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75 彼女の理由


 王室主催の御前試合。

 王立騎士団と王宮魔術師団の精鋭によって行われる五番勝負で、大王宮の中で最も注目を集めるイベントのひとつだ。


 国王陛下がご観覧され、その結果は組織の地位と名誉にも影響する。

 両陣営にとって、非常に重要な試合なのだけど。


「ど、どうしてそんな大切な試合に私が……」

「王子殿下のご推薦だって」

「でも、私より優秀な魔法使いさんもたくさんいるのに」

「上の階級になるほど自分の研究を優先したいって人も多いから。あと、強すぎて御前試合に出すのは危険な部分もあるし」

「ああ、なるほど……」


 犯罪組織アジトで見たガウェインさんとルークの魔法を思いだす。

 たしかに、あの人たちを国王陛下の前で戦わせるのは、運営側としても怖い部分があるのだろう。


「それに、貴方の出る試合は実質罰ゲームみたいなところがあるからみんなやりたがらなくて」

「どうしてですか?」

「勝敗を決める大将戦。しかも、相手は『無敗の剣聖』ラッシュフォード様なの」


 その騎士さんの名前を私は知っていた。

 というか、知らない人はほとんどいないんじゃないかと思う。


 王立騎士団序列一位。

 個人戦闘七百戦無敗。

 聖宝メイガス級魔術師と共に、最高戦力の一人として数えられる王国史上最強の騎士。


 私が対悪ガキ戦四百戦無敗を名乗っていたのも、この人の無敗記録に憧れたからだったりする。


「無理ですよ! 勝負になるわけないじゃないですか!」

「大丈夫。運営の方も力の差があることはわかっているわ。だから、ハンデをつけてくれるんだって」

「あ、そうなんですね。よかった。殺されるのかと思いましたよ」

「五分間耐え抜いたら貴方の勝ちという変則ルールなんだけど」

「……あの、言い忘れてるだけだと思うんですけど、剣聖さんの力を制限する系のハンデもありますよね?」


 先輩はにっこり微笑んでから、私の肩に手を当てて言った。


「大丈夫。死にはしないわ。多分」

「…………」


 多分なんだ。

 死ぬ可能性あるんだ。


「先輩出てくださいよ! 私より階級上の黄金ゴールド級じゃないですか!」

「嫌よ! 私には家で待ってる猫ちゃんがいるの! 死ねないの!」

「私だって死にたくないです!」

「一生のお願い! みんなのために死んで!」

「嫌です!」


 断固拒否の姿勢を見せていた私だが、王子殿下のご推薦という事実は一介の魔法使いにどうこうできるようなものではない。

 結果、無事御前試合で公開処刑されることが決定した。


「どうして……どうしてこんなことに……」


 あまりにも格上過ぎるし、絶対に勝負にならないってこんなの……。


 どうやってこの絶望的な状況から生き残ろう。

 必死で考えるけれど何も浮かばないまま時は過ぎる。


「ノエルさん、御前試合の打ち合わせだって」


 大王宮の一室。

 豪奢な応接室に呼びだされて打ち合わせをすることになってしまった。


 純白のソファーに大理石のテーブル。

 細身の鳥のような意匠の蝋燭台が橙色の火を灯している。


「こちらで少々お待ちくださいませ」


 執事さんは美しい所作で一礼してから、賢い猫のように音もなく部屋を後にする。

 御前試合の運営を担当している貴族さんを呼びに行ったらしい。


 部屋の中は湖の底に座っているかのように静かだった。

 落ち着かない気持ちでどのくらい待っていただろう。


「悪いね。待たせてしまって」


 現れたのは品の良い初老の男性だった。

 王国貴族社会に疎い私でも、感覚的にその人がかなり高い地位にいることがわかった。


「君が出てくれてよかったよ。王子殿下は君のことを気に入られているようでね。王の盾(キングズガード)に呼ぼうとなさってるなんて話もあるんだよ」

「あ、ありがとうございます」


 本当に評価していただいているらしい。

 お話しできるような存在じゃない雲の上の人という感じなので、まったく現実感がないのだけど。


「よかったじゃないか。すごいことなんだよ。入団一年目の者が御前試合の出場者に選ばれるなんて。ただ、君は少し特殊だから私としては不安もあったんだけどね」

「特殊ですか?」

「うん。西部辺境の出身で平民。経済的にも貧しく下層に分類される出自だろう?  その上女性で、身長も子供みたいに低い。本当に魔法が使えるのか不安になるくらいだ。活躍はしてるそうだが、王室主催の御前試合に出場させていいものか心配でね。でも、君と対戦相手の実力差を考えると出場を許してもいいと思ったんだ」


 貴族さんは言う。


「何せ、あの剣聖が相手だからね。聖宝メイガス級の方々が出ない以上勝負にならないのはわかりきっている。貴族出身の者が惨敗する姿は、あまり気持ちのいいものではないから。その点、平民出身の君が粉々にされても誰も困らない」


 にっこり目を細めて続けた。


「みんな君じゃ相手にならないのは知ってるから。ただ立っていてくれればそれでいいよ。大丈夫」


 彼の言葉は、私に過去の記憶を思いださせた。


 魔術学院時代、数少ない平民の一人だった私は、貴族階級の人たちに気分のよくないことを言われることもあって。


『とんでもないことをしてくれたな、お前。平民風情が、この僕に勝つなんて……!』


 そう言えば、あいつにもそんな風に言われたっけ。


 だから私は言ってやったんだ。


『誰が平民風情よ! 私はお母さんが女手一つで一生懸命働いてくれてこの学校に通えているの! そのことに誇りを持っているし、公爵家だろうがなんだろうが知ったことじゃない! あんたなんか百回でも千回でもボコボコにしてやるわ!』


 あの日の言葉を思いだして微笑む。

 もちろん、私も大人になっているわけで、昔みたいに喧嘩を売ったりはしない。


「試合。絶対に観てくださいね」


 言葉にするのはそれだけ。

 打ち合わせが終わってから一直線に、ルークの執務室に向かう。


 扉を開けて、紅茶を飲んでいたその人に言った。


「御前試合勝ちたい。協力して」



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