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7 洗礼と高鳴り


 ガウェインさんが連れてきてくれたのは、私が入団試験をしたのとは別の演習場だった。


 さすが王国魔法界の中枢だけあって、その設備も学園とは比べものにならないほど充実している。


「うわ、本当にやるのかガウェインさん」

「こりゃ大注目だな。仕事なんてしてる場合じゃねえ」

「十分だけ。煙草休憩だと思って十分だけ見させてください、先輩」


 演習場の周りにはローブ姿の魔術師さんが集まっている。

 さらに、宮廷の人たちの姿も増えてきて、私は涙目になった。


 なんで……。

 そんなに見たいのですか、私がボコボコにされるとこ。


 こんなに私が追い詰められてるのに、ルークのやつはなんだか愉しそうだし。


 ちくしょう、こいつめ……と恨みがましく見つめる。


 ふと、気になることが頭に浮かんだ。


「そういえば、さっき合格者はほとんどいないって言ってたけどルークはどうだったの?」

「僕は合格したよ。ご褒美に高いお肉奢ってもらった」

「さすが天才様……」


 昔はすぐ隣で争ってたのに、今はすごすぎてちょっと劣等感。


「そんなに怯えなくてもいいんじゃない? 魔法戦闘は僕といつもやってたでしょ?」

「それは学院生時代の話だし。卒業してからは一度もしてないから」

「でも、それだけ蓄積はあるってこと。背伸びせず今持ってる力をぶつけてみたらいいんじゃないかな」


 ルークはサファイアブルーの瞳を細めて言った。


「大丈夫。君もできるよ」


 はっとする。

 また弱気になってた。


 戦う前から負けることを考えて怯えてどうする。

 昔の何も怖くなかった頃の自分を思いだせ。


 ルークは私を信じてくれている。

 だったら、私だって私を信じないと。


 できる。

 私は――できる。


 祈りのような思いだけ胸に抱えて、私は演習場の中心でガウェインさんと向かい合う。


「準備はいいか?」


 問いかけに私はうなずいた。


「行くぜ――」


『地獄の洗礼』が始まる。






 速すぎて術式が見えなかった。

 展開する魔法陣。


轟炎弾フレアブラスト


 放たれたのは隕石のように巨大な炎の弾丸。

 まばたきの間にもう最初の一撃が迫っている。


 無詠唱での《多重詠唱マルチキャスト


 並の魔法使いではそよ風ひとつ起こせない超高難易度技術。

 しかし放たれるのはかすっただけで私を即戦闘不能にする威力の炎魔法。


 ギリギリで《魔法障壁マジックバリア》を展開する。


「ぐっ」


 衝撃を殺しきれず後ろに吹き飛ばされる私。

 即座にガウェインさんは追撃の魔法を起動する。


 次々と放たれる炎の魔法。

 補助魔法を使うどころか、考えている時間すらもらえない。


 なんとかギリギリで反応し、かろうじて決定打を防ぐのが精一杯。


 なのに攻撃が重すぎて、体力と魔力がどんどん削られていく。


 なすすべなく後ろに下がることしかできない。

 まるで濁流に翻弄される木の葉のように。


 次元が違いすぎる。


 これが聖宝メイガス級魔術師――!


 ほとんど合格者がいないというのも当然だと思った。


 こんな相手を前に60秒耐えるなんて、とても正気の沙汰とは思えない。


固有時間加速スペルブースト


 そんな猛攻の中で補助魔法を起動できたのは、私が今一番得意とする魔法だったからだ。


 過酷な労働環境。

 疲れ切ってボロボロの状態で、それでも納期を守るために使い続けた補助魔法。


 何度も何度も繰り返した。

 この魔法式なら、意識が朦朧としてる状態でも完璧なものを起動させる自信がある。


「へえ」


 しかし、ガウェインさんに対してはそれすらもアドバンテージにはならない。


固有時間加速スペルブースト


 ガウェインさんの動きが速くなる。

 さらに重ねられる補助魔法。


魔力増幅エンハンス

魔力強化マナブースト

魔力自動回復マナチャージ


 私も同じものを重ねるけれど、強化魔法で底上げされたガウェインさんの火力は常識的な魔法使いの領域を超えていた。


 人間が向かい合って対処できるものとは思えない、天災そのもののような猛攻。

 息もつかせてくれない連続攻撃。


 ――――あれ?


 だけど、意外だったのは私の身体がガウェインさんの猛攻に反応できていることだった。


 かろうじてついていくのが精一杯だけど、それでも耐えることはできている。


 そうだ。

 私はこの戦い方を知ってるんだ。


 ガウェインさんと同じ無詠唱での《多重詠唱マルチキャスト》を使う相手を私は知っている。


 何度も負けて。

 悔しくて。

 絶対に負けたくなくて。


 もう一度、もう一度って数え切れないほど戦ったライバルで親友。



『大丈夫。君もできるよ』



 本当だと思った。

 ルークが私に、ヒントをくれていたんだ。


 全力でぶつかり合ったあの日々が私に力を、勇気をくれる。


 見える。

 反応できる。



 次は――かわせる。



 身をかわし、カウンターで放った私の魔法は、ガウェインさんの左肩をかすめた。


「まさか、ここまでやるとはな」


 ガウェインさんは愉しそうに口角を上げる。


「どうやら手加減する必要はないらしい。ここからは本気で行くぜ」


 目の前にあるのは途方もなく大きな壁だ。


 誰も私が超えられるなんて思ってない。


 だけど、その状況は私にあの頃の時間を思いださせた。


『誰が平民風情よ! 私はお母さんが女手一つで一生懸命働いてくれてこの学校に通えているの! そのことに誇りを持っているし、公爵家だろうがなんだろうが知ったことじゃない! あんたなんか百回でも千回でもボコボコにしてやるわ!』


 胸の高鳴り。


 どうしてだろう。

 根拠はないけど、それでもできるような気がするんだ。


 空も飛べそうだったあの頃と同じように。


 見てなさい、ルーク。

 地方の魔道具師ギルドでも通用しなくて、役立たず扱い。

 働くところがなかった私を拾ってくれた。


 何もない私に期待してくれた。

 ここまで連れてきてくれた。


 その判断が間違いじゃなかったって、思わせてやる。


 ここまで来たら、60秒耐え抜いて負けてないってところを見せてやるんだから。


 自然と笑みがこぼれる。

 遠くからかすかに聞き慣れた笑い声が聞こえた気がした。



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