どちらつかずの勇者となった日
簡単な、いや、最低限のリハビリを終えた俺たちはある山に向かった。
開眼の神殿。
そこで、俺の覚醒の儀礼が完了するらしい。
杖を突いて歩くだけで一苦労し、
常に見られているような感覚や、今まで起きた不幸な出来事が常にフラッシュバックする。
もやの掛かった思考回路だが、それでも俺は先に進む。
だが、この山の名前は試練の山と言われるぐらい険しく、魔物も多い。
俺はとても戦える状態じゃない。
想定する自分の動きと、実際の動きがマッチせず転倒。
距離を見余っての空振り、脱力感で何もできないみたいなことがしばしばあるからだ。
だが、だから、凉太は俺の代わりに戦ってくれた。
モンスターの群れを見ると気づかれないように爆弾を投げ、掃討する。
また、背後から気づかれないように近づいて闇討ち。
時には遠くにいる魔物に弓を射る。当然ヘッドショットだ。
「サムライの戦いじゃない」
思わず呟いたが、俺は何故凉太がサムライだと思ったのだろう。
腰に帯びている刀がそう思わせた。のだと感じた。
俺が登るのがキツいだけで、モンスターについては大体凉太がどうにかしてくれた。
鈴を投げつけて群れを集めた後爆弾で投げつけ一網打尽にするという外道行為はどこから思いついたのだろう。
そうして、なんとか頂上までたどり着いた。
「やっとついたな、じろう」
凉太は満足げに答える。
そうだ、ここまでこれたのは凉太のおかげだ。
俺は彼にどのように報いればいいのだろう。
「凉太、俺は、恩に対して仇で返すことしか出来ない」
「そうか、なら、俺には仇で返すなよ」
凉太は俺にそう言い笑う。
神殿は魔物が住み着いているのか、どこか荒れている。
昔は、管理のために関係者が定期的に来ていたらしいが、
「やっかいな奴が来ているみたいだな」
凉太は地面に屈んで何かを調べている。
足跡、痕跡、俺には知らない何かを採集して答える。
「サーベルパンサーか」
その名前を聞いて、どう言う奴かは理解できずとも
ただ、強そうだと思った。
「こいつさえ倒せば、お前の治療が終わる。つまり新なる力に覚醒するってことだな」
そう言って凉太は神殿に入る。
そして、俺は杖を突きながらそれについて行く。
俺が目にした光景だ。
凉太が大声で何か叫んだと思ったら、大型の獣が凉太めがけて襲いかかる。
鋭い牙、鋭い爪で切り裂かれた凉太の姿はそこにはなく、
口先から尻尾まで一線に開かれた獣の姿と、
血を振り払い、刀を鞘に収める凉太の姿がそこにはあった。
「一丁上がり、あとはお前の仕事だ。じろう」
ニカッと笑って俺にじろうは言う。
開かれた獣の死骸の先には、祭壇に乗った大きな岩があった。
「あれに手を触れるだけだ、簡単だろ」
俺は、何も答えず、頷くだけだった。
祭壇に登り、大岩に手を触れる。
すると、何かの力が手から伝わるのを感じる。
――ようこそ…、新しい勇者――
頭の中に声が聞こえる。
これは幻聴かと思ったらすぐに返事が返ってきた。
――いいえ、違いますよじろう
これはあなたの幻聴でも妄想でも無い。
最も証明する手段はどこにもありませんが、そうですね、内なる神の力と思ってくれればいいです――
内なる神の力……
――”人であるからこそ、神を持つ”でしたっけ
なかなかいいフレーズを作りますね、人という物は――
俺は、何かの小説で読んだフレーズを言い当てられた気分で内なる神に語りかけた。頭の中で。
(俺は魔王を倒した、力を覚醒させる意味はどこにあるのか)
――確かにあなたは魔王を倒しました。
ですがそれだけです。この世界には魔王以外の脅威が存在する――
(大魔王とかそのあたりか、そんなことを俺がどうにかする意味は無いだろう)
――ええ、あなたにはそんな義理も義務は存在しません。
