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コックのエディが気になるのは、ちょっぴり食いしん坊なミシェルちゃん!  作者: 猫の玉三郎


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2話「お待ちどうさま」

 ミシェルは貴族令嬢である。その(たぐい)まれなる体格と聡明な頭脳に向かうところに敵はなし。うぶな乙女に無敵と評するのはいかがなものかと思いもするが、仕方ない。


 この日もまたミシェルはエディの店に向かった。彼女がこの店を利用するのは料理がおいしいからとか、店主がかわいらしいとかそういう理由ではない。屋敷から抜け出たルートで一番近い料理屋だからだ。あまりお金がかからないのも都合がいい。


 街の時計塔が示しているのは昼の二時をいくらかすぎた頃。来るのが遅すぎたと思いながら、ミシェルはすこしだけ屈んで店内に入る。彼女には少し小さな造りのようだ。テーブルを拭いていたエディの顔がほころんだ。


「あ、いらっしゃい!」

「すまない、まだ料理はあるだろうか」


 ミシェルの来店に心おどるエディだが、すぐさま悲しそうに眉を下げた。


「えっと、スープもパンも売り切れちゃって」


 今日はいつもより客が多かった。おかげで大鍋いっぱいのスープは空っぽとなり、山盛りにつまれたパンはなくなっていた。いつもだったら少しくらい残るのに。


 そうか、とミシェルは言うと(きびす)をかえした。


「ま、待って!」


 180センチ越えの巨体の前に立ちはだかるのは小柄なエディ。もはや熊VS子どもだ。簡単に吹っ飛ばされてもおかしくない体格差だが、エディはいまのところ無事だった。


「あの、今から作るよ。だからぜひ食べてって!」



 ◇



 この世界では魔法が使える。それは生活のなかに溶け込み、暮らしを豊かに、便利にしている。誰にだって素養があるから、魔法の芽が開花した者はそれぞれの強みを活かした職業に就くことが多かった。


 それはエディも例外ではない。

 彼がかまどにふうっと息を吹き込むと、先ほどまで静かだったかまどの中に熱気が戻ってきた。


 鉄製のフライパンをそこへかけると、多めに油をたらして卵を三個ほど割りいれる。じゅうじゅうと白身が固まっていくのを横目で見ながら保冷箱から腸詰肉をとりだした。これは先日エディが作った自信作だ。沸かしていたお湯のなかに大きめの腸詰肉を放り込む。ついでに手早くカットしたキャベツも。次に、戸棚のなかから瓶を手に取ると、中に漬かっていたピクルスをとりだした。それをナイフで薄く切っていく。


 目玉焼きが焼きあがると大皿にうつす。そしてフライパンにバターとニンニクをいれ、良い香りが出てきたらカットしたパンを放り込む。


 これは売れ残りのパンではない。エディが夜に食べようととっておいたものだ。しかしそれを躊躇なく使う。ミシェルに食べてほしいから。パンがこんがり焼けるとこれも大皿にうつし、薄切りのピクルスはくるくるとまいてピックにさした。こってりしたものが多いから口直し用だ。


 ゆであがったぷりぷりの腸詰肉を鍋からとり出し、皿に盛る。鍋に残った野菜入りの汁は塩で味を調えてスープにした。


 よく焼いた目玉焼きが三つにガーリックトースト、湯気のたつおおぶりの腸詰肉、野菜がたっぷり入った大盛りのスープ、それからピクルス。言ってしまえば贅沢なまかないだ。凝った料理は作っていない。ただ焼いただけ、茹でただけ。大きなお盆にそれらを乗せて、ドキドキしながらエディはミシェルの元まで歩いた。


「せめてオムレツにすればよかったかな」


 作るから待ってて、ととっさに言ってしまった。あの人がよその店で料理を食べるのかと思ったら、つい口から言葉が出ていたのだ。エディはそれをなんとなく恥ずかしく思った。


「お待ちどうさま」


 ごとりとテーブルに大皿を置く。ちなみにこの木製の大皿は本来大量に焼いたパンを並べるためのものだ。料理を盛って客に提供したことなどない。実は心の底で憧れていた。料理を大皿いっぱいに盛って人に振るまう、そんな贅沢な瞬間を。


