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65 思い出の箱


 日が落ちた後。

 薄暗い自室の中。

 ルーク・ヴァルトシュタインは深く息を吐く。


「なんで言えないかな……」


 渡せずにいる歌劇のチケット。


 断られるのが怖いというわけじゃない。

 ただ、改めてこういうことをするのはどうにも照れくさいというか。


(いや、違う)


 ルークは顔を俯ける。


(恐れてるんだ。もし彼女との関係が変わってしまったら……。友人として隣にいられなくなったらどうしようって)


 他の何よりも大切なたったひとつ。


 だからこそ、怖い。


 傍にいられる今の関係を失いたくないと思ってしまう。


 ずっとこのままの方がいいんじゃないかって。

 臆病な自分が顔を覗かせる。


(変わらないな、僕も)


 自嘲気味に笑って戸棚の奥から取り出したのはひとつの箱。


 中で眠っていたラッピングされた小包をなつかしく見つめる。


 それは魔術学院生だった頃、彼女のために用意した誕生日プレゼント。

 今年こそは渡すと気合いを入れて準備して、結局渡せなかった失敗の記録。


 痛くて、ほろ苦くて、でも少しだけ心地よい。

 そんな思い出の小包たち。


 箱の中に入っていたものは他にもあった。


 彼女のことを考えているうちにうっかり書いた自作の詩。

 彼女のためにコンサートをする場合を想定して作った曲のリスト。

 同じ苗字になった彼女の名前を書いた跡を見て、ルークはあわててノートを閉じる。


(なにやってんだ、昔の僕……)


 大分痛々しいことをやっていたらしい。


(それだけ好きだったってことか)


 その気持ちは今もまったく変わっていない。

 むしろ、今の方がもっと強くなったと思う。


(もう一歩……もう一歩だけ踏み出してみよう)


 公爵家嫡男の立場である自分に、想いを伝えることは許されなくて。

 それでも、隣にいたい。

 近くでもっと彼女を知りたい。


「これ、先輩からもらったんだけど行ってみない?」


 あくまで友人として。

 変な意味が出ないよう細心の注意を払いつつ言葉にする。


「レティシアさんが言ってたやつ! 行ってみようかなって思ってたんだよね。やるじゃん、ルーク!」


 ばんばんと肩を叩かれる。

 鈍感な彼女は拍子抜けするほどあっさりうなずいてくれた。


(本当に、ノエルとデートできるなんて)


 夢にまで見た機会。

 期待に胸は弾む。


 持てる力のすべてを注ぎ込んで最良のデートプランを作成した。

 前日はうまく眠れなくて、寝不足で。

 そのくせ、待ち合わせの一時間前に着いてしまった自分の舞い上がりぶりに、冷静になってため息をつく。


(少し時間を潰すか)


 待ち合わせ場所の噴水が見える喫茶店。

 ロイヤルミルクティーを注文する。

 睡眠不足の目を閉じて休んでいると、誰かが近づいてきて向かいに座った。


「さすがです、ルークさん。我々が総力を挙げて掴んだ裏取引の情報を独力で入手するとは」


 言ったのは王宮魔術師団の同僚だった。

 二番隊――魔法不適切使用取締局の黄金ゴールド級魔術師。


「何のこと?」

「とぼけなくても大丈夫ですよ。協力していただけてとても心強いです。局長は手柄を横取りされるのを警戒してるみたいなので、あくまで偶然居合わせた部外者として中に潜入してもらいたいですが」

「いや、僕は個人的な用事でここにいるだけなんだけど」


 話がかみ合わない。

 同僚は周囲をうかがい、懐から小さな砂時計を取り出してテーブルに置く。


「いいでしょう。こちらの情報も聞いておきたいわけですね。わかりました」


 王宮魔術師団で使われている、盗聴を防止する4級遺物。


 細かく砕かれた魔石の粉。

 砂時計の中で、蒼く光を放つそれが細い筋を作って落ちていく。


「歌劇場で禁忌指定された魔導書の闇取引が行われるという情報はルークさんも掴んでいると思います。なぜ歌劇場なのかは我々もわかりません。が、取引を主導する組織のアジトが近くにあるのではないかと局長は睨んでいるみたいです」


 なんでよりによって歌劇場でそんなことを……。


 レティシアがそのつもりで歌劇場のチケットを渡したのかと一瞬勘ぐったルークだったが、取締局が総力を挙げて掴んだ情報だ。おそらく偶然だろう。


 普段の自分なら好機と捉えるところだが、今日は事情が違う。


 念願のノエルとのデートなのだ。

 他部署の仕事に巻き込まれて邪魔されるのは勘弁してほしい。


「絶対手伝わないからね」

「そうですね。表向きはそのスタンスでお願いします。それでは」


 背を向け去って行く同僚。

 その背中を見送りながらルークは決意する。


 絶対に関わらないことにしよう。


 今日はオフなのだ。

 こういう緊急時の場合、後から出勤扱いにして代休を取ることもできるが、仕事よりも自分にとってはノエルの方が大切。


 しかし、彼のそんな思いは予想外の形で裏切られることになる。


「ルークルーク! 魔導書の闇取引だって! わくわくするね!」

「…………」


 くそ、取締局の連中余計なこと言いやがって……!


 待ち合わせ場所に現れたノエルの弾んだ声に、ルークは頭を抱える。


 念願の初デート。

 取締局の連中にも闇取引にも、絶対に邪魔されてたまるか。


 ルーク・ヴァルトシュタインの戦いが始まった。



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