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71 異能


 その老人は裏社会の重鎮として知られていた。


 犯罪組織『黄昏』の長を務め、あらゆる手を使って組織を拡大させてきた彼にとっても、目の前のそれは衝撃的な光景だった。


 人間が制御できる域を超えた特別製の魔法杖。

 十の杖が放つ猛攻を一人で耐え、その上超えていこうとしている怪物。


 その異常な光景は、彼にひとつの記憶を呼び起こさせた。

 王室が主催する『緋薔薇の舞踏会』

 裏社会では知らない者がいない凄腕の暗殺者が初めて犯した失敗。


 切り札の特級遺物を打ち破った王宮魔術師の話を。


(ノエル・スプリングフィールド……)


 災害指定のゴブリンキング変異種討伐。

 西部辺境の飛竜種騒ぎでも目覚ましい活躍を見せ、今最も注目を集めている新星。


 老人は目の前の魔法使いを最大級の脅威と判断した。

 手段を選んでいる余裕はない。


「あれを使え」

「はい」


 老人の指示で、側近の男が取り出したのは紫の光を放つゴブレットだった。


 ――特級遺物。

 都市一つ、国一つさえ買えるような額で取引される規格外の迷宮遺物。


『忌神のゴブレット』


 このゴブレットは、一定範囲内に存在する魔石を活性化させ魔法武器の力を倍加させる力を持っている。


 対王宮魔術師の戦闘を想定し、老人が用意していた切り札。

 多くの才能ある魔法使いたちがこの特級遺物を前に敗北してきた。


(魔法使いとして想像を絶するほどの修練を積んできたのだろう。だがこの世界において勝つのは最も狡猾な者)


 老人は口角を上げる。


(強者を倒すのは簡単なことだ。不死身と称えられた竜殺しの英雄が謀略によってあっけなく死んだように)


 ゴブレットが紫の光で部屋を染める。


 十の違法改造された魔法杖に対し、一人で渡り合っていた小さな魔法使い。


 しかし、ゴブレットの力は彼女の積み上げてきたものを無慈悲に叩きつぶす。


 魔法杖の出力が倍加する。

 放たれる暴風の威力が増す。


 抵抗しようとする魔法使い。

 しかし、抗えない。


 ついていけなくなる。

 押し込まれる。


 そこにあったのは無情なまでの力の差。


 巨人が鼠を蹂躙するように。

 魔法武器と特級遺物は、人間の魔法を完膚なきまでに叩きつぶす。


 もはや戦いとは呼べない。

 一方的な蹂躙。


 轟音。


 戦いはあっけなく決着した。


「取引は終わった。行くぞ」


 背を向ける老人。

 出口に向けて歩きだす。


 数歩進んで足を止めた。


 側近の男がついてきていない。


「ついてこい。何をしている」

「申し訳ありません。しかし、これは……」


 声をふるわせて言う側近の男。

 視線の先に目を向けて老人は言葉を失った。


(莫迦、な……)


 そこにあったのは、魔法杖の攻撃をギリギリで押しとどめる小さな魔法使いの姿。


(ありえない。あるはずがない。魔力が倍加してるんだぞ)


 たしかに、ゴブレットの効果は発動している。


 だからこそ信じられない。

 受け入れられず、何度も確認して。


 しかし、変わらない。


(いったい何が……)


 呆然と瞳を揺らす。

 不意に老人は気づいた。


 ゴブレットを使うことによって生じた小さな魔法使いの変化。

 ひとつひとつの動作がより最適化されたものに変わっていることを。


(此奴、まさかこの状況に適応して……)


 必要な条件と行動を瞬時に理解する状況把握能力。

 絶望的なはずの状況に一瞬で適応したその姿に、老人は絶句する。


(状況が厳しくなればなるほど力を発揮する……)


 おそらく意識的なものではないのだろう。

 本能的に、無意識的に。

 状況に適応し自身の行動を最適化する。


 異能の域まで到達している環境適応能力。


 どういう理由かはわからない。

 どのようにしてそのような力を身につけたのか。


 しかし、そうでもなければ目の前で起きている事象の説明がつかない。


(此奴、いったい……)


 底知れない何かが、目の前にいる。



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― 新着の感想 ―
違法指定されているけれど、この杖があればドラゴンだって倒せたのでは? 国が管理して兵士に持たせても良さそうだけどね。
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