく便利になったんだよ。」

「ずいぶんと詳しいのですね。」

「まあ、半分は親の受け売りなんだけどね。」

「先生のご自宅はこの近くでしたよね。」

「そうだよ。住所教えたっけ?」

「去年、年賀状出させて頂きましたので。」

「あ、そうだった。あなたの年賀状、かなり地味だったから今でも印象に残っているよ。」

「来年はもっと派手なのを送らせてもらっていいですか?」

「あ、いいよ。期待して待っているからね。」

 入内島先生と世間話に夢中になっていたら、いつの間にか稲城駅の近くに着いていて、車を駅前のコインパーキングに入れました。

 駐車場から歩いて数分、オレンジ色の看板に白い文字で<入内島医院>と書かれた看板がありました。

 ドアを開けると、床はフローリングになっていて、そのまま土足で入れるようになっていました。

 受付で入内島先生は「皮膚科で予約していた入内島です。」と告げたら、「お待ちしていました。奥の診察室へどうぞ。」と言って、女性の看護師さんは私と入内島先生を皮膚科の診察室へ案内しました。

「失礼しまーす。」

 軽くノックして、引き戸を開けて中へ入ってみると、水色のマスクをしたショートヘアの女性医師が座っていました。

「姉さん、待っていたよ。一応こんな感じに作ってみたの。どう?」

 女性医師はパソコンで作成したデータを入内島先生に見せました。

 読んでみると<顔に複数の重度のやけどがあり、自宅での療養が必用となりました。>と書かれていました。

「ありがとう。明日これを教頭に提出するね。」

「いいけどさ、ばれないようにしてよね。彼女、シリコンマスクとウィッグで変装するんでしょ?どんな事情かは聞かないけど、くれぐれも気を付けてよね。」

「了解!」

 入内島先生は調子のいい返事をして、診察室をあとにしました。

 受付で会計を済ませたあと、駐車場に戻ろうとしましたが、私は遠慮して電車で帰ろうとしました。

「先生、帰りは電車で帰らせて頂きます。」

「いいよ。乗っていきなさい。」

「先生って家がこの近くなんでしょ?」

「大丈夫よ。いいから早く乗りなさい。」

 私は先生に言われるまま、車に乗りました。

 しかし、厄介ごとが発生しました。

 それは母さんの自宅到着時間と重なってしまうのでは?ということでした。

 時計は5時30分、かなり微妙でした。

 私がスマホの時計を見ていたら、入内島先生が声をかけてきました。

「どうした、何かあったのか?」

「親の帰宅時間と重なってしまう。」

「それだと、何か都合が悪いのか?」

「学校を休んでいたことや、変装のことを秘密にしているから。」

「そっかあ、そういうことは先に言ってよね。」

 入内島先生は車の速度を少し上げて、家まで向かってくれました。

 家に着くと、誰も戻っていないらしく、一安心って感じでした。

「先生ありがとうございました。」

「明日からうまくやりなさいよ。」

 入内島先生はそのまま車を走らせていなくなってしまいました。


 玄関のドアをガチャガチャやって鍵がかかっていることを確認したら誰も戻っていなかったので、私はすぐ部屋に戻り、ウィッグとシリコンマスクの手入れをしました。

 ちょうどその時スマホが鳴り、彩生から電話が来ました。

「もしもし?」

「今、大丈夫?」

「休みって今日までなんでしょ?」

「そうだけど。」

「今日は何をしていたの?」

「入内島先生と一緒に皮膚科へ行って、診断書を受け取ってきたところ。」

「そうだったんだね。」

「一応、顔にやけどを負って特殊メイクでごまかしているっていう設定になっているの。明日、先生から説明があると思うから。」

「ところで、その設定って誰が考えたの?」

「言わなかったっけ?」

「うん、聞いてないよ。」

「入内島先生が考えたの。あの変装、先生にはすぐばれてしまったから。」

「そうだったんだね。」

「明日から早めに行って、コスプレ研究部の部室でメイクをしてもらうことになっている。」

「わかった。じゃあ、明日学校でね。」

 電話を切ったあと、部屋で少し勉強することにしました。


 翌朝から、久々の登校になりました。

 私は大き目のスポーツバッグにシリコンマスクとウィッグを持って登校することにしました。

 8時前に着いて、誰もないトイレで変装して職員室の中へ入りましたが、誰もいませんでした。

「入内島先生はいますかー?」

 私は入内島先生を呼びましたが、返事がありませんでした。

 もしかしてと思って、私は急いでコスプレ研究部の部室に向かったら、丸い椅子に入内島先生が座って待っていました。

 部室の中はハンガーに吊るされた衣装や箱に詰められたウィッグや小物各種、そして撮影で使う小道具などがたくさん置いてありました。

「おはようございます。」

「おはよう。じゃあ、やってあげるからこの椅子に座ってくれる?」

 入内島先生は私を近くの椅子に座らせ、化粧ケープをかけてメイクを始めました。

「動かないでね。」

 入内島先生はそう言って、チークやつけまつげなどをしていきました。

「ルージュはしなくてもそのままでもいいよね?」

「はい。」

「じゃあ、これで終わり。」

「ありがとうございます。」

「あ、そうそう。言い忘れたけど、このメイク落ちやすいから毎朝やってあげる。」

「じゃあ、今度メイク代を用意します。」

「そう言う気づかいは社会人になってからやってちょうだいね。」

「分かりました。」

「それとプールと器械体操の授業なんだけど、体育の岩崎先生には見学するように言ってあるから。」

「岩崎先生は了解してくれたのですか?」

「もちろん。」

「もう一つ気になったのですが、器械体操とプールは見学になったのはいいのですが、他の種目は大丈夫なんですか?」

「どういうこと?」

「球技や陸上競技の時、走っている時にウィッグが外れないか心配になって・・・。」

「じゃあ、一応ウィッグネット被る?それだと多少激しい運動でも外れたりしないから。」

「そうします。」

 入内島先生はシリコンマスクの上にウィッグネットを被らせて、さらにその上にウィッグを被らせました。

「これで完璧。」

「ありがとうございます。先生、あとで衣装を見せてもらっていいですか?」

「鬼頭はコスプレに興味があるの?」

「いいえ、そういうわけじゃないけど・・・。」

「そっかあ、気が向いたらコスプレ研究部に来てよ。待っているから。」

「はい。」

「そろそろ教室に戻らないと、みんなにばれちゃうよ。」

 私はそのまま教室へ戻りました。

 

 教室へ入ると、すでに何人かの人が世間話に夢中になっていましたが、私が席に着くとみんなはジロジロと見るようになりました。

「あの金髪の子って、鬼頭さん?」

「たぶん。」

「入内島が言うには顔をやけどして、しばらく自宅療養していたみたいだよ。」

「マジ?」

「特殊メイクでごまかしているみたいだけど、実際の顔はかなりやばいらしいよ。」

「髪の毛ってウィッグ?」

「さあ?」

「鬼頭さんって、もともと茶髪だったじゃん。」

「じゃあ、ウィッグの可能性が高いわよ。」

 少し離れた場所で、何人かの人がささやき始めていました。

 私の席の後ろでは、彩生がシャープペンで私の背中をつつきました。

「このメイクって、麻衣子ちゃんにやってもらったの?」

「うん、そうだよ。これから毎朝やってもらうことになったの。」

「そうなんだ。」

「プールと器械体操の授業は見学になった。」

「その方がいいかもしれないね。」

 

 始業のチャイムが鳴って、入内島先生が教室に入ってホームルームを始めました。

「みなさん、おはようございます。もうすでに承知しているかもしれないが、鬼頭さんは顔にやけどを負って自宅で療養していましたが、今日からここで授業を受けることになりました。一応特殊メイクでやけどをごまかしているので、プールと器械体操の授業は見学となりました。この件に関しては岩崎先生の了解も得ています。ズルいと思うかもしれませんが、その辺はみなさんにも了解してもらえると助かります。」

 しかし、みんなの反応は様々でしたが、これはすでに決まったことなので、納得するより他はありませんでした。


 その日の1時限目は国語でした。

 入内島先生が教科書を読んでいる間も、教室では私の噂話があとを絶ちませんでした。

「この続きを誰かに読んでもらおうかしら。」

 入内島先生は出席簿を指でなぞりながら、誰にするか決めていました。

「じゃあ、おしゃべりに夢中になっている王丸文子さんに読んでもらおうかしら。」

「えー!私ですか!?」

「おしゃべりが出来るほど余裕があるってことでしょ?」

「余裕なんてないですよ。」

 王丸さんはあわてて、教科書をパラパラとめくりました。

「先生、どこからですか?」

「しょうがない。じゃあ、鬼頭さん読んで。」

 私は教科書を読み上げました。

※「こうして幾度目かの『夏の花』を読み返すかの私に、あの死臭と瓦礫の町のまのびしたような静寂がよみがえる。身をよじって何かに訴えたいはずの老若男女の動きは鈍く、失語症になったような人々の間で、私もまた涙なく震えていた。」

「もう結構だ。」

 入内島先生は、こうして次々といろんな人を指名して読ませていきました。

※竹西 寛子…「広島が言わせることば」より


 放課後になって、私が帰ろうとしたら彩生と王丸文子さんが声をかけてきました。

「三千代、一緒に帰ろ。」

「うん。」

「鬼頭さん、私もいい?」

「いいよ。」

 帰り道、私は彩生と王丸文子さんと一緒に多摩センター駅の近くにあるファーストフードの店に立ち寄ることにしました。

「王丸さんとは同じクラスだけど、こうやって一緒に話すのって初めてだよね。」

「あ、私のことは文子でいいよ。私も鬼頭さんのことを三千代って呼ぶから。その方が接しやすいでしょ?」

「そうだね。文子は家どこなの?」

「私は栗平。彩生とは同じ中学だったの。」

「そうだったんだね。」

「そういえば、三千代の顔のやけどって、本当は嘘なんでしょ?」

「なんでそう思ったの?」

「うーん、なんとなく。誰にも話さないから正直に話してちょうだい。」

 私はこれ以上嘘が隠せないと思って、今までのことを正直に話しました。

「なるほど、イメチェンね。はっきり言わせてもらうけど、これじゃイメチェンじゃなくて、ただの変装よ。」

「自分でもわかっているんだけど、流れでそうなったの。」

「なるほどね。でも、こうなった以上は後戻りはできないから、私もあなたの派閥に入れさせてもらいたいの。休日のお出かけのメイクは私が引き受けてもいい?」

「うん。じゃあお願い。」

「了解!じゃあ、三千代を女王に決定ね。彩生もいいでしょ?」

「いいよ。」

 こうして、私の小さな派閥が誕生しました。



第5章、 私、大きな派閥を作ります。


 私が変装し始めてから2か月が経ち、学校でも私を取り巻く人が増えてきました。

 教室では私のことを、中世ヨーロッパ某国の貴族の末裔とか女王と決めつける人まで出てきました。

 私は「貴族の末裔」でも「女王」でもなく、「だたの一般庶民」だと言いたかったのですが、私が言ったところで誰も聞いてくれそうもなかったので、とりあえず「女王」と呼ばれることにしました。

