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6話「では店主の言葉に甘えよう」

 エディの頭の上で氷槍が動いた。それらはバラバラに動き、男たちの喉元に狙いを定める。エディ以外、誰もがこの光景に驚愕していた。緊迫した空気が流れ、ぱきりと氷が割れる音が響いたその時。


「──ずらかるぞ!」


 頭のひと声に、ゴロツキどもはクモの子を散らしたように逃げて出す。エディはひとりの男に向かって槍を走らせた。ミシェルに水を向けた術師だ。氷の槍は一直線に空を裂き、男の腰をかすって地面に刺さった。とたんに男が履いていたズボンが脱げ、足に絡まって転倒する。


「ひぃっ」


 男は情けない声をだし、ズボンを抑えながらしどろもどろに立ち上がると逃げ去った。エディはそれ以上槍を向けることはなかった。しかしその拳は悔しそうに握られている。


 ミシェルはまだ月のような瞳をしているものの、雰囲気は柔らかいものに戻っていた。大きなケガを負わなかったことにほっと胸をなで下ろし、エディに言葉をかける。


「店主、すまない。おかげで助かった」


 だが反応がない。不審に思って顔をのぞきこむと、エディはその大きな瞳いっぱいに涙をためていた。


「うう……ごめんね、もっと早く助けにはいれば、ミシェルちゃんは苦しい思いしなくてよかったのに……」


 エディの気持ちを表すかのように、頭上にあった氷槍は次々に地面に突き刺さり、砕け散った。ミシェルは戸惑うことしかできない。確かにピンチに陥りはしたが、それをエディの責に思うことはないのだ。


「別に、そんなこと」

「うわっ! ミシェルちゃん、よく見たら傷だらけじゃん!! ちょ、早く、だれか、医者をっ!!」


 慌てふためくエディを手で制した。


「大げさだ。これくらいすぐ治る」

「そんなことないよ、俺が責任とって──」


 ミシェルが目を閉じて深く呼吸をした。全身からモヤのようなものが立ち上がり、空気に溶けていく。次に開いた時にはいつもの瞳に戻っていた。肌の表面にあった傷はほぼなくなっている。


「うわ、すごい……お肌すべすべ……」

「私の家系は肉体強化の術に優れている。傷の治りも早い。戦うことには慣れているし、ああやってふっかけられるのも腕試しだと思っている」


 ぱっと土ぼこりを払い乱れた髪を整えると、そこにはいつも通りのミシェル嬢がいた。バートレット家は代々強い人間が好きで、男も女も屈強であれという教えのもとに育てられるのだ。己の力を試す場があれば嬉々として乗り込むし、売られたケンカなら喜んで買う。


「戦うことは嫌いじゃないんだ。強い相手ならなおさら」


 そう言ってミシェルは不敵に笑う。エディの心臓はぎゅうっと締め付けられた。とっさに左胸を押さえて小さくうめく。体中の血液が沸騰しそうだった。どうしてこんなに心臓が痛いんだろう。どうして彼女の笑顔がまぶしいんだろう。ちょっとだけ見えた八重歯はエッチすぎやしないか。エディの脳内は大暴走だ。


「……しかし、あの水は危なかったな。少ない力で相手を戦闘不能にできる。今後はどう対処したものか」


 あごに手をやり考えるミシェル。エディがいたからよかったものの、下手したら死んでいたかもしれない。エディはふらふらしながら人差し指をたてた。その先に小さな水の玉ができている。


「ああいう時は動いて水を振りきるのが有効かも。水使いは水を自在に操るけど、なにかに固着させることはできないから。相手のコントロール以上にがむしゃらに動き回れば大丈夫だと思う」


 そう言って水の玉をくるくると空中で回してみせた。その頬には赤みがさしている。


「なるほど。店主が言うと説得力があるな。水から氷の槍を作り出したり、突風で周囲を吹き飛ばしたり……あのように見事な魔法、私は今まで見たことがない」


 唐突なほめ言葉にエディの体温がまた一度あがり、指先の水がしれっとハートの形になった。が、ミシェルが気づくことはない。そんな繊細な観察眼は持ち合わせていない。


 昔、一緒に住んでいた祖父から魔法の使い方をならった。普通の人ならひとつの属性を使えるかどうかなのだが、エディは不思議と全ての属性を扱えた。火を灯し、風と水を自在にあやつり、氷を発生させる。この全てが出来る人はこの世に片手ほどもいないというのに。


「ミシェルちゃんが見たいならいつでも見せるよ」


 エディ自身も過ぎた力だと気付いている。だから極力ひと目につかないように使ってきた。魔法の持つ怖さを、人と違うことの怖さを祖父がずっと教えてくれたからだ。それに自分の手で料理をする楽しさを知っている。最初は祖父がおいしいと言ってくれたのだ。その優しい笑顔とおいしい料理がエディを魅了した。魔法はそれらを助けてくれる便利なものだ。


 だから、ミシェルのために全てをさらけ出した自分に少し驚いている。なぜだか彼女のためなら何でもしたいと思ってしまうのだ。この気持ちはなんだろうと考えて、エディは笑みをもらす。答えはすぐに出た。


 突然、ぐううとお腹の音が聞こえてきた。涼しい顔をしているが、どうやらミシェルの腹の虫らしい。こうなればエディの料理人としての矜持が猛烈にうずく。


「ちょっと早いけど、うちに食べに来ない?」

「誘いはうれしいが迷惑ではないか」

「ぜんぜん。迷惑とかいう単語知らない」


 もとは夕食を一緒にと約束していたのだ。ひと悶着あったものの、買いたかった食材は手元にあるし、何も問題はない。あるとすればエディの言動だろう。


「では店主の言葉に甘えよう」

「あの、エディって呼んでほしいな、なんて」

「荷物を持とうか、店主」

「つれないミシェルちゃんも好き」


 なにげに気持ち悪い。しかしミシェルはそれを気にすることなく、ふたり並んで歩き出した。拾った買いものカゴの中身は無事だ。手元にある材料でミシェルを待たせることなく食べてもらうにはどうすればいいだろうかとエディは考える。


 考えるのも料理の楽しみとばかりに上機嫌のエディだが、突如ふたつの人影が彼らの前に立ちはだかった。


「ちょっとそこのあなた、少しいいかしら」


 それは見事な金髪をくるんくるんに巻いたお嬢さま。それと、厳つい顔をした巨躯の従者だった。

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