マル、小さい主人と手を繋ぐ
玄関の前で、母ルーシーと妹のニーナが待っていた。
母は三毛が綺麗に混じり合っている美猫だ。
金目も美しく、その母に似たニーナも将来は美猫になるだろう。
まだ1歳になったばかりで、先の長い話ではあるが。
三毛という点で言えばマルも母親似なのだろうが、頭のブチを隠してしまえば、ただの白猫にしか見えない。
瞳の色は父グレイと同じエメラルドグリーンなので、「お父さん似だね」と周りからはよく言われる。
しかしサバトラの毛色を持つ父と比べ、そこまで似てないんじゃないかなぁとマルは思っている。
「きちんと支度は出来た?忘れ物はない?」
ルーシーが心配そうにマルの頭の天辺から尻尾の先まで確認する。
「大丈夫だよ。今日は半日で終わりだし、ハンカチと身分証ぐらいしか持ってく物ないもん。お昼ごはんまでには帰ってくるよ」
マルは笑って答えた。
母の心配する気持ちが分からないでもない。
学校へ行くだけではなく、今日は息子の初仕事の日でもあるのだから。
そしてマルは少し屈むと、チョッキの裾を引っ張る小さな妹に鼻を摺り寄せる。
『にぃニャン』
ニーナはヒト語どころか、ネコ人語さえまだ覚束ない。
ただどちらの言葉も分からない訳ではなく、舌足らずで上手くしゃべれないだけなのだが。
なのでマルはヒト語で返事をする。
「なんだい、ニーナ」
まだフワフワの毛並みと舌足らずの語尾の可愛さに、つい必要以上にスリスリしてしまう。
そんな兄の行為によろけながらも、ニーナは大事な要求を言う。
『おみやげ、まってる』
「え?」
「まぁ」
これにはマルも母も笑うしかなかった。
「『いってらっしゃい』」
2人に見送られ、外に出た。
家の扉を出るとすぐ右手に十段ほどの階段がある。
その階段を駆け上がり、マルは大きな扉の前に立った。
扉の中ほどにドアノッカーがあるが、身長50cm程のマルに届く筈もない。
当然それをマルが使う筈もなく、もう一度自分の格好を確認し、よし、と頷くと、ネコ人用のベルをチリン、と鳴らした。
「はぁ~い!!」
元気な声が聞こえると、すぐに扉が開き、男の子が飛び出してきた。
栗色の少しくせのある短い髪に、マルと同じエメラルドクリーンの瞳は期待に輝いていた。
彼が今日からマルの主人になったポールである。
「遅いぞ、マル!」
「そんなことないと思うけど…ってゆーか、扉の前で待ち構えてたんじゃない?あ、奥様、おはようございます」
ポールの後ろから、母親のマーサが顔を出した。
緩く巻いた栗色の髪を胸元まで伸ばし、栗色の瞳で優しく微笑んだ。
「おはよう、マル。今日から息子をよろしくね」
「はい!ボクこそよろしくお願いします」
ぺこり、とマルは頭を下げた。
今まで父の主人の連れ合いとして接してきたわけだが、今日からは違う。
自分の主人の母親なのだ。
だからと言って、多分何が変わるってわけでもないんだろうけど、気持ちの問題?だろうか。
ちょっと複雑なマルの心境を知ってか知らずか、ポールがガシッ!とマルの両手を掴んだ。
「今日からマルは僕の従者だ!ずっと一緒に居るんだぞ!」
そう言って、にかっと笑った。
マルもつられて笑うと、ポールの手をギュっと握り返した。
「うん!ずっと一緒にいるよ!」