78 挑戦
御前試合当日。
試合が行われる王立騎士団第一演習場は、観覧する貴族や両陣営の関係者で賑わっていた。
なんでこんなにたくさんの人たちが……。
御前試合が大王宮における一大イベントであることを今さらになって実感する。
張り切ってたけど、もし何か失敗したらどうしよう……。
想像以上の注目度に、胃が痛くなってくる。
「大丈夫だって。そんな固くなるなよ」
励ましてくれたのは、同じく御前試合に出場する先輩たちだった。
御前試合は王宮魔術師団と王立騎士団の精鋭によって行われる五番勝負。
私の他にも四人の先輩が出場者として選ばれている。
「大将戦だとか気にしなくていい。俺たちがお前の試合前に決着つけといてやるからさ」
「先輩……!」
あたたかい言葉に感動しつつ、その大きな背中を見送る。
御前試合は王宮魔術師団にとって大事な試合なわけで。
その結果を決定づけてしまう状況での大将戦なんて、プレッシャーがすごすぎて絶対にやりたくない。
よかった。
これで安心して自分のことに集中できる。
胃薬とお茶を飲みつつ先輩たちの試合を見守る。
結果は二勝二敗だった。
私は現実が受け止められなくて遠い目をした。
「嫌だ! 戦犯扱いされたくない! 助けて!」
「頼むノエル! お前にすべてがかかってる! 勝ってくれ!」
白目を剥く私の肩を揺らす先輩たち。
かっこいい先輩だと思ってた私の気持ちを返してほしい。
のしかかるプレッシャーにくらくらしつつ、案内されて選手入場口へ向かう。
「緊張してるね」
声をかけてきたのはルークだった。
「それはもう。だってすごくたくさんの人が見てるし。二勝二敗で大将戦を戦うとは思ってなかったし」
私が負ければ、御前試合での王宮魔術師団の負けも決まってしまう。
国王陛下もご覧になっているわけでその影響力は絶大。
この大将戦でひどい負け方をしてしまったら、王国における魔法使いの立場にも悪い影響が出る可能性さえある。
失敗は絶対に許されない。
「大丈夫だよ。誰も君になんてまったく期待してないから。瞬殺されても王宮魔術師団の評価は下がらない。当然の結果。それだけ」
「ちょっと! ひどくない!? たしかにそうかもしれないけどさ!」
励ましてくれるのかなってちょっと期待したのに。
やっぱり性格最悪だよ!
変わってなかったよ、この意地悪!
「魔法のことなんてまるでわからない貴族がほとんどだからね。みんな君が一瞬で跡形もなく吹き飛ばされると思ってる。見るも無惨に、完膚なきまでに叩きつぶされる形で」
「むむむ……」
「でも、もし君が瞬殺されなかったらどうだろう。何せ相手はあの剣聖だ。それだけで会場中がどれだけ驚くか。そして、僕らはそのための準備をしてきてる」
ルークは言った。
「どう? わくわくしてこないかな?」
弾む鼓動。
高鳴り。
「できるよ。君なら、絶対にできる」
もう。この人は乗せるのがうまいんだから。
運営の人にうながされて、試合が行われるフィールドに出る。
観覧席から注がれる無数の視線。
だけど、今は全然気にならない。
この試合のために力を貸してくれたあいつのためにも――
誰も期待してなくていい。
それでいい。
度肝を抜いてやる。
決意を胸に、私は目の前に立つ途方もなく高い壁を見据える。
剣聖――エリック・ラッシュフォード。
王国史上最強の騎士。
対峙する上で気をつけるべきことを、ルークは私に教えてくれていた。
『相手を必要以上に大きくしないこと。どこにでもいる少し強い普通の騎士。そう思うことを意識して』
普通の騎士、普通の騎士、普通の騎士。
心の中で唱える。
『それから一番重要なのは、最初の一撃で決定打をもらわないこと』
剣聖の最初の攻撃。
その一瞬に、最大限の警戒をして臨んでほしいとルークは言っていた。
『剣聖の攻撃は、おそらく君が今までに対峙した誰よりも速い。ほとんどの対戦相手が最初の一撃に反応さえできずに敗北してる。その一瞬にすべてを懸けるつもりで集中して』
全神経を研ぎ澄ませる。
身体が硬くならないよう、一点に集中せず全体をぼんやりと見ることを意識。
小さく跳んでステップを踏みながら、攻撃に反応できる体勢を整える。
響く試合開始の合図。
私にできる最高の準備ができていたはずだ。
集中していたし、気負いすぎてもいなかった。
最初に起動した《固有時間加速》は完璧な出来だったし、調子も普段より良かったと思う。
出来すぎくらいにうまくいった試合開始直後。
なのに、その踏み込みに私は反応することさえできなかった。
「――――っ!?」
見えなかった。
何が起きたのかまるでわからなかった。
演習場外縁部、石造りの壁に叩きつけられている。
背骨が折れたんじゃないかと錯覚するような強い衝撃。
耳元で鳴る破砕音。
舞う粉塵と土煙。
壁の一部を吹き飛ばし、その中にめり込む形でようやく私の体は止まったらしい。
すごいのはわかっていて。
知っていて。
だけど、相対したその人は私の想像なんてはるかに超えていた。
七百戦無敗。
王国史上最強の騎士。
口の中でざらつく砂礫を吐き出して、深く息を吐く。
本物だ。
次元の違いを思い知った。
私なんかが戦おうとすること自体おこがましく思えてくるような圧倒的で絶対的な強さ。
壁は途方もなく高く、見上げても空が見えないくらい。
でもだからこそ、超えられたら最高に気持ちいいはずだよね。
回復魔法で失った体力を回復する。
砂煙の中に身を隠しながら、私は口角を上げた。
誰も私が勝つなんて思っていない。
それでいい。
王国史上最大の下剋上を見せてやる。
さあ、挑戦の始まりだ。