 廊下や教室などですれ違うと私に頭を下げる人まで出てくる始末となり、私としては正直落ち着かない感じになりました。

 授業中も入内島先生からは「それでは、この続きを女王に読んでもらいましょうか。」と冗談交じりに言われる始末となりました。

 女王って何?私、普通の女子高生なんですけど。頼むから普通に名前で呼んで。

 私は黙って教科書を持って席から立ち上がりました。

※「彼はミキサーに引いてあるゴムホースの水で、ひとまず顔や手を洗った。そして弁当箱を首に巻きつけて、一杯飲んで食うことを専門に考えなら、彼の長屋へ帰って行った。発電所は八部どおり出来上がっていた。夕闇にそびえる恵那山は真っ白に雪を被っていた。汗ばんだ体は、急に凍えるように冷たさを感じ始めた。彼の通る足下では木曽川の水が白く泡を噛んで、吠えていた。」

 私が読み終えた瞬間、先生は「ありがとう」と言って、私を席に座らせ、次の人に読ませようとしました。

※葉山 嘉樹…「セメント樽の中の手紙」より

 

 午前中の授業が終わって、昼休みに入って教室で彩生と文子と一緒に弁当を広げようとしたら、お弁当箱を持ったクラスメイトがやってきました。

「お疲れ様です。女王、よかったら一緒に混ぜて頂けますか?」

「いいけど、この机の面積だとこれ以上は限界かなと思って・・・」

「じゃあ、中庭の芝生に行きませんか?あそこなら場所が取れますので。」

 同じクスの堀井真奈美が私たちを中庭に誘い出しました。

「じゃあ、今から中庭に行く?」

 私はみんなに確認をとったら、すぐに了解してくれました。

 中庭に行ってみるとすでに何人かの人が弁当を広げて、楽しんでいました。

「結構、人が多いのですね。」

 堀井さんは私に言ってきました。

「そうだね。やっぱ教室へ戻る?」

「奥にある日陰の部分の芝生が空いていますよ。」

 私が教室へ戻ろうと言い出したとたん、堀井さんは奥の日陰にある芝生の場所に指をさしましたので、そこで食べることにしました。

 日陰の芝生のせいか、じかに座ったとたんに、お尻に芝生の冷たさがもろに伝わってきて、正直座り心地はあまりよくなかったですが、我慢して座ることにしました。

「うわあ、女王のお弁当って美味しそうです。」

 私が弁当のふたを開けた瞬間、堀井さんは私の弁当を見るなり、おいしそうな顔をしていました。

「これ母さんが作ったものなんだけど、ほとんどがスーパーで買ってきた冷凍食品なんだよ。」

「それでもおいしそうです。」

「よかったら食べる?」

 私は堀井さんに勧めました。

「いいのですか?」

「うん。」

「じゃあ、このソースカツを頂いていいですか?」

「いいよ。」

「ありがとうございます。これ、ソースカツのお礼です。よかったら食べてください。」

 堀井さんは私の一口サイズのソースカツを持って行き、自分のミートボールを一つ私に差し出しました。

「そう言えば一つ気になったけど、堀井さんって私に敬語使っているよね?」

 私はさっきから使っている堀井さんの敬語に違和感を覚えました。

「うん、私も。」

 彩生も堀井さんの敬語を気にしていました。

「いけません。女王の前ではため口を使うなんて・・・。」

「あのさあ、堀井さんはいつから三千代の使用人になったの?クラスメイトなんだし、普通に名前で呼んでため口でいいんじゃない?」

 彩生は堀井さんに私へ普通に接するような言い方をしました。

「それじゃあ、女王に失礼です。」

 堀井さんもかたくなに断りました。

「失礼じゃないよ。それより疲れない?普段からこんな言い方をしているの。」

 私も堀井さんに普通に接するにように言いました。

「そうじゃないですが・・・。」

「じゃあ、普通に話そうよ。それとも私の家来でいたいなら話は変わるけど・・・。」

 堀井さんはしばらく考えました。

「じゃあ、女王のことを名前で呼んでもいいですか?」

「いいよ。」

「ありがとうございます。では、改めてよろしね。私のことは『マア』って呼んで。」

「まあ?」

「そう。真奈美だから、マア。」

「じゃあ、よろしくマア。ところで『マア』って面白い呼び名だね。」

「よく言われる。」

「マアって、家はどこなの?」

「新百合ヶ丘。」

「マジ!?私も新百合ヶ丘だよ。どの辺?」

「上麻生だよ。三千代は?」

「私は王禅寺西で、近くに王禅寺公園があるの。」

「知ってる。昔、あそこで遊んだことがある。」

 いつの間にかマアは私とため口で会話するようになりました。

「ちなみ私と文子は同じ駅で、中学校も一緒なんだよ。」

 今度は彩生が言い出してきました。

「彩生と文子は何中学出身なの?」

「私と文子は栗平南中学。家も栗平駅から近いんだよ。」

「幼馴染?」

「違うよ。文子って生まれは福井県だったんだけど、2年生の春に親の仕事の都合でこっちに引っ越してきたの。」

「そうだったんだね。」


 午後の授業が終わって、放課後になり、教室ではクラスメイト達が私に挨拶をして帰っていきました。

「女王、お先に失礼します。」

「うん、また明日。」

 私はみんなに手を振って見送りました。

 カバンに教科書とノート、筆記具などを入れていたら、後ろから誰かがポンっと肩を軽く叩いてきました。

 後ろを振り向いたら、彩生がいました。

「帰る準備、終わった?」

「今、終わったところ。」

「じゃあ、帰ろうか。」

 廊下には文子とマアがいました。

「2人ともお待たせ。帰ろうか。」

 私が黒のショートグローブをしていたら、マアが「あれ、三千代って手袋をしていたっけ?」と言ってきました。

「うん、行きと帰りだけは。」

「何か理由でもあるの?」

「特にないけど、一応なんていうか・・・、その・・・、いわゆるトレードマークみたいな感じ。」

 私はうまく理由が見つからなかったので、適当に返事をしました。

「そうなんだね。とても可愛いよ。」

「ありがとう。」

 4人で校舎を出ようとした瞬間、1人の1年生が小さな巾着袋を持って私のところにやってきました。

「鬼頭先輩・・・じゃなくて女王、お疲れ様です。」

「こんにちは、もしかして私を待っていてくれたの?」

「はい。これお口に合うか分かりませんが、家庭科の時間にクッキーを作ったので、よかったら食べてください。」

「ありがとう。あとで頂くね。」

「それと、顔のやけど大丈夫ですか?」

「なんでそれを?」

「麻衣子ちゃん先生から聞きました。」

「そうなんだね。でも、もう大丈夫だから。心配してくれてありがとう。」

「気を付けて帰ってください。」

 1年生はそう言って、校門で私たちを見送ってくれました。

 そのあと4人で小田急線に乗って、彩生と文子は栗平で降りて、私とマアは新百合ヶ丘まで行きました。

「私は歩いてすぐだけど、三千代はバスで帰るの?」

「マアの家ってどの辺なの?」

「マプレ商店街の外れの方。」

「じゃあ、私も一緒に歩いて帰るよ。」

「大丈夫なの?」

「たまには歩きもいいかなと思って。」

 私はマアに付き合って、歩いて帰ることにしました。

「じゃあ、私こっちだから。」

「じゃあ、また明日ね。」

 マアはマプレ商店街の出口を左に、私は右に曲がって歩いて帰ることにしました。


 家に着いて、私はウィッグとシリコンマスクを外して普段着姿になって、予習と復習を終えたあと、ベッドでスマホをいじっていました。

 「疲れた。」そう言っていつの間にか寝てしまいました。

 目が覚めた時には外は暗くなっていました。

 台所へ行ってみると母さんがいつの間にか食事の準備をしていたので、手伝うことにしました。

「何か手伝うことってない?」

「そうねえ、玉ねぎを切ってくれる?」

 その日はカレーライスでしたので、私は母さんに言われた通り玉ねぎを切ることにしたのですが、私は目が痛くならないように4等分にしたあと、一度水の入ったタライの中へ入れてから切るようにしています。(そのやり方でいくと、目が痛くなりにくくなります。)

 夕食の準備が出来上がって、私は目の前のカレーライスと野菜サラダを食べていた時でした。

「三千代、最近学校はどう?」

 母さんは珍しく学校のことを持ち掛けてきました。

「いつも通りだよ。」

「それならいいけど。」

 母さんが普段持ち掛けない話題を持ち掛ける時は、何か探りを入れる時でしたので、私は少し警戒に入りました。

「そういえば、お友達をまだ家に呼んでいないみたいだけど・・・。」

「呼ぼうと思っているんだけど、友達もなかなか忙しいみたいで。」

「今度、お母さんにあんたのお友達を紹介してね。」

「うん、わかった。」

 母さんは特に探りを入れてこなかったので、何とか切り抜けが出来たと思っていましたが、これから先は用心しなくてはと思いました。

 何しろ、女王になっていることは秘密にしているので、何がなんでも守り抜こうと思いました。

 しかし、ばれるのも時間の問題。だからと言って、今カミングアウトしたら、大変な騒ぎになるのはわかっている。少し様子を見ることにしよう。

 お皿の上に残っているカレーライスを食べ終えた後、私は食器を片付けて、冷凍庫から棒付きのチョコアイスを取り出して、自分の部屋に戻りました。


 次の日の朝、私はいつものように8時ごろコスプレ研究部の部室に入って入内島先生にメイクをしてもらったあと、教室へ戻ったら彩生たちがファッション雑誌を広げていました。

