63 教授
フリードリッヒ教授の授業は本当に難しかったけど、一番得意な《固有時間加速》で使っている魔法式構造についての内容だったのが幸運だった。
つまずきそうになりながらも、なんとか半分くらいは理解することができたんじゃないかと思う。
あまりに難しすぎて、最後は我流の解き方で強行突破するしかなかったのだけど。
「いいぞノエル! さすがうちのエース!」
「見たか意地悪教授! これが王宮魔術師の力だ!」
「やれー! ぶっ倒せー!」
題意を満たす魔法式という意味では正解だったから、先輩たちは小声で盛り上がっていたけど、実は細かい構造とか全然違うんだよね……。
高等魔法学校までしか出てない私の我流だから、大学の先生からするとめちゃくちゃなこと書いちゃってるかも。
いやいや、怖がっちゃダメだ。
とにかく、落ち着いて自分の力を出し切ること。
研修の中で八割の問題に正解した私は、受講者の中で一位の正解率を記録。
先輩たちにちやほやされてほくほく顔だったのだけど、研修後の助手さんの言葉で状況は一変した。
「先生が少しお話ししたいと言っています」
「…………」
怒られるやつだ、これ。
「魔法式として題意は満たしていたかもしれない。でも、君の魔法式構造は最低だったよ」とか嫌味言われるパターンだ。
怯えつつ、売られる子牛みたいな気持ちで教授の元へ向かう。
「私は君たち王宮魔術師が嫌いだ」
フリードリッヒ・ロス教授は感情のない目で私を見つめて言った。
「権力に飼われている魔法使いなど同じ空気を吸っているだけで虫唾が走る。消えて欲しいと心から思っているよ。講義を受けていた全員が嫌いだし、もちろん君のことも嫌いだ」
なんかめちゃくちゃ嫌われてる……。
それ偏見だと思いますよ先生!
王宮魔術師のみなさん良い人で、職場の雰囲気もすごくいいわけで。
これは先輩たちの名誉のためにも抗議しなければ。
言葉を準備する私に、フリードリッヒ教授は続ける。
「君の魔法式もそうだ。何から何まで現代魔法研究から逸脱しているし、真っ当な魔法式とはとても言えない。君のそれを見て、魔法式として根本から間違っていると言う研究者も多くいるだろう。正常な感覚だ。君の魔法式はあまりにも常識的な規則から外れすぎている」
う……魔法式のこととなると、否定できない。
完全に我流だもんね。
やっぱり大学の先生的には怒られちゃう感じか。
深く息を吐く私に、フリードリッヒ教授は言った。
「だが間違いなく君にしか描けない魔法式だった。何も変えなくていい。君が今後も私や他の研究者たちに忌み嫌われる魔法式を描いてくれることを期待している」
――あれ?
これって、もしかして……。
呆然と見上げた私に、教授は言った。
「そのまま君らしく励みなさい」
かけられた言葉が信じられなくて立ち尽くす。
多分、褒めてくれたんだよね。
何も変えなくていい。
私のやり方でやっていいんだ。
それは魔術学院を出てからずっと独学で魔法の勉強をしてきた私にとって、すごく勇気をもらえる言葉だった。
否定されることもあるかもしれない。
だからこそ、わざわざ呼んでくれたんだろう。
みんなにこんなの魔法式として間違ってると言われるような状況になっても、くじけずに自分の道を進めるように。
伝えてくれた言葉を心の中で反復する。
初めて受けた研修は、思っていたよりもずっと多くのものをくれる素敵な時間だった。