7話「そんな、え、ちょっ」
ちょっとそこのあなた、と言われエディたちは思わず立ち止まった。まったく知らない人間だが、行く手を阻むように現れた彼らを無視することはできなかったのだ。周りをきょろきょろ見まわしても他に該当するような人はおらず、だとすれば金髪お嬢さんが目的とする人は自分かミシェルかのどちらかになる。
お嬢さんは肩にかかっていた髪を手で後ろに払うと、それはエラそうにふんぞりかえった。ささやかな胸元がむんと張られている。
「先ほどの騒ぎを見物させてもらったのだけど、あなた、見事な腕前をしているのね」
視線はばっちりとエディに向いていた。どうやら一連の騒動を見られていたらしい。
「わたしの名前はティム。あなたをスカウトしたいわ」
「あ、お断りします」
「そうね賢い判断だわ。──って断るですって!?」
エディはミシェルの袖をちょんちょんとひっぱると前に進むようにうながした。別に直接手をひっぱってもいいのだが、セクハラだなんだと心の距離をおかれてはたまらない。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あなた、わたしが誰かご存じですの!?」
エディは首を横に振る。こんなにエラそうなお嬢さんなのだから、きっと実際に身分がある人に違いない。そうすると庶民の自分とは住む世界が違うので知らなくて当然だ。なので堂々と意思表示をする。あなたのことは知りませんと。
「ブルーイーグル商会のひとり娘、ティム嬢だろう?」
口をはさんだのはミシェルだった。ブルーイーグル商会とはこの辺りでいちばん大きなネットワークを持つ総合商社だ。作る・集める・売るに独自のルートを持ち、その稼ぎはそこらの貴族を圧倒する。ミシェルの住むバートレット家にも幾度となく商談に来ていたし、実際に彼らから仕入れる武器や防具の類いは重宝していた。商家だからと無条件で下に見ていい相手ではない。
ティムは自分よりはるかに大きなミシェルをにらんだ。肝がすわっているのか、オーガを前にして少しも臆する様子はない。ふたりが相対した姿はまさに熊と小犬。腕力でティムが勝つことは未来永劫ないだろうが、腕力とは違う強さを彼女は持っているようだった。
「ええそうです。まあ不躾に呼び止めてしまったことは謝りますわ。ですが、わたしは真剣に彼をスカウトしたいのです。ご検討いただけないかしら」
「ごめんなさい」
「即答……!?」
ここで後ろに控えていた従者がミシェルに張り合うように前にでた。護衛なのだろう。その巨躯は珍しい民族衣装に身を包み、まとう雰囲気はそこらの者と一線を画している。
「ほう。大きな体に濃い肌色、模様のような刺青。……貴殿、西の民だな」
ミシェルが不敵に笑うと、従者の雰囲気がぴりっと鋭くなった。絡むふたりの視線に苛烈な火花が舞いはじめる。
「え、ミシェルちゃん、そんな、え、ちょっ」
完全においてけぼりのエディはおろおろすることしかできない。強者を求めるミシェルにとって、ティムの従者は興味がひかれる存在なのだろう。彼女の気を引くには爆発でも起こさねば……とエディが手に力を込めはじめた時だった。
「……あなた、ミシェル・バートレット様ではなくて?」
従者のうしろからひょいと顔をだしたティム嬢。ふたりの剣呑な空気をものともせずに、いぶかしげな目でミシェルを見つめた。手に持っていた扇をぱさりと開き、口元を隠す。
「おどろいた。名門貴族の令嬢であるあなたが、どうしてこのような所にいらっしゃるのかしら」
思わぬ暴露にミシェルと従者の間にあった物騒な空気は霧散した。代わりにティム嬢の鋭い視線がミシェルに刺さる。
「所用だ。ティム嬢こそ、なぜここに」
「わたしはブルーイーグル商会の娘ですもの。由緒ある貴族様から一般の方まで幅広くご愛顧いただいてますから、市場調査はいつだってぬかりありませんわ」
よそいきのような美しい笑顔を浮かべると、視線をエディに向けた。商人としての鼻がきくのか目に強い光をともしている。
「ミシェル様もご覧になったでしょう? 彼の類まれなる魔法の技術は真似しようとしてもできるものではないわ。わたしのもとで存分にその才能を発揮すれば……」
「店主は断った。話はそれで終わりだろう」
「バカを言わないでくださいな。なんとしても召し抱えるに決まってますわ。わたしがそう決めたのですから、成就するまで努力するのです。それとも、すでにミシェル様のお手付きなのかしら」
扇子で口もとを隠しているが、意地悪そうな笑みは隠しきれるものではない。相手はやり手な商家の娘。口がまわりそうだ。舌戦はミシェルの苦手とするところで、百戦錬磨の猛将を目の前にした新兵はこのような気持ちなのだろうなとつい考えてしまう。どう答えるべきか。
ちなみにエディはお手付きと言われてなぜか顔を赤らめていた。