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81 根拠なんてないけれど


 音を置き去りにして繰り返される攻防。

 時間が経つにつれ、鋭さを増す剣聖の攻撃。


 次第に限界が近づいてくる。


 状況は、私に王宮魔術師団で働き始めた日のことを思いださせた。


 ――血の60秒。


 ガウェインさんとの手合わせ。


『あくまで新人の力試し。耐え抜けば合格なのに、勝ちたくなって倒しに行ったでしょ、君』


 剣聖を倒すための特訓中、ルークは言った。

 私は答える。


『そりゃ分不相応かもしれないけどさ。でも、戦うならどんなに格上が相手だろうと全力で勝とうとするのが心意気というか』

『いいよ。それでいい』

『え?』


 驚いた私に、ルークは言った。


『僕がチャンスを作る。君はその一瞬にすべてを懸けて、全力で勝ちに行ってほしい』


 最後の作戦を伝えてから続けたんだ。


『ノエルなら勝てる。二人で勝とう』


 あのルークにこんなことを言われるなんて。

 昔は犬猿の仲で、お互い『あんなやつ大嫌い!』って感じだったことを思うとなんだか感慨深い。


 そう。

 私は一人じゃない。


 自分の力だけじゃ届かない相手でも二人ならきっと超えられる。


 剣聖の猛攻に私は後退する。

 魔力と体力を消耗し、押し込まれる。


 そういう演技。


 誘い込むのは、剣聖が最初に私を吹き飛ばして崩壊させたフィールド外縁部。

 地面がめくれあがり、崩落した壁の一部が転がっている。


 これだけ派手な攻撃を受けて、一切の被害なく機能している魔術障壁がありがたい。

 おかげで、何も考えず思いきり魔法を放つことができる。


 今まで以上に不安定でバランスを取るのが難しい足場。

 しかし、剣聖の攻撃にはほんの少しのブレもない。


 おそろしく強い体幹。

 一切の妥協なく鍛え抜かれた肉体。


 やっぱり本物だ、とうれしくなる。

 この人はきっと、自分のすべてを剣に捧げていて。


 だから、こんなにも美しい。


 動きのひとつひとつに、見とれて息ができなくなってしまいそうなくらい。


 近づきたいと思う。

 追いかけたい。

 私もこんな風になりたいんだ。


 自分の大好きなものに純粋に打ち込んで、誰かを感動させられるくらいすごい魔法使いになりたい。


 地方の魔道具師ギルドでも役立たず扱いだった私には過ぎた願いかもしれないけど、それでも――


突風ウィンディ


 風属性の下級魔法。

 吹き上げる強い風には、攻撃と呼べるような力は無くて。


 だけど、ルークの狙いは相手の視界を遮ること。

 崩落したフィールドの粉塵が巻き上がって、剣聖の視界を遮る。

 続けざまに起動する魔法式。


重力風グラビティストーム


 上級魔法。

 吹き下ろすすべてを押しつぶす風。

 普通の人では立っていられない強烈な風が剣聖の身体を地面に叩きつける。


「――――」


 しかし、剣聖の身体は揺らがない。

 知っている。


 でも、崩落したフィールドの足場は別だ。


 身体が沈む。

 剣聖の両脚が地面に縫い取られる。


 ここしかないことが本能的にわかった。

 王国史上最強の騎士を倒す千載一遇の勝機。

 その一瞬に自分のすべてを込めて前に出る。


 地面に足を縫い取られた状態で、しかし剣聖の攻撃は私の想像よりはるかに速かった。


 神速の一閃。


 今までのそれよりもさらに速い一振り。

 だけど、この戦いで私は何度もその剣を見てる。


 とても対応できない一撃も、この状況なら反応できる。


 ――かわせる。


 鼻先で一閃を回避する。

 背後に回り込んで、魔法式を起動した。


 重ねている強化魔法は七重。

 使えるすべての魔力を注ぎ込む。


 私に今できる最大火力。


 ルークが作ってくれた勝機。

 一人ではとても敵う相手じゃなくて。


 だけど、二人なら超えられる。

 そう信じて――その一瞬に、今までの全部を叩き込む。



烈風砲ウィンドブラスト



 炸裂したのは巨大な風の大砲。


 まくれ上がり破砕する床石。

 閃光が辺りを染め、衝撃波が体を殴りつける。


 やがて粉塵の向こうから覗いたのは巨大なクレーターだった。


 自分に今できる最高の魔法。

 そう胸を張って言える出来だったと思う。


 だけど粉塵が消えたその先――剣聖は巨大な大穴の真ん中に立っていた。


 届かなかった、か……。


 背後からの一撃に反応し、神速の一閃をぶつけて相殺する。

 ダメージも少なくないみたいだけど、しかし戦える状態である時点で既に勝負は決していた。


 すべてを注ぎ込んだ千載一遇の勝機で勝ちきれなかったのだ。


 残っている魔力はわずか。

 剣聖と戦うには絶望的な残量。


 負けを悟って息を吐く。


「――見事」


 瞬間、響いたのは悲鳴と歓声だった。


「おい、魔術障壁に亀裂が……!」

「ありえない……王の盾(キングズガード)の精鋭が用意した特別製の魔術障壁だぞ……」

「止めろ! 至急戦いを止めろ!」


 騒然とする運営の人たち。


 え?

 私の魔法がこのすごい魔術障壁に亀裂を……?


 信じられない気持ちで見つめる。


 慌てて走っている責任者の貴族さんの姿。

 思わず笑みがこぼれてしまった。


『みんな君じゃ相手にならないのは知ってるから。ただ立っていてくれればそれでいいよ。大丈夫』


 少しはびっくりさせることができたみたい。

 勝つことはできなかったけど。

 でも、無敗の剣聖相手に負けなかった人も今までいなかったはず。


 まだ早いってことだよね。

 考えてみれば当然か。

 私はまだ一年目の駆け出し王宮魔術師なのだ。


 最強の参謀と二人がかりでも、届かないのは当たり前の話で。


 でも、いつか届く。

 きっと届く。


 根拠はないけれど、なんだかそんな風に思ったんだ。




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