 ミシェルは大皿を見て驚いた。どれも湯気がのぼっていて、できたてというのが伝わってくる。ガツンと香るニンニク、香辛料の混じった肉のいい匂いが、胃にダイレクトに訴えかけてくる。


「……もしかして少年が作ったのか?」


 表情は大きく変わらないが戸惑は隠せない。


「あはは。よく間違えられるんだけど、俺はここの店主だよ。料理は俺が作ってる。それにちゃーんと大人なんだから」


 ひと懐っこい笑顔にウインクまでつけても、目の前のオーガは微動だにしない。エディは笑顔のまんま恥ずかしさで顔を赤くした。


「そうか。勘違いしてすまなかった」

「もう24歳なんだけど誰も信じてくれないんだよ。まあそれよりも、食べて食べて!」


 うながされてミシェルは食べ始めた。とにかくひとくちが大きい。目玉焼きがぺろりとなくなり、スープの中身がみるみる減っていく。お腹が空いていたのか、いつもより良い食べっぷりにエディがぽーっと見惚れた。ちらりと見える白い歯。少しだけ尖った犬歯がワイルドだ。


 この人の食べ方、すごく好きだ。そう思わずにはいられなかった。料理を口へ入れると、ゆっくと噛み締めている。ミシェルは大食いではあるが早食いではなく、ゆっくりと味わっているようだ。念のためにとふかしていた芋も追加でだすと、それまできれいに食べてしまった。


「ありがとう。おいしかった。これで足りるか」


 そう言って渡されたのは小銭の山。ざっと数えて20ゼニーはある。


「待って、もらいすぎだよ!」


 帰ろうとしていたミシェルを引き止めたエディ。しかし彼女はそのまま受け取ってほしいと言った。


「大人数用にたくさん作ったものなら安くもなるだろうが、あなたは私ひとりのために作った。それならば、これが妥当なのでは?」

「そんなに手間はかかってないよ。どれも簡単なものばかりだ」


 卵が三つとパンが二枚、大きな腸詰肉は三本。あとはピクルスやバターなどちょこちょこしたものだ。それに野菜が少し。材料費や手間賃を考えても10ゼニーがいいところだ。


「これくらいで十分」


 エディはミシェルの手をとっておつりを渡す。思いのほかたくましい腕に、どきりとした。指先は硬く、小さい切り傷がいくつもある。瞬時に戦う人の手だと悟った。この人は女性ながらに剣を振るっているのか。そこでエディはふと笑みがこぼれた。身体が資本であれば、なおのこと食事が大事だ。その一端を自分の料理がになっていることに誇らしくなった。


「また、食べに来てよ。きみが食べる姿を見るのが好きなんだ」


 へらっと笑うと改めてミシェルに向かう。


「俺はエディだよ。きみの名前を聞いてもいい?」

「ミシェルだ」


 姓は名乗らなかった。言ってしまえば、彼女がこの辺りを統べる地主の血縁者だと知られてしまうかもしれない。バレたからと言ってどうこうするわけでもないが、変に気を使われたくはなかった。しかしエディは彼女の思惑などまったくおかまいなしで、むしろ彼女の名前を忘れないように口の中で小さく繰り返す。ミシェルはその様子に少しばかりあきれた。なんというか、邪気がない。


「……帰る。世話になったな」


 くるりと踵を返して扉に手をかけた。その言葉にエディが慌てて駆けより、見送りをする。


「じゃあね、ミシェルちゃん」


 閉まる扉の奥から聞こえた言葉に、ミシェルは思わず首をかしげる。「ミシェルちゃん」とはこれいかに。まるで幼子に呼びかけるようではないか。実際にはエディはだいぶ年上であるのでそう呼んでもおかしくはないのだが、相手はミシェルである。貴族令嬢として、不屈の戦士として丁寧に扱われることはあれど、あのように親しげに呼ばれることなど幼少期以来だ。


 しかし不快なわけでもない。

 なんとなくむずがゆい気持ちを抱えたまま、ミシェルは帰路についたのだった。

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