きっと彼女は遠い存在
朝登校すると、やけに昇降口が騒がしかった。
数人かの生徒は足を止め、ひそひそ話をしている。
それは学年関係なく、誰もがその人物を目で追っていた。
「見ろよ、水城さんだぜ」
「やっぱ可愛いよなぁ〜」
「けどなに考えてるかわかんなくね?」
「バカお前、そこがいいんだろ」
何事かと思えば噂する男たちの視線の先には、ひとりの女子生徒がいて――。
「またあの子か⋯⋯」
周りの目など気にも留めず、スタスタと歩いて行く女子生徒。
俺は彼女に見覚えがあった。
水城 碧衣。
一年生の後輩で、全学年に知れ渡った有名な美少女だ。
容姿端麗、成績優秀で、首席で入学した秀才。
加えてその整った容姿は目を引き、毎月のように告白されているのだとか。
神は不平等だ。
天は二物を与えずと言うが、未だ水城の欠点らしい欠点を見たことがない。
親しい人間はこの学校にいないと噂されていて、水城のプライベートを知るものは極端に少ない。
よって、天は水城に二物を与えている。酷い、俺にも三物くらい与えてくれてもよかったじゃないか。
そんなわけで、水城はこの学校において有名人だ。
他人に関わろうとせず、群れることのない孤高の姫。
いや、群れる必要がない――と言った方が正しいか。水城ほどの人間なら、全部ひとりでなんとかしてしまうのだ。
全く末恐ろしい。おかげで水城が入学してきてから、女子たちが殺気立っている。
あぁ、怖い怖い。
「まあ、俺には関係ないけど」
靴を履き替え、二年生の教室へ向かう。
俺も基本的に学校生活はひとりで過ごすが、水城とはまた違った人間。
決して、これから先も関わることのできない高みにいる存在。
そう、思っていた。
――あの、瞬間までは。