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5話「まっさかあ」

 ミシェルと夕食の約束を取り付けたエディは、その後烈火のいきおいで仕事をした。いつもなら三時過ぎに終わる仕事を一時間前倒しにしようとしているのだ。なにがなんでも夕食の準備をはじめたいらしい。自分の仕事は全て終わらせ、残すはトムの仕事のみ。片づけの締め、床のブラシがけだ。いつもどおりにトムがバケツにデッキブラシを突っ込もうとしたその時だった。


「トムくん、ちょっと今日は特別だから、その、ね!」


 なにが言いたいのかよくわからない。しかしエディはいきなり水の入ったバケツにピッと指を差した。


『形を与える。ことわりをあたえる』


 ゆっくり指を動かすと、バケツに入った水が球体となって持ちあがる。


『散れ』


 四方八方に細かな水が飛び、一瞬にして床がぬれる。


「さあトムくん! 一緒にブラシがけしよう! そして早く終わらせよう!」


 呆気にとられるトムを置いて、ものすごい勢いでブラシをかけていくエディ。あわててトムも追いかけた。


「店長って炎と水、両方使えるんすね。しかもかなり手練れ感ある」

「あははは」

「だったら別に料理屋なんかしなくても、高給で雇ってくれるところあったんじゃないですか」

「やだよ。俺、この店で料理作ってたいもん」


 ブラシがけが終わればエディは先ほどと同じ要領で水を集めてバケツに戻した。床が水を吸ってしまい最初よりはだいぶ少なく、色は真っ黒だった。すると今度はトムが歌うように柔らかく言葉をつむいで、さわやかな風を室内に吹かせる。トムは風を扱うのがうまかった。水気は薄まり、ほこりっぽい匂いはたちまちなくなった。清らかな空間ができあがる。


「トムくんは風を使う時は祈るんだね。魔法って家々で教え方が違うからおもしろいなあ」

「まあ代々伝わるもんっすからね」

「俺が知ってるのは歌うやつだよ。んで水は言葉で操って、火は吐息、氷は指先」

「俺は風以外は知らないっすよ。まさか店長ぜんぶできんですか」

「まっさかあ」


 けらけらと笑っているエディだが、トムはじとっとした目で見ている。容疑は晴れていないようだ。


「はあ。毎回こうだと、俺すごくラクなのに」

「今日は特別なの!」


 頭の中では献立から導き出したやることリストがひしめいていて、はやくはやくと体がうずく。食料庫にある材料はさきほど確認した。足りないものは買いに行かないと。メインはミシェルからもらったロブスターにしたいと考えていた。ロブスターがどんなものかを知るために一尾を殻ごとまっぷたつに割り、半身はソテー、もう半身は塩茹でにしてみたのだが、これがうまいのなんの。ぶりっとした白い身は甘みとうまみがあって、従業員のトムは白目をむいたくらいだ。煮汁には風味のいい濃厚な出汁がでており、それをベースにスープにもできる。


 そんなこんなで店を閉めてしまうと、エディはるんるんで買い物にでかけた。陽が少しずつ傾いている。買い物かごを抱えて通りを歩いていると、見覚えのある大きな背中を見つけた。ミシェルだ。掲示板を見ているようで、眉根をよせた険しい顔をしている。ミシェルちゃん、声をかけようとして、それは大きな声に遮られた。


「おいおいおいおい! やっと見つけたぜ!」


 突如ガラの悪い男たちが現れたかと思うと、ずらりとミシェルの周りを囲んだ。中でもひときわ大きなヒゲ面の男が指をぽきぽきと鳴らして前に出た。


「うちのもんがえらく世話になったらしいじゃねえか。落とし前つけさせてもらうぜ」


 ミシェルの返事を待たずにそのヒゲ男は殴りかかった。他の男たちは逃げられないように周りを囲み、にやにやと薄い笑いを浮かべている。ひとりを相手になんて卑怯な、と誰もが思ったが、それは一瞬にして杞憂だとわかる。ミシェルのマントがゆれ、土ぼこりがざっと舞い上がったと同時にヒゲ男は地面に倒れていたのだ。一瞬のことに何が起こっているのか理解ができず、周囲の男たちは驚愕の表情を浮かべ、一歩後ろへ下がる。


「な、なんだ、今の」


 ミシェルはタカのような鋭い瞳に強烈な闘志を燃やしていた。


「いつぞやのチンピラか。かかってくるのなら容赦はせん」

「……てめーら、ひるむんじゃねえ! いけっ!」


 言われて何人かが拳を振り上げた。ミシェルは静かに状況を見定める。わずかに戦意は低下、連携をとるような動きはなし。まずは頭数を減らすかと算段をつける。ミシェルは目を閉じ、すっと息を吸った。そして次に開けた時には瞳の色が変化する。満月のように発光し、中心には黒く縦長の瞳孔が獲物を狙っている。肌にはうっすらと紋様が浮かんでいた。


 それからは圧倒的だった。おそいかかる輩をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、まさにオーガのような戦いぶり。大人数を相手にしてもまったく遅れをとらず、むしろその強さに男たちは恐れをなしていた。


「ミシェルちゃんすごい。かっこいい」


 エディは少し離れたところからそれを見ていた。

 あっけなく倒される男たちになすすべなしと思われたその時、ミシェルの口元になにかがまとわりついた。


「ぐっ……」


 それは水のかたまりだった。ミシェルが手で払いのけようとしても出来ない。鼻と口を覆われ呼吸ができなかった。


「ミシェルちゃん!!」


 エディは即座に理解した。あれは魔法だ。やつらの中に術師がいたんだ。そう思うと同時に体が動いていた。買いものカゴを放り、走ってミシェルのそばまで行った。足元には彼女にやられた男たちが転がっているが、もぞもぞと動いており、まだ戦意は失っていないようだ。


『形を与える。ことわりをあたえる』


 エディは小さくつぶやくとミシェルの口元にまとわりついていた水の塊を霧散させた。ようやく呼吸ができたが、気管支に入ったようでミシェルは苦しそうにむせている。


 その瞬間を男たちが見逃すはずがない。いっせいに襲いかかってこようとしたその時、エディとミシェルを中心として暴風が巻き起こった。周囲にいた人間をすべて吹き飛ばしたその風は、エディの口ずさむ歌が終わると同時に消えていく。


「店主、なにを……」


 驚いたミシェルはエディを見るが、彼にいつもの笑顔はない。


「くそ、これでもくらえ!!」


 怒りの叫びと共に、いくつもの水球がエディたちに向けられた。また窒息させるつもりなのだろう。だがその水球は標的に届く前にぴたりと動きを止めた。その先にはエディがいて、険しい表情で手をかざしている。丸い水の玉はエディの頭上に浮かび上がり、形を(やり)へと変えた。水の支配権は完全にエディの手中にあった。


「ごめんねミシェルちゃん」


 エディの指先が槍に触れると、そこからピキピキと音をたてて凍りついていく。現れたのは鋭い刃先を持つ氷の槍だった。全部で八つの氷槍(ひょうそう)が、驚愕の表情を浮かべる男たちに向けられる。


 エディは怒っていた。

 ミシェルを襲った男たちに。

 即座に助けなかった自分に。

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