「おはよう。」

「おはよう、三千代。」

「これって、今月号のファッション雑誌だよね。誰が持ってきたの?」

「ああ、これ私が持ってきたの。」

「彩生が持ってきたんだ。」

「ちょっと読ませてくれる?」

「うん、いいよ。」

 私は彩生からファッション雑誌を借りてパラパラとページをめくりました。

「ざっと見せてもらったけど、どれもみんな大人系だよね。」

「うん、これ大人向けだから。」

「ティーンズはないの?」

「ティーンズだと、イメージダウンするって言うか、ちょっとガキぽい感じがするよ。」

「今の三千代は大人向けの方が絶対似合うと思うよ。・・・って言うかそっちに慣れた方がいいって。」

 私は彩生の言葉を納得いかない顔で聞いていきました。

「でも、ちょっとくらいガキ入った方が可愛いかなって思ったど・・・。」

「それだと、間違いなくなめられるよ。」

「確かにそうだけど・・・。」

「それと、三千代は女王としての威厳を見せた方がいいよ。って言うか自覚なさすぎ。」

「同じ女王なら、平凡で地味な方がいい。」

「まあ、そう言わずに。女王となった以上、少しくらい派手な方がいいって。」

 彩生は半ば強引に私を納得させました。


 ホームルームが始まって、入内島先生から中間試験の日程のプリントが配られました。

 試験は6教科、初日は理科と現代社会A、二日目が現代社会Bと数学、最終日は英語と国語でした。

 日程を見るなり、みんなは不満な声を上げていました。

「普段からきちんと予習と復習をやっていれば、問題ないはずだ。ま、普段から遊んでばかりの人間にとっては地獄だけどね。」

 入内島先生はイヤミっぽい感じでみんなに言いました。

「ヤバイよう。私全然勉強やっていない。」

 彩生は「ムンクの叫び」のような顔になって震え始めました。

「今さら怯えても遅いよ。私なんか試験の前日まで遊んじゃうから。」

 マアは完全に諦めた感じの顔になっていました。

「ちなみに赤点をとった人間は再試験を受けてもらう。」

「麻衣子ちゃん、赤点って何点ですか?」

「紅林、まさかとは思うが勉強してないでしょ?」

「しているけど・・・。」

「しているけど、なんですか?」

「すみません、本当はやっていませんでした。」

「要するに、授業中うたた寝をしていたから、理解していなかったってわけなんだね。」

「しょうがない。放課後、少しだけなら見てあげるから。その代り家でもちゃんと勉強するんだよ。ちなみに紅林以外で、見てほしい人はいる?」

 その時、マアも手を挙げました。

「堀井もか。あとはいる?」

 そのあと、数人が手を挙げたので入内島先生は放課後に勉強会を開きました。


 放課後になり、彩生とマアは入内島先生の勉強会に出ることにしました。

 私と文子は普段から予習と復習をやっていたので、家で勉強すれば何とか赤点から回避が出来そうでしたので、勉強会には参加しないで家に帰ることにしました。

 廊下では相変わらず下級生たちが私を見ては「女王、お疲れ様でした。」とか「女王、試験勉強頑張ってください。」と言って見送ってくれました。

「三千代って相変わらず、下級生たちにモテモテだね。」

「女の子に好かれてもね・・・。」

「私なんか、廊下ですれ違っても道端の石ころと同じ扱いだよ。」

「それも何かかわいそう。」

 校門を出て駅に向かう途中でもランニングをしていた運動部から「女王、お疲れ様でした。気を付けて帰ってください。」と言われたので、私は軽く手を振って返事をしました。

「そういえば、あの二人って大丈夫なの?」

 駅に着いてから文子は何かを思いついたかのように彩生とマアのことを振ってきました。

「大丈夫って言うと?」

「だって、あの二人って普段から勉強してないし、授業中はほとんど上の空って感じでいたでしょ。だから、何をどう質問したらいいか分かっていないと思うんだよ。」

「確かにねえ。」

 私もこれに関しては文子に同感しました。

「赤点だけは回避してもらいたいよね。」

 文子はため息交じりに呟きました。

 電車に乗って帰宅したあとも、私は勉強している最中、彩生とマアのことが気になって仕方がありませんでした。

 しかし、私がそれを気にしても始まらないので、勉強に集中することにしました。


 そして迎えた試験当日。

 教室の中に入るとみんなは、ノートや参考書を広げて最後の確認をしていました。

「おはよう、彩生。勉強会の成果はどうだった?」

「全然だよ。」

「少しは勉強したんでしょ?」

「うん。」

「従姉妹にも助けを求めたけど、断られた。」

「従姉妹って、近くで美容室をやっている人?」

「忙しいし、教えるのは自信がないって。従姉妹、こう見えても頭がよかったから。」

「そうなんだね。」

 予鈴が鳴って、試験監督は問題用紙と解答用紙を配り始めました。

 試験監督が「試験開始」の号令を出した瞬間、みんなは問題を解き始めました。

 マーフィーの法則には「試験開始とともにすべての記憶が消去される」と書かれていましたが、まさにその通りでした。

 最初の問題で頭を抱えている人、選択肢の問題で鉛筆を転がして、どの答えにするか決めている人、様々でした。

 さらに試験終了間近になると、シャープペンの芯が折れる音まで聞こえてきました。


 すべての試験が終わって、みんなは感想を言い合っていました。

「試験どうだった?」

 私は彩生とマアに聞きました。

「かなり絶望的だったよ。」

「私も再試験確定だよ。」

 2人は私に泣きそうな声で言ってきました。

 このあと短い試験休みとなって2人に遊びを誘いましたが、部屋から一歩も出たくないと言ってきたので、文子と2人で多摩センターの駅前で遊ぶことにしました。


 試験休みが終わって各教科担当から答案用紙を返されました。

 みんなは答案用紙の見せ合いっこをしている中、彩生とマアは点数の部分を隠して私と文子には見せようとしませんでした。

「彩生とマアはどうだったの?」

 彩生とマアはしぶしぶと答案用紙を私に見せました。

 すると彩生は数学だけ赤点、マアは理科だけ赤点でした。

 後日2人はそれぞれの再試験に向けて勉強し、無事合格しました。

 しかし、これから先、とんでもない恐怖が私を待ち構えていました。



第6章、 私、母に変装の秘密がばれてしまいます。


 中間試験が終わってから2週間。私は何の変りのない生活を送っていました。

 その日も学校帰りに多摩センターの駅前にあるファーストフードの店で立ち寄って、私たちはハンバーガーを食べながら、週末の予定について話していました。

「そういえば三千代は次の日曜って、予定どうなっているの?」

「私は特に予定がないかな。」

 彩生は私たちに予定を確認しました。

「文子は?」

「私はその日、親と親戚の家に行く予定になっているから。」

「そうなんだ。じゃあ仕方ないね。」

「マアは?」

「私は幼稚園の同窓会があるから無理。」

「じゃあ、2人で遊園地に行こうか。」

「いいねえ。」

「どこの遊園地にする?」

「よみうりランドは?」

「じゃあ、そこにしようか。待ち合わせは新百合ヶ丘駅のバス乗り場でいい?」

「そこにしよう。」

 こうして2人で遊園地に行くことにしました。


 その日の夕食、またしても母さんが学校の話題を持ち掛けてきたので、今度こそばれる。そう思って覚悟を決めていました。

「そういえば最近家を出るのが早いけど、学校で何をしているの?」

「何って・・・、気になるの?」

「運動部に入っているわけでもないのに、大きなバッグを持ち歩いているわよね?」

「だって、体操着を入れるとなったら、大きいバッグが必用となるわよ。」

「そう。じゃあ、改めて聞くけど早朝に出ていく理由は?」

「遅刻したくないのと、誰もいない教室で1人でいるのが好きだから。」

「それにしても、早すぎると思うけど。ま、いいわ。三千代の言う通り遅刻しないのはいいことだと思うよ。」

 母さんは食器を下げて、洗い始めました。


 部屋に戻り、私はすぐに彩生のスマホにつなげました。

「もしもし?」

「彩生、今大丈夫?」

「大丈夫だけど、どうしたの?」

「変装がばれそう。」

「探りを入れられたの?」

「うん、最近夕食の時に学校の話題を持ち掛けているから。」

「それだけ?」

「ただの世間話じゃない?」

「ならいいんだけど・・・。最近目つきが鋭いんだよ。」

「もうばれた時には正直に話した方がいいよ。一度探りを入れられたら、最後だから。あ、ごめん。このあと風呂に入らないといけないから切るね。」

 彩生はそう言って電話を切りました。

 これって、遠回しに親に白状しろってこと?でも今は黙っておこうと思いました。

 翌朝も母さんの目つきは疑惑に満ち溢れていた状態で、玄関で私を見送りました。


 昼休みになって、私は芝生で弁当を広げながらみんなに昨日の夜のことを打ち明けました。

「実は私の変装、親にばれるのが時間の問題になってきたの。」

「マジ!?」

 マアは私の一言に驚いていました。

「ここ何日か食事の時間に探りを入れるかのように、私に学校のことを聞き出してくるの。」

「それって、三千代のことを心配してじゃなくて?」

 今度は文子が口をはさんできました。

「それならいいんだけど・・・。」

「例えば、部屋の中とか見に来た?」

「そこまでは・・・。」

「なら大丈夫じゃない?」

 私は少し間を置いてから、返事をしました。

「ずっと様子を見てきたけど、そろそろ限界かなと思ってきたの。」

「もう少し様子見た方がいいわよ。」

 文子は私に様子を見るよう言いました。


 午後の数学の授業も満足に身が入らず、ずっと上の空でいました。

「では、次の問題を誰かに解いてもらいましょうか・・・。」

 野沢順子先生は出席簿を広げて誰にするか、選んでいました。

「じゃあ、鬼頭さんに解いてもらいましょうか。鬼頭さん、黒板に来なさい。」

 私がぼうっとしていたら、後ろから彩生がシャープペンで私の背中をつついてきました。

「三千代、呼ばれていいるよ。」

「はい!」

 私は返事をしたあと、教壇の上でチョークを持って考えてしまいました。

「どうしたのですか?」

 野沢先生は教科書を持って私を見ていました。

 私はしばらく問題を見て考えていました。

「わかりません。」

「しっかいりしてよね。もうじき期末なんだから。」

「すみません。」

 私が席に着いたとたん、後ろから彩生が声をかけてきました。

「どうしたの?」

「あとでいい?」

「わかった。」


 午後の授業が終わって放課後になり、改めて彩生に話すことにしました。

「三千代が先生に注意されるなんて、珍しいじゃん。」

「実は家のことが気になって・・・。」

「まだ気にしていたの?」

「うん。」

「思い切って打ち明ければいいじゃない。」

「そうしようと思ったけど、なかなか出来なくなって・・・。」

「私が言うのも変だけど、隠しているといいことなんか何もないよ。」

「それが出来れば苦労しないよ。」

「とにかく、こうしていても始まらないから帰ろう。」

「そうだね。」

「ちなみに親って何時ごろ仕事から戻ってくるの?」