光があれば闇があるとおり常にそれらは一定に存在するコインの表と裏。
どちらか一方が滅びることはあり得ない。
極端な話、覚醒したところで何もしなくても構わないとすら思っています。
それに、あなたは闇を滅ぼすために力を覚醒させるのではないのでしょう――
そうだ、俺はこの薬物に汚染された状態をなんとかするためにここまで来た。
(俺の依存症や虚脱感はどうにかなるのか)
俺がここまで来た理由はそこだ。
勇者に対しての使命感でも義務感でもない。
ただ、己を蝕む薬物の後遺症がどうにかなる。という理由できたのだ。
――勇者の力を覚醒させるために、一時的に分解して再構築する
その課程で不純物が除去される。いわば転生小説の主人公みたいな状態になると思えばいいでしょう――
ずいぶん、俗な神だと思う。だが、勿体ぶった言い回しでないだけわかりやすく思う。
――ただし、薬物に溺れたときの快感は記憶には残っています。
ですので、アルコールやタバコや性行……何らかの快感を覚えたときに再び依存症になり得るというのもお忘れ無く――
(性行って射精も駄目なのかこの理屈なら)
――あり得るでしょう――
マジかよ……
――定期的に運動しなさい、私から言えるのはそれだけです――
俺は落ち込みつつも、次の質問を出した。
(勇者の力とはなんだ
すべてがどうにかなる万能の力というわけでもないだろう)
それになんかの本で読んだことがある。
勇者は称号であり職業ではない。
戦士みたいな奴もいれば盗賊みたいな奴もいる。
最近、読んだ英雄譚では盾職のタンクが活躍する話だった。
不遇な扱いを受けるのだが、実際制限された状況では耐性持ちのタンクは非常に重視される。
どれだけ火力が強くても、壊滅的なダメージを受けて回復に手間取り手数が減るという状況はよろしくない。
話を戻そう。俺のクラスはなんだ。
――あなたは、魔法戦士です――
魔法戦士、剣も魔法も使える上級職…
――いえ、攻撃が微妙な性能で、魔法もそこまでは得意ではない。どっちつかずの職種ですね――
(ええ…)と困惑する。
――ですがあなたは最強武器が鉄の槍ではありませんし、武器に属性をエンチャントができるみたいですね。
まあ、使いどころと言ったところでしょうか――
それってのんき者とか言われていろんなところたらい回しにさせられたあいつのことか…
ある英雄譚に出てきた仲間の特徴を思い出す。
だが新訳判では最強剣が主人公のお下がりの”光の剣”だったとなってたりするしそこまで役立たずでは無いと思いたい。
――僧侶戦士よりはマシでしょう、攻撃手段は打撃のみで回復性能が微妙という結果、クラスチェンジで武道家にならざる得なかった――
(待て待て、呪文を放つ銃器があったから遠距離攻撃できたはずだぞあれは)
それにいろいろお世話になったしな……夜のおかず的な意味で
――とにかくあなたは魔法戦士。どちらつかずのあなたにはぴったりなクラスですね――
うるせえ、どちらつかずは余計だ。
そう思いつつ、俺は覚醒し魔法戦士になった。
内なる神に問答した程度でそんなに悶着はしなかった。
「魔法戦士」
俺はそう呟いて大岩から手を離す。
何も変化を感じない。と思ったのは一瞬で。
杖を突かずとも歩ける。
一歩進む毎に受ける虚脱感がない。
それだけで、今の状態の尊さを味わうことができた。
「気がついたら、失禁も脱糞もない……ということだな」
俺は感激して涙が出そうだった。
俺は叫びながら神殿内を走り回って飛び跳ねた。
「やれやれ、リバウンドか」
と、凉太がたちの悪い冗談を言った。
息を切らせてぶっ倒れていると、凉太が近づいて言った。
「どうやら万全、といったところかな?」
「多分、寛解だと思う」
「なんでもいいさ、とにかく、治ったのなら俺の頼みを聞いて貰おうか」
凉太は言う、俺にそれを拒む権利は存在しない。