「いつも6時30分くらいかな。遅い時で7時を回る時がある。」

「なら普通に帰っても問題ないってことだよね。」


 そのあと4人で電車に乗り、栗平で彩生と文子と別れたあと、新百合ヶ丘からはマアと一緒に帰ることにしました。

「まだ気にしてる?」

「うん。」

「今夜、うちに泊まる?」

「そうしたいけど、そのまま家に帰るよ。」

「私、思うんだけど、本当に探りを入れているなら部屋の中を隅々まで調べると思うよ。それをやっていないのなら、ただの世間話で終わると思うよ。」

「そうかなあ。」

「三千代は少し神経質になりすぎ。少しリラックスをした方がいいよ。」

「わかった。」

「あと変装がばれるのが怖いのなら、下のトイレで変装を解いてもいいんじゃない?誰もいないし、やるなら今のうちだよ。」

 私は少し考えたあと、マプレ商店街の下にあるトイレに行って変装を解きました。

「お待たせ。」

「一つ聞いていい?」

「なんで親に隠れてやっているの?」

「うちの両親、世間体とか気にしているタイプだから。」

「要するに『うちだけならいいけど、近所の目も少しは気にしろ』って言うのが親の言い分なんでしょ?」

「うん。」

「だったら、これを機にやめたら?そしてみんなの前で正直に白状した方がいいと思うよ。」

 私はマアの乱暴な一言に少し角が立ちましたが、言っている内容がもっともだったので、何も言い返さず我慢をしました。

 家に戻っても誰もいなかったので、そのまま勉強して一日を過ごしました。


 あれから一週間が経ちましたが、特に変わった様子もなく、いつも通りの日々を過ごしていました。

 しかし「天災は忘れたころにやってくる」と、ことわざにもあるように、これからとんだ災難が私にやってきました。

 放課後、いつものようにみんなと別れて家に戻ってみれば、かけたはずの玄関の鍵が開いていました。

 家の中には掃除機の音が聞こえてきたので、もしやと思って私が慌ててシリコンマスクとウィッグを外しましたが、すでに手遅れになっていて、母さんが私の部屋に掃除機をかけていました。

「あら、お帰り。」

「ただいま。今日は早かったんだね。」

「今日は午後から半日休暇をとったの。それより手に持っているものは何?」

「あ、これ?文化祭の劇で使う小道具だよ。」

「文化祭って・・・、まだ夏休みにも入っていないのに?」

「うちの学校、早めに決めるから。」

「うそ、正直に話してちょうだい。」

 母さんの眼力は鋭くなってきました。

「実はイメチェンで・・・。」

「イメチェン?明からに変装とかコスプレだよね?」

 母さんは被疑者をとり調べるような目つきで言ってきました。

「友達からの提案で。」

「あんたの友達って、随分と変わっているんだね。」

「よく言われているんだよ。」

「お面被ってカツラ被って何も感じなかったの?」

「それがよく出来上がっていて、口や目も動くんだよ。」

「要するにそれで、みんなを騙していたというわけなんだね。」

「騙していたって・・・、人聞きの悪いことを言わないでよ。」

「でも、これを外で被っていたということは学校でも被っていたということなんでしょ?」

「そうだけど・・・。」

「もう一つ聞きたいけど、あんたが変装しているってことは担任の先生は知っているの?」

「うん。メイクとか学校でやってもらっている。」

「誰にやってもらっているの?」

「入内島先生に。ちなみ学校のほとんどの人も知っている。」

「そうなんだね。本当は今すぐ辞めさせたいところだけど、あなたにも事情があるみたいだから、続けてもいいことにする。その代わり、今夜はお父さんにも話しておくから。」

「お父さんには言わないで。」

「だめ。このことはきちんと言っておきます。」


 その日の夜、仕事から戻ってきた父さんは疲れ切った顔をして私と母さんの前にやってきました。

「おい、メシは?」

 帰ってきた父さんの最初の一言はご飯の催促でした。

「あなた、お疲れのところ申し訳ないんだけど、お食事の前にちょっとだけお話に付き合って欲しいの。」

「勘弁してくれよ。今日だって目一杯働いてきたんだから。それでメシの前に話ってなんだ?」

 仕事で疲れた上に、母さんの話に付き合わされて、父さんのストレスは一気にうなぎ上りでした。

 母さんは私の部屋から金髪のウィッグとシリコンマスクを持ってきて父さんに見せました。

「実は三千代が最近外出する時に、こんなのを被っているみたいなんだけど。」

「金髪のカツラとゴムでできたお面だよな?三千代、お母さんの言っていることは本当か?」

 私は黙って首を縦に振りました。

「何でこんなものを被って表を歩いているんだ?」

「実はひょんなことから、こうなってしまって・・・。」

「ひょんなことって言うと?」

「友達に勧められて・・・。」

「普通の友達は変装して表を歩かせるようなことはさせないはずだ。」

「でも、これで学校にかよっていたのも事実だし。」

「学校では何か言われているか?」

「特に何も言われていないよ。」

「それにしても不自然過ぎる。おい母さん、明日仕事を休んで学校で先生から聞いてきてくれないか?」

「そうだね。」

 父さんは母さんに学校で先生から聞きだすよう、言いました。

「それと学校で被っている理由も聞かせてくれないか?」

 さらに父さんは、私に変装のことを問い詰めていきました。

「実は、最初は変装して別の人間になり切るつもりだったのが、担任の入内島先生にばれてしまったんだけど・・・、それが反対されるどころか、逆に先生も協力してくれることになって、早朝にメイクをしてくれることになったの。先生からの提案で、顔にやけどして特殊メイクでごまかしていると言うことにして、学校で被ることになったの。」

「なるほどね。」

 父さんはネクタイを少し緩めて話を続けました。

「もう一つ聞きたいのだが君が持っているカツラとゴムのお面はどうしたんだ?明らかにお前の小遣いでは買えないだろ。」

「友達の家族から譲ってもらった。」

「友達の家族は何をやっているんだ?」

「お父さんが特殊メイクの仕事をやっていて、従姉妹が美容室。」

「要するにお面はおじさんからで、カツラは友達の従姉妹から譲ってもらったんだね?」

 またしても私は黙って首を縦に振りました。

「友達の名前はなんていうんだ?」

「紅林彩生です。」

「悪いけど、友達の電話番号を教えてくれないか。」

 私はスマホで彩生の家の固定電話につなげたあと、父さんに代わりました。

 父さんは電話に出るなり、彩生の家族にお礼の挨拶をしました。


 次の日、母さんは会社を休んで、学校で入内島先生と直接話をすることにしました。

「お母さん、ここではなんですから別部屋にご案内しますので、こちらでゆっくりお話をしませんか?」

 母さんは入内島先生に案内されて相談室まで向かいました。

「今日はお忙しい中、ご足労頂いてありがとうございます。」

「実は娘から聞いたのですが、学校で特殊メイクをされているって本当なんですか?しかも、顔にやけどをされたと嘘までついて、シリコンマスクを被らせていると伺ったのですが・・・。」

「お母さんがおっしゃっていることは事実です。」

「では学校の中でシリコンマスクとウィッグを被っているって言うのは事実なんですね?」

「ただ、誤解しないで欲しいのは決していたずら目的ではないのです。それだけはわかってください。その証拠に同級生や下級生からも慕われているのです。」

「同級生や下級生に慕われるのは結構ですが、そもそものウィッグやシリコンマスクを被る目的が不明確なんですけど。」

 母さんは警察の取り調べのように容赦なしに入内島先生を問い詰めていきました。

「ご本人はイメチェンだとおっしゃっていました。」

「イメチェンにしては随分と凝ったやり方をされているのですね。先生は反対されなかったのですか?」

「私は生徒に『やりたいことがあれば、なんでもやるように』と言っています。ですから娘さんには早朝に来ていただいて、私がメイクの手伝いをしました。」

「そうなんですね。最近娘がバカみたいに朝早く家を出て登校されていたので不審に思っていたのですが、その理由がよく分かりました。」

「お分かりいただいて、ありがとうございます。」

「最後にお伺いしますが、顔にやけどをされたと言う嘘は娘と先生のどちらが考えたのですか?」

「私です。シリコンマスクと言う特殊メイクをされている以上、他の生徒に疑問を持たれないようにするための作戦だったのです。他の先生方にも娘さんの顔がやけどをされたことを通達して了承を得ました。」

「了承を得るためにどんなことをされましたか?」

「妹が皮膚科医をされているので、診断書を発行していただきました。プールと器械体操の授業は体育教師の岩崎に見学届を出しています。」

「そうなんですね。娘がそこまでして変装をしたいのなら、これ以上のことは言いません。ただし、一度でも娘が迷惑行為をされた時にはすぐに変装を辞めさせます。それと今後、早朝にされているメイクは私が引き受けます。」

「わかりました。」

 母さんはきつい口調で入内島先生に返事をしたあと、席から立ち上がりました。

「今日はお忙しい中、お時間をちょうだいしていただきまして、本当にありがとうございました。」

 母さんが相談室を出たあと、入内島先生はお辞儀をして見送りました。


 帰宅後、母さんは私を居間に呼んで話をしました。

「今日、あなたの担任とお話をしてきました。それで特殊メイクの件なんだけど、お母さんは反対はしません。その代わり、あなたが一度でもそれによって誰かに迷惑をかけるようなことがあれば、すぐに辞めさせます。」

「ありがとう。」

「それともう一つ、早朝学校で先生にメイクをしてもらっているみたいだけど、今後は母さんが引き受けます。」

「ありがとうございます。」

 母さんの言い方はきつかったけど、何だかんだで私のやっていることを許してくれました。

 その日の夜、私はLINEで友達に特殊メイクが親公認になったことを伝えました。


 次の日の朝、出発前に母さんが私のシリコンマスクにメイクをして、そのあとウィッグを被せました。

「本当に別人だね。口とか動くの?」

 母さんは疑惑に満ちた顔で私の顔を眺めていました。

「母さん、そろそろバスが混む時間になるから、この辺にしてくれない?」

「あ、そうだったね。気を付けて行くんだよ。」

 私が玄関を出ようとした瞬間、母さんが引き留めました。

「母さん、今度は何?」

「あなた、今回の件で友達にも心配をかけたんでしょ?学校へ行ったらちゃんと謝るんだよ。」

「うん、わかった。」

「じゃあ、早く行きな。」

 私は急ぐかのように学校へと向かいました。



第7章、 私、定期試験を頑張ります。


 母さんの騒動から2週間が経ち、私が友達にすべて報告して謝ったら、みんなは口々に「よかったね。」と言って安心しました。

 学校では夏休み前に行われる最大のイベント、すなわち期末試験がありました。

 中学のように美術や音楽などの試験はありませんが、試験の難易度は中間試験に比べると高い上に、各教科の試験範囲は半端なく広かったので、私はそれなりの覚悟を決めました。

 しかし、すぐ後ろにいた彩生の顔は、またしても「ムンクの叫び」になっていて、私に助けを求めるスタンバイに入っていました。

 少し離れた席に座っているマアは完全にあきらめたのか、試験の日程などそっちのけにして、スマホに夢中になっていました。

 しかも、赤点取れば夏休みは言うまでもなく毎日補習を受ける羽目になってしまいますが、こんな時マアは緊張感がないのか放課後私たちをカラオケに誘おうとしていました。

 マアはLINEで私たちに<放課後、カラオケに行こう>って送信しましたが、その一部始終を入内島先生に見られてしまいました。

「堀井さん、スマホなんかいじって随分と余裕だね。」

「そんなことありません。」

「次の試験では間違いなく、赤点から回避できるんでしょ?」

「・・・・。」

 マアは入内島先生に問い詰められて、額から汗が止まらない状態になってしまいました。

「じゃあ、なんでスマホをいじっていたのですか?私の話って、そんなに退屈?悪かったね、つまんない話を聞かせて。私だって好きでこんな話をしているんじゃないんだよ。」

 入内島先生は鋭い目つきでマアを見つめていました。

「麻衣子ちゃん、マジギレする直前になっているよ。」

 彩生は耳元で私に小さくささやきましたので、私は小さくうなずいて返事をしました。

 マアは入内島先生に容赦なくきつい言葉を言われたあと、「期末で赤点取ったら夏休みは補習」だと言われ、何も言い返せなくなりました。

「先生、補習だけは勘弁してください。夏休み遊びの予定を立ててしまったんです。」

「なら、そうならないようにきちんと勉強しなさい。」

「はーい。」

 マアは少し納得のいかない顔をして返事をしました。

 

「マア、よかったらうちで勉強会をしない?」

 放課後になり、私はマアに一緒に勉強するよう、声をかけました。

「いいけど、大丈夫なの?」

「前にも言ったけど変装のことは大丈夫だよ。もう親公認だし。それともまだ何か?」

「ううん、大丈夫。」

「今日は親も帰りが遅いから、少しくらい遅くなっても大丈夫だよ。赤点取ったら間違いなく補習だよ。それでもいいの?」

 私がマアに勉強会に誘っている間、文子も彩生に勉強会を誘いました。

 その日の放課後はマアが私の家に来て、彩生が文子の家で勉強することになりました。

「おじゃましまーす。」

 マアは少し緊張気味で私の部屋に入りました。

「私の部屋に入るの、初めてだっけ?」

「うん。」

 私はすぐに折りたたみのテーブルと座布団を用意しました。

「お茶とお菓子を用意するから、悪いけどここに座って待ってくれる?」

 マアは座布団に座るなり、私の部屋をキョロキョロと見渡しました。

「ねえ、アルバムとかってないの?」

「あるよ。」

「よかったら見せてくれる?」

「保育園の卒園アルバムでよかったらいいよ。その代わり、見終わったらちゃんと勉強するんだよ。」

 マアが私の卒園アルバムを見ている間、私は台所でペットボトルのお茶と袋菓子を用意して部屋に戻りました。

「保育園の時の三千代って可愛いね。これって親子遠足の写真でしょ?」

 私はそっとアルバムを覗き込みました。

「そうだよ。」

「どこへ行ったの?」

 私は写真を見て記憶を探りました。

「この芝生、確か相模湖ファミリーランドだったような気がした。」

「そこなら家族と一緒に行ったことがある。」

 マアはさらにページをめくっていきました。

「これって、運動会だよね?」

「うん。庭って言うか外で遊ぶ広場が狭いから、近所の児童公園に行ってやったの。」

「そうなんだ。そこはやっぱり幼稚園と違うんだね。」

「マアは幼稚園出身なの?」

「そうだよ。」

「今度、マアの卒園アルバム見せてくれる?」

「いいよ。じゃあ、試験が終わったらうちに来なよ。」

「そうさせてもらうね。」

「まさか、保育園の時の女王ってこんなに可愛かったとは思わなかったよ。」

「恥ずかしいから、この話は終わりにしよ。」

 私はすぐに勉強をするよう、促しました。

「そういえば気になっていたけど、三千代って部屋でもシリコンマスクとウィッグ、手袋しているの?」

「あ、忘れていた。ちょっと外すね。」

 私はその場でウィッグとシリコンマスク、手袋を外してベッドの上に置きました。

「三千代の素顔って、可愛いんだね。」

「見たことがなかった?」

「確か、一度だけ。変装しているのがもったいないよ。」

「でも、もう後戻りが出来ないから。」

「そっかあ、みんなには顔をやけどして特殊メイクでごまかしているって、嘘をついたんだよね。」

「うん。」

「じゃあ、仕方がないか。」

「わかっていると思うけど、このことは学校では・・・。」

「わかっている。絶対誰にも言わないよ。」

 マアは右手の人差し指を私の口元に当てました。

「ありがとう。じゃあ、勉強の続きを始めようか。」

 その日は現代社会をやっていましたが、マアはどうも勉強に身が入っていませんでした。

「マア、分からない所ってあるの?」

「どこが分からないのか、分からない。」

「それって、完全に理解してないってことだよね?」

 私は一から順に全部教えていきましたが、中盤にさし掛かりマアの顔はすでに限界を訴えかけていました。

「マア、大丈夫?」

「うん、何とか。」

「ちょっとだけクイズを出すけどいい?」

「いいよ。」

「今の憲法が制定されたのはいつ?」

「11月3日。」

「それじゃ、答えにならないよ。何年の11月3日?」

 マアはシャープペンを持ちながら考えました。

「わからない。」

「昭和21年11月3日、今の文化の日だよ。」

 マアは私に言われたことをすぐにノートに記録していきました。

「次、今の憲法が施行されたのはいつ?」

「昭和22年5月3日、今の憲法記念日。」

「正解!」

 マアは私に褒められて少し照れていたので、この調子で私はマアにクイズを出していったら、いつの間にか時計は夕方6時を回っていました。

「マア、今夜うちで夕食を食べていかない?」

「せっかくだけど、家で私の分を用意していると思うから帰るよ。」

「もう少しでお母さんが帰ってくると思うから待ってくれる?」

「その気持ちだけ受け取っておくよ。それに今日三千代に教わったことを忘れないうちに家で復習をしておきたいから。」

「そっかあ。ちなみに明日も来られそう?」

「明日は麻衣子ちゃんに頼んで、国語を見てもらうよ。」

「そうなんだね。じゃあ、途中まで送るよ。」

 帰り道、私とマアは終始無言のままマプレ商店街の入口まで歩いていました。

「ここから先は1人で帰れるよ。今日はありがとうね。」

「たいした教え方が出来なくてごめんね。」

「ううん、三千代のおかげで赤点から回避できそうだよ。」

「期末頑張ろうね。」

 私は手を振って、マアを見送りました。

 その帰り道、私はコンビニへ立ち寄ってお菓子を買って帰りました。


 そして、迎えた期末試験。

 この試験が終われば「夏休み」と言う名の天国を迎えるだけでした。

 試験監督から問題用紙と解答用紙を渡され、みんなはプレッシャーに耐えながら問題を解き始めました。

 すべての試験が終わったその放課後、私と彩生と文子、マアは多摩センターのファーストフードの店に立ち寄って夏休みの予定を立てていました。

「まずはお疲れ様でした。」

 彩生はコーラの入ったコップで乾杯を始めました。

「私、三千代のおかげで赤点から回避出来そうだよ。」

 マアは自信ありげに言いました。

「お、さすが女王様。教え方もパーフェクトだね。」

 彩生は少し冷やかすような感じで言ってきました。

「そんなことないって。マアの覚えるスピードが速かっただけなんだよ。」

「そのおかげで楽しい夏休みになるんだから、三千代には本当に感謝しているよ。」

「そう思っているなら、普段からちゃんと授業中に先生の話を聞きなさいよね。」

「はーい。」

 私とマアのやりとりに彩生と文子は笑っていました。

「それで夏休みなんだけど、みんなでお出かけをしたいんだけど・・・。どこにする?」

 彩生はみんなに行きたい場所を聞きました。

「海水浴とかプールは?私、新しい水着とか欲しいし。」

 マアは海水浴やプールを提案しました。

「マア、泳ぐのもいいけどさ、三千代が・・・。クラスの人に遭遇したらマズいんじゃない?」

 文子はマアの意見に反対しました。

「大丈夫よ。変装を解けばいいんだから。」

「その変装を解いたのを誰かに見られたらどうするの?って聞いているの。それに海水浴場って、たちの悪いナンパも多そうだし。」

「じゃあ、あきらめる。」

 プールと海水浴が却下された瞬間、マアは少しがっかりしていました。

「じゃあ、キャンプは?」

 気を取り直して、今度はキャンプを持ち掛けてきました。

「道具はどうするの?」

「・・・。」

「何で返事しないの?」

「道具がない。」

 文子はあきれた表情で却下しました。。

「花火大会は?」

「それならいいんじゃない?」

 文子はマアが持ち出した花火大会に同意しました。

「あ、今思い出したけど西伊豆に親の別荘があるんだけど、そこから砂浜まですぐみたいなの。しかも、利用客が少ないから、変装を解いても大丈夫かも。」

 私は急に何かを思い出したかのように、みんなに言いました。

「それを先に言いなさいよ!」

 マアは急に私の前でかんしゃくを起こしました。

「だって、今思い出したんだから。あと、うちの車ワンボックスだからみんなが乗っても余裕があるよ。」

 こうして、西伊豆への海水浴の準備が始まろうとしました。


 試験休みが終わって、学校で答案用紙が返却され、全員赤点から回避することが出来ました。

「堀井、鬼頭に感謝しろよ。」

 現代社会Bを担当してる古屋太郎先生は答案用紙を渡すときに、一言お礼を言うよう、マアに言いました。

 マアは答案用紙を見るなり、飛び上がって喜びました。

「三千代、やったよ。」

 私はマアの85点の答案用紙を見てびっくりしました。

「マア、やったじゃん!」

「うん、これも三千代のおかげだよ。」

 さらに彩生が後ろから覗き込むような感じでマアの答案用紙を見ました。

「マア、ついにカンニングしたな。」

「彩生、失礼なことを言わないでよ。私はちゃんと三千代に見てもらいながら勉強したんだから。」

「ハハハ、冗談。マアがそんなインチキしないことぐらいわかっているわよ。」

「ひどいよ!」

「だから、本当にごめんって。ちゃんと謝るから。この通り。」

 彩生はマアに頭を下げて謝りました。

「もういいって、私も気にしてないから。」

「本当に?」

「本当よ。」

 マアは彩生が冗談を言っていたと分かっていても、顔はまだ不機嫌のままでいました。

「それより夏休みなんだけど、いつ出かけるの?」

 彩生は私に確認をしてきました。

「お母さんに確認したら、お盆が明けてからにするって。」

「それって何日ぐらい?」

「滞在日数のこと?」

「じゃなくて、いつから出かけるかってこと。」

「ごめん、まだ確認してないから、あとでみんなにLINEで送るね。」

「頼むね。」


 その日の夕方、私は夕食の準備を手伝いながら母さんに日程の確認をしました。

「母さん、夏休みの旅行っていつからいつまでだっけ?」

「8月16日から8月18日まで。」

「ありがとう、あとで友達に伝えるね。」

「いいけど、ちゃんとご飯を食べ終えてからね。」

「わかっているって。」

 我が家の食事のルールはスマホ使用禁止になっているので、私は夕食を食べ終えたあと、部屋に戻ってLINEでみんなにメッセージを送りました。

 その数分後にはみんなから「了解」の一言の返事がきて、これから私たちの楽しい夏休みが始まろうとしていました。



第8章、 私、夏休みをエンジョイします。


 今日は1学期の終業式でしたので、いつもジャージ姿の先生たちも、その日だけはスーツ姿で参加していました。

 終業式って言うのは、退屈な上に校長先生の眠くなるような長い話を聞かされるので、当然生徒たちの間では私語が目立ってしまいますが、それと同時に先生たちの「静かにしろ!」と言う怒鳴り声も聞こえてきます。

 しかし、話を聞かないで世間話に夢中になっている方が悪いので、誰も口答えはせず、大人しく静かになってしまいました。


 教室に戻って、私たちはすぐに通知表を受け取って家に帰れると思っていたのですが、そうでもありませんでした。

 ホームルームで入内島先生が<夏休みの注意事項>と書かれたプリントをみんなに配って、そのあと「宿題」という名の嫌なお土産が配られました。

 さすがに自由研究や読書感想文はなかったのですが、その分主要教科の宿題がどっさりと渡されたので、みんなはブーイングを飛ばしました。

「先生、私夏休みにコミケと家族旅行があるんですけど。」

「私も、コミケに向けて衣装の準備があるんですけど。」

「そんなの知るか。」

「じゃあ先生、部室の衣装を貸してもらえますか?私、少なくともコスプレ研究部なので、借りる権利があります。」

「いいけど、部活なら部活らしくきちんと衣装を返す時に<活動報告書>を書いて提出してよね。」

「わかりました。そうさせてもらいます。」

「あ、そうそう。言い忘れたけど、宿題をやって来なかったら、放課後毎日居残りの補習だから。」

「ふざけないで!私、一週間家族と一緒にハワイ旅行に行く予定となっているんだよ。」

「そういう風に文句をぶつけている人間ほど、普段から何の計画も立てず、ダラダラと時間を過ごして、夏休みの最後の方になって友達に泣きつくんでしょ?それがいやなら、毎日計画を立てて、旅行やイベントの日までに終わらせる努力をしてみなさい。」

 入内島先生の意見がもっともだったので、さすがにこれ以上のブーイングは飛んできませんでした。

 

 通知表を受け取ったあと、恒例の見せ合いっこをして家に帰ることにしました。

「ねえねえ、このあとって予定どうなっているの?よかったら水着を買いに行かない?」

 彩生はみんなに聞きましたが、私と文子が家に帰って宿題をやると言い出したとたん、彩生は「えー!」とういう嫌な声を上げました。

「宿題なんて、あとでもできるじゃん。」

「そう言って毎年夏休みの最後の方になって、私に泣きついてきたのってどこの誰だっけ?」

 彩生は文子に言われ、ギクッと言う反応を示しました。

「彩生、水着はあとでも買えるけど、宿題を後回しにしたら大変なことになるよ。」

「毎日、きちんと計画を立ててやっていけば、旅行の前日までには終わると思うよ。」

 彩生は私や文子に言われ、しぶしぶと4人で宿題を終わらせることに同意しました。

 

 その日から4人での勉強会が毎日始まりました。

 数学、国語、現代社会、理科、英語を少しずつやっていきましたが、8月の2日目になって、勉強が苦手の彩生とマアが息切れとなってしまいました。

 すでに英語と理科を終えて、その日は文子の家で現代社会をやっていました。

 彩生はあきらめてスマホに夢中になり、マアは本棚に行って漫画の本を取り出す始末となりました。

「マアと彩生、まだ終わっていないんだから休憩は後回し。」

「文子、お腹がすいたー。」

 彩生は文子にご飯の催促をす始末となってしまいました。

「ご飯は宿題のあと。・・・って言うか、今日のノルマは現代社会を終わらせることでしょ?」

 文子の目つきは秋田のナマハゲように鋭くなっていました。

「だって分からないんだもん。」

「じゃあ、どこが分からないのか言ってちょうだい。」

「ここからここまで。」

「って全部じゃん。さては授業中話を聞いていなかったでしょ?」

 結局文子は彩生に付きっきりで宿題を見ることにしました。

 一方、マアは漫画に夢中になっていたので、すぐにマアから漫画の本を取り上げて私が勉強を見ることにしました。

「マアはどこが苦手なの?まさか彩生と同じで全部って言うんじゃないでしょうね?」

「こことここ。」

「この2か所だけなんだね。本当に間違いない?」

 マアは私から目をそらして返事をしました。

「なんで目をそらしたの?」

「・・・。」

「正直に言ってちょうだい。」

「ごめん、私も全部分からない。」

「やっぱりそうだったんだね。」

 私はため息交じりに返事をして、マアの宿題を見ることにしました。

 その翌日以降も旅行当日まで4人で暑さと戦いながら残りの宿題を全部制覇しました。

「やっと終わったね。」

 私は文子の部屋で宿題を終えて床で大の字になって寝そべりました。

「お疲れ様。今、お茶を用意するね。」

 文子は台所へ行って、冷えた緑茶と袋詰めのチョコレートを用意しました。

「まずは、宿題終わったってことで、お疲れ様でした。かんぱーい!」

 彩生が乾杯をしようとした瞬間、文子が「待て!」と言いました。

「その前に何か言い忘れてない?」

 またしても文子の鋭い目つきが彩生に向けられました。

「何かって?」

「あんた、現代社会の宿題、全部私に教えてもらったんでしょ?」

「あ、そうだった。乾杯の前に一言、文子に言います。宿題を見て頂いて本当にありがとうございました。」

 彩生はそう言って、文子に頭を下げました。

「あと、マアもでしょ?三千代に一言言うことがあるんでしょ?」

「あ、そうだった。三千代、現代社会を見て頂いてありがとうございました。」

 マアも私にそう言って頭を下げました。

「いいよ。旅行前にちゃんと終わらせたんだし。それより明日多摩センターに行って新しい水着を見ない?」

「いいよ。」

 こうして私たちの旅行の準備が少しずつ始まろうとしました。


 次の日、私たちは多摩センターのショッピングセンターに行って、旅行に持って行く水着を見に行くことにしました。

 売り場へ行くと多種多様な水着が並んでいて、どれにしようか迷っていました。

「私、このピンクのワンピースにする。」

 私はピンクのワンピースの水着を取り出して、すぐに試着室に向かい着替えました。

「三千代、もう決めたの?」

 試着室の向こうで彩生の声が聞こえました。

「うん。」

「ちょっと見せてくれる?」

 彩生は試着室のカーテンを開けて、私の水着姿を見ました。

「おお、可愛いじゃん。」

「ありがとう。じゃあ、これにするね。」

「早っ、もう少し見た方がいいんじゃない?」

「見たけど、私に合うのがこれしかなかったから。」

「そうなんだ。」

 私が会計を済ませたあと、他の人はまだ選んでいました。

「三千代、決めるの早すぎ。私なんか、まだ迷っているんだよ。」

 マアが水着を2~3着持って私のところにやってきました。

「マアだったら、緑色でフリルのついたワンピースが可愛いんじゃない?」

「本当に?」

「私がマアだったら、間違いなくこれを選んでいるかもれない。」

「じゃあ、サイズが合うかどうか試着して、大丈夫だったらこれにするね。」

 マアはすぐに試着室へ向かって着替えを始めました。

「どう?」

 マアは私に感想を聞きました。

「ちょうどいいと思うよ。」

「ありがとう。それにするね。」

 みんなの買い物が終わったころは夕方近くになっていたので、そのまま家に帰ることにしました。

 

 その日の夕食、母さんから出発時間を知らされました。

「三千代、16日なんだけど、朝8時ごろ出発するからお友達にもちゃんと伝えてね。」

「うん、わかった。」

「一つ気になったけど、時間は8時でいいけど、場所はどこにしたらいい?」

「じゃあ、うちに来てもらったら?」

「マア・・・じゃなくて真奈美ちゃんは近くだからいいけど、彩生ちゃんと文子ちゃんは家が栗平だから、ここまで来てもらうのはちょっと大変かなって思ったの。」

「それもそうね。じゃあ、せめて新百合ヶ丘まで来てもらって、そこから車に乗ってもらうのはどう?」

「そうするね。」

「じゃあ、彩生ちゃんと文子ちゃんには時間を少しずらして8時20分に新百合ヶ丘まで来てもらおうか。」

「それで決まりにしよ。」

 夕食を食べ終えたあと、私はみんなにLINEで出発時間を伝えました。

 マアには8時に私の家に来てもらって、彩生と文子には新百合ヶ丘駅北口のロータリーを8時20分に来てもらうよう送信しました。

 数分後には「了解」と言うみんなの返事が来ました。

 次の日には移動中に食べるお菓子も買ったり、遊び道具もいくつか用意して準備を少しずつ進めていきました。

 最後に着替えと洗面具をカートに詰めて当日を待つだけとなりました。


 旅行当日となり、8時ちょっと過ぎにマアがやってきました。

「おはようございます。今日からよろしくお願い致します。これ、つまらないものですが、母からの差し入れですので、よかったらみなさんで召し上がってください。」

 マアは母さんに菓子折りの入った手提げ袋を差し出しました。

「ご丁寧にありがとう。あとでお母さんによろしく伝えておいてくれる?」

「分かりました。」

「ちょっと早いけど、車を出そうか。」

 母さんは車庫から白いワンボックスカーを出して、私とマアを乗せて新百合ヶ丘駅北口のロータリーまで向かいました。

 駅のロータリーに着いた時には8時15分でしたが、彩生と文子が小さ目のカートを持って待っていました。

「おばさん、おはようございます。今日からよろしくお願いいたします。」

「いいえ、こちらこそ。」

 彩生と文子は母さんに挨拶をしました。

「おばさん、つまらないものですが、母からの差し入れですので、よかったら召し上がってください。」

「2人とも、ご丁寧にありがとう。」

 なんと、彩生と文子までが菓子折りの入った手提げ袋を用意してきたので、どうやら考えることはみんな同じだと私は思いました。

 母さんはすぐにトランクを開けて彩生と文子の荷物を詰めて、2人を後ろの座席に座らせたあと、車を走らせました。


 新百合ヶ丘駅を出発して2時間以上が経ち、車は西伊豆の中心部へと向かっていきました。

 別荘は土肥町(といちょう)に入ってすぐの所にあり、少し古びた感じの木造の家屋でした。

 車を置いたあと、みんなで荷物を降ろして家の中へ入りました。

「ちょっとほこりがかかっているね。」

 母さんはそう言って、押し入れの中から掃除機を取り出して掃除をやり始めましたので、私たちも雑巾やホウキで床や棚などをきれいにしていきました。

「来て早々、悪いわね。」

 母さんは申し訳なさそうな顔をして、みんなにお礼を言いました。

 掃除が終わって、私たちは与えられた1階の8畳間の和室に移動し、荷物を置いて一休みをしているころ、母さんは台所で焼きそばを作っていました。

「焼きそばを作ったから、みんなで食べよう。」

 テーブルには人数分のソース焼きそばが置いてありました。

 食べ終えたころ、私は母さんに海岸まで車で送ってもらおうと頼んでみました。

「このあと、海で泳ぎたいから車を出してくれる?」

「気持ちはわかるけど、明日にしたら?」

「そうだね、やっぱそうする。」

「お母さんも疲れたし、少し横になりたいの。」

「無理言ってごめんね。」

「気にしないで。」

「明日、午前中から行けばたくさん遊べるよ。」

 母さんはそう言って2階に上がり、ベッドのある部屋で寝てしまいました。

 私たちは用意してきたトランプや人生ゲームで遊ぼうとした時、マアは部屋の片隅に置いてある電動雀卓を見つけました。

「こんなところに全自動麻雀があったよ。」

 マアは電動雀卓を見るなり、やろうとしました。

「マア、麻雀出来るの?」

「家族がみんな麻雀好きだから、私もやっているの。」

 私はマアが麻雀が出来ることに思わず驚いてしまいました。

「三千代、私が麻雀が出来るの驚いた?」

「うん。」

「三千代は麻雀できるの?」

「私もよく家族と一緒に麻雀をやっていたけど、去年お姉ちゃんが車にはねられて死んだから・・・。」

「悪いことを聞いちゃったね。」

「ううん、気にしていないから。それより、彩生と文子は麻雀できるの?」

 二人に聞いたら麻雀が出来ないと返事が来たので、トランプ遊びをすることにしました。

「何にする?」

 私はみんなに聞いたらババ抜きがいいと言ったので、ババ抜きで遊ぶことにしたのですが、文子だけが未だに負け越していました。

「つまんなーい!」

 文子は彩生に不満をぶつけていました。

「文子ってジョーカーを目立つように持っているんだから、すぐにわかっちゃうよ。」

「だって、早くジョーカーを引かせたいから。」

「気持ちはわかるけど、もっと自然に持った方がいいよ。」

「それだと、分からないじゃん。」

「その方がいいって」

 文子は彩生にアドバイスをもらって、再び勝負をやりました。

 今度は1位になれなかったもの、文子は最下位から脱出ができました。


 夜になり、布団を敷いてパジャマに着替えたあと、文子は私にDVDデッキがないかを聞きました。

「DVDのデッキねえ・・・。確か居間のテレビの下にあったはず。」

 私はブツブツ言いながらテレビの下を見ました。

「文子、あったよ。」

「本当に!?ありがとう。」

「何か見たいのあるの?」

「うん、ホラー。」

 文子はホラーのDVDを用意しました。

「文子はホラーが好きなんだよね。」

 横から彩生が口をはさんできました。

 DVDのタイトルには<呪われた葬式>と血で染められたような感じの赤い文字で書かれていました。

 ホラー嫌いのマアはさっさと布団にもぐってしまいましたので、私と文子と彩生で見ることにしました。

 最後の方になり、喪服姿の家族たちがお墓の前に行ったら、突然ゾンビたちがやってきて、次々と家族を襲っていきました。

 それを見て私は思わず悲鳴を上げそうになりました。

 最後まで見終えたころは、すでに日付が変わる直前になっていたので、DVDデッキの電源を切って寝ることにしました。

 しかし頭の中でホラー映画が残っていたので、なかなか眠れませんでした。

 しかも、厄介なことにトイレまで行きたくなったのですが、怖くなって行けなくなり、誰かを起こそうと思いましたが、そこで誰かを起こすと笑いの種にされそうなので、我慢して一人で済ませました。


 次の日、海水浴に行くので母さんは台所でお弁当を作っていました。

 その一方で私たちは布団をたたんで、着替えを済ませ、荷物を準備して朝食を済ませることにしました。

 食事中でも、昨日のホラー映画の話が飛んできましたが、マアだけは先に寝てしまったので、会話に参加できませんでした。

 食事を済ませたあと、私たちは車に荷物を載せて海岸まで向かいました。

 しかし、午前中のせいか誰もいない上に、海の家もなかったので驚きました。

「本当に誰もいないんだね。まるでプライベートビーチみたい。」

 マアはそう言って水着姿になり、準備体操をして砂浜に向かいました。

 私たちもあとに続いて、準備体操をして水の中へ入りました。

 水の掛け合いや、砂遊び、スイカ割りをしていたら時間があっという間に過ぎていきました。

 お昼には母さんの作った弁当とマアの差し入れのどら焼きを食べて時間を過ごしていきました。

 口直しにスイカを食べ終えた後、ゴムボートに乗って沖に出たり、泳ぎの競争などもしました。

 気がついた時には夕方になっていましたので、シャワールームで砂をきれいに洗い流して、更衣室で着替えを済ませて、再び車に乗って別荘に戻りました。

 着いたころには疲れがたまっていたので、水着を軽く水洗いして部屋で干したあと、食事をして寝ることにしました。

 翌朝には帰るだけとなっていたので、部屋に忘れ物がないかをチェックしたあと、荷物を車のトランクに詰めて家に向かいましたが、帰りの車の中はさすがに疲れがたまっていたせいか、みんなすぐに眠ってしまいました。

 母さんはみんなを家の玄関まで送る予定でいたので、最初に栗平駅の方角へ向かいました。

 しかし、彩生と文子は爆睡していたので、母さんはそっと起こして玄関まで案内してもらおうとしました。

「疲れているところ悪いんだけど、家まで送るから案内してくれる?文子ちゃんも。」

「私と文子は駅から近くなので、ここで降ろして頂いても構いません。」

「だーめ。ちゃんと玄関に着くまで旅行が続いているんだから。」

 母さんは遠足帰りの子供に言う先生みたいな言い方をして、2人を送ることにしました。

 2人を玄関に降ろしたあと、今度はマアを家まで送ることにしました。

「真奈美ちゃんの家ってどの辺?」

 新百合ヶ丘の駅に着いてから、母さんはマアに道案内をしてもらいました。

「この路地を右に曲がって左側のところです。」

「どの辺?」

「この黒い乗用車が置いてある場所が私の家です。」

 母さんは車を寄せて、マアを降ろしたあと荷物を取り出しました。

「大変お世話になりました。」

「機会があればまたよろしくね。」

「その時は改めてよろしくお願いいたします。」

 マアはそう言って私と母さんが乗った車を見送ったあと、玄関の中へ入りました。



第9章、 私、お姉ちゃんの墓参りと友達の愚痴を聞きます。


 お話は三学期へと移ります。

 厳しい寒さが続く中、教室ではすでに進路の話がちらほらと出てきました。

「まだ2年生だから早い」とか「今から決めないとヤバイ」と言った声が出ていました。

 私は決めるのが比較的遅いので、3年生になってからゆっくり決めようと思っていたので、進路の話からそらしていました。

 ホームルームが終わって、みんなで帰ろうとした瞬間、クラスメイトの時田詩織さんが私のところにやってきました。

「女王、これからお帰りになることろ申し訳ないのですが、少しだけお時間をちょうだいしてもいいですか?」

「いいけど、どうしたの?」

「ここではお話できませんので、中庭まで来てもらえますか?」

「うん。」

 私たちは時田さんと一緒に学校の中庭にあるベンチまで向かいました。

「それでお話ってなんなの?」

 時田さんは少し間を置いてから私に話し出しました。

「実は相談があって・・・。」

「相談って何?」

 時さんは私に聞き返されて、再び間を置きました。

「実は友達にお金を貸して戻ってこなくなったの。」

「貸したお金っていくら?」

「4000円・・・。」

「4000円!?」

 私はびっくりして思わず大声出してしまいました。

「そんな大金、誰に貸したの?」

「同じクラスの石黒さん。」

「石黒さんって、どんな人だっけ?」

 私は彩生に聞きました。

「眼鏡かけていて、いつも1人で本を読んでいる人。」

「あー、ちょっと優等生みたいな顔をして、いつもお利口ぶった人だよね?」

「そうそう。」

「時田さん、何で石黒さんに4000円を貸したの?」

「どうしても欲しいものがあるからと言っていたから。それに正月にお年玉が入ったら、必ず返すって言ってきたの。」

「今のセリフだと、少なくとも去年の12月に貸したってことだよね?」

「期末試験終えて、試験休みに入った時だったの。」

「その欲しい物って何だったの?」

「そこまでは分からない。」

「それで、そのお金が未だに返ってこなかったことに対して、催促しなかったの?」

「したけど、『お年玉が思ったよりもらえなかった』とか『今はどうしても欲しいものがあるから来月には必ず返す』と言って返してもらえなかったの。」

「これって、このまま返さないで逃げるつもりよ。」

「そうかな。」

「来月になれば『今月はむり』、その次の月になれば『しつこいの嫌いなんだけど』と言って逃げるに決まっているはずよ。」

「石黒さんはそんな人には見えないよ。」

「見た目で騙されたらだめだよ。それより石黒さんの親に催促した?」

「私、石黒さんの家の電話番号知らないし・・・。」

「じゃあ、石黒さんの家に直接行った?」

「家も分からないの。知っているのは携帯の番号だけ。」

「そうなんだね。ねえ、石黒さんの番号を教えてくれる?」

「三千代、気持ちはわかるけど、個人情報を聞き出すのはよくないよ。」

 マアが止めに入ってきました。

「わかっている。でも、それしか方法が見つからないから。」

「三千代、石黒さんの電話番号を聞き出してどうするの?」

「私が代わりに催促をする。」

「気持ちはわかるけど、あんたが催促したら貸したお金も戻らなくなるし、時田さんへの仕返しもひどくなるよ。」

 マアは必死に私を止めました。

「女王、その気持ちだけ受け取っておくね。お金のことはあきらめます。」

「待って、決して悪いようにしないと約束をするから、石黒さんの電話番号を教えてくれる?用が済んだら、石黒さんの番号を必ず消去するから。」

「約束だよ。」

 私は時田さんから石黒さんの番号を聞きだして、スマホに登録しました。

「時田さん、必ず貸したお金が戻るようにしてあげるから。」

 私はそう言って、時田さんと別れることにしました。

「三千代、本当に大丈夫なの?」

「私に任せて。とっておきの秘密道具があるか。」

「秘密道具って未来の国の猫型ロボットじゃないんだから。」

 マアは少しあきれ顔で私に言いました。

「それで、その秘密道具ってどんなの?」

 今度は彩生が首を突っ込んできました。

「ここだけの話なんだけど、ボイスチェンジャーの通話アプリをダウンロードしたの。」

「それで声を変えて発番非通知にすれば、ばれないとでも思ったの?」

「完璧だと思わない?」

「それをやったら、攻めらるのは時田さんだよ。」

「そうならないように時田さんのそばでやってみようと思うの。」

「それで声を変えて、誰に成りすますの?」

 彩生の表情はだんだん険しくなってきました。

「時田さんのお母さん。」

「やってもいいけど、間違いなく仕返しが来ると思うよ。それより先生にチクりを入れた方が早いんじゃない?」

「そっちの方が危険だと思うの。ごめん、やっぱ私1人でやってみる。」

 その日、私は帰宅したあと、自分の部屋で何度も時田さんのお母さんになり切る練習をしました。

 

 次の日の放課後、私は中庭に向かってスマホを取り出して、石黒さんにつなげました。

 正直、いつばれてもおかしくなかったので緊張していましたが、すでに後戻りが出来ない状態になってしまったので、そのまま電話をすることにしました。

「もしもし?」

「あなた、石黒さん?」

「ええ、そうですけど。何か?」

「私、時田詩織の母ですけど、あなた娘からお金を借りて未だに返していないよね?」

「一応、来月には返す予定でいます。」

「その理由は?」

「他に目的があるからです。」

「あなた先月も娘にそう言って返していなかったわよね?今回もそう言って返さないで逃げるつもりなの?」

「違います。」

「なら、明日までに借りたお金を返してちょうだい。」

「実は欲しいものを買うのに使ってしまったから。」

「あきれた。借りたお金を返さないで、自分の欲しいものを買うのに使っているんだね。」

「これだけはわかってください。来月お小遣いが入ります。その時に必ず返しますから。」

「そういう風に言えば、私や娘が安心するとでも思ったの?悪いけど、あんたの言葉は信じないから。どんな形でもいいから明日までに4000円を耳そろえて用意してちょうだい。もし返せないと言うなら、明日あなたの担任に話しておきます。」

「待ってください。本当にないのです。」

「貯金も?」

「一応ありますが、通帳は親が持っていますので。」

「なら、親御さんに頼んで引き出してもらいなさい。約束を守れなかったら明日担任の先生に話しておきます。」

 私はそう言って電話を切りました。

 あとは彼女がきちんとお金を用意するかどうかでした。


 次の日、時田さんの席のところに石黒さんがお金の入った封筒を持ってやってきました。

「これ借りていたお金・・・。ちょっと中身を確認してくれる?」

 時田さんは封筒の中身を確認しました。

「確かに4000円入っている。ありがとう。」

「昨日、あなたのお母さんにしつこく催促をされたから・・・。」

「そうだったんだね。」

「母さんに事情を話したら、めちゃくちゃ怒鳴られて大変だった。それと、これ私からのお願いなんだけど、私の番号を勝手に他の人に教えないで欲しいの。」

「わかった。気を付けるね。」

 石黒さんはそう言って自分の席に戻りました。

 放課後になり、時田さんは私の所にやってきてお礼を言いました。

「女王、ありがとうございます。」

「お金ちゃんと戻った?」

「はい!」

「よかったね。」

「それと一つお願いを聞いてもいいですか?」

「何?」

「石黒さんの番号を消去してもらいたいのです。」

「あ、わかった。」

 私はスマホを取り出して、石黒さんの番号を消去しました。


 借金の事件が解決してから2か月後、お姉ちゃんの三回忌の法事を迎えることになりました。

 今回はお坊さんの意向により服装は喪服ではなく、普段着で出席することになりましたので、私はお姉ちゃんの形見として残しておいたコスモス色のワンピースに白のドレスグローブをはめて出かけることにしました。

「あなた、これで行くの?」

 母さんは少しびっくりした感じで私を見ていました。

「だって、今日は普段着でいいんでしょ?」

「確かにそうだけど・・・。」

「このワンピースと手袋はお姉ちゃんの形見だから。」

「せめて、手袋を外したら?」

「でも・・・。」

「パーティに出席するわけじゃないんだから外しなさい。お姉ちゃんもその方がいいって言うはずよ。」

 私は母さんに言われて渋々と手袋を外し、父さんと母さんと一緒に車に乗って市が尾駅の近くにあるお寺に向かい、父さんはお坊さんに挨拶をしました。

「ご住職、今日はよろしくお願いいたします。」

「娘さんがお亡くなりになって2年。早いものです。」

「娘の沙希はその日、結婚してまだ日が浅かったのですが、駅前の横断歩道を歩いていたら、心無い人間が乗っていた車にはねられて・・・。」

「お気の毒です。話によると、相手の男性はスマートホンを操作しながら車を運転されていたと伺っていましたが・・・。」

「その通りです。私は未だに犯人を許せないのです。」

「そのお気持ちは、よく分かります。」

「私も、あの男だけは絶対に許したくないのです。」

 私も少し興奮しながら便乗して言いました。

「三千代、気持ちはわかるが、少し抑えてくれないか。」

 私が感情的になった途端、父さんは私を止めました。

「ご家族にはつらい過去を思い出させて頂き、誠に申し訳ございません。それで、今日のお時間の流れは12時からでお間違いないですか?」

 お坊さんは一言謝ったあと、父さんに3回忌の法事の開始時間を確認しました。

「はい。」

「かしこまりました。」

「それでは、お時間になりましたら本堂の方にお越しになってください。」

 一度お坊さんと別れて親戚たちがいる控室に行ったら、親戚たちがお茶を飲みながら好き勝手に世間話に夢中になっていました。

 話し相手のいない私は、またしても部屋の片隅で1人スマホに夢中になっていたら、従姉妹の由紀恵さんがやってきました。

「こんにちは。」

「あ、由紀恵さん、こんにちは。」

「スマホで何をやっていたの?」

「実はちょっと、Twitterをやっていたので・・・。」

「みんなとお話をしないの?」

「内容が難しすぎて・・・。」

「確かに、みんなの話題についていくのって大変だよね。」

 由紀恵さんは今年23歳になったばかりですが、会うたびに気にかけて私に合った話題を用意してくれます。だからと言ってプライバシーに関わるような話題を振ることはありません。

「三千代ちゃんが着ているワンピースって、もしかして沙希ちゃんの形見?」

「うん。法事だからお姉ちゃんに見てもらいたくて・・・。」

「そうなんだね。」

「お姉ちゃん、このワンピースを買った時、すごく嬉しそうな顔をして私に見せびらかしていたの。」

「その気持ちわかる。このデザインすごく可愛いから、誰かに見せたくなるよね。」

 私と由紀恵さんが話に夢中になっていたら、父さんが本堂へ行くよう、みんなに言いました。

 本堂に行ったら人数分の椅子が並べられていて、私たちが座ったあと、お坊さんがやってきました。

 視力が悪いのか、お坊さんは眼鏡をかけてお経を読み上げ、その半ばを過ぎたころ、みんなでお焼香を済ませました。

 お経が終わり、お坊さんの短い説法を聞いたあと、私たちは車に乗ってお姉ちゃんのお墓がある早野へ向かい、お線香を上げ合掌をしました。

 「天国のお姉ちゃん、どのように過ごしていますか?私は高校でたくさんのお友達に囲まれて元気に過ごしています。今日はお姉ちゃんが大事にしていたコスモス色のワンピースを着てきました。」

 私は心の中でそう呟いて、春の青空を静かに眺めました。



おわり



みなさん、こんにちは。

いつも最後まで読んで頂いて本当にありがとうございます。

さて、今回の作品は主人公の鬼頭三千代がちょっとしたきっかけで学校の女王様になってしまうお話を書かせて頂きました。

みなさんが想像されている学校の女王様と言えば大勢の取り巻きと一緒に行動したり、自分の言うことを聞かせるなど、性格も高飛車のイメージが強いと思われる人が多いかと思われます。

しかし、彼女は学校では女王様と呼ばれていても、普段付き合っている友達は数人で、性格も控えめな感じでした。


1話の話になりますが、主人公の姉、長岡沙希は結婚早々、横断歩道でスマートホンを操作しながら運転していた車にはねられて死んでしまいました。

当たり前の話ですが、現在の法律ではいかなる理由であっても運転中にスマートホンを操作することは禁止になっています。

また最近問題となっているのが「歩きスマホ」です。ゲームやナビなどの画面に夢中になって、接触事故などによる対人トラブルが後を絶ちません。

スマートホンを操作される時には、くれぐれもどこかに止まってからにしてください。


9話ではクラスメイトが友達にお金を貸して戻って来なくなると言うトラブルを三千代が解決します。

みなさんもご家族やお友達同士でお金の貸し借りした経験があるかもしれませんが、借りたお金をすぐに返さないと信用を失ってしまいますので、くれぐれも気を付けてください。


そろそろ終わりになりますが、最後に一言だけも結構ですので、皆さんからのご意見ご感想をお待ちしています。

それでは、次回の作品でまたお会いしましょう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