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60 研修


「魔法技能研修?」


 そんなある日のお昼休み。

 王都の定食屋で一番量が多いチャレンジメニューを完食し、気持ちよく王宮魔術師団本部に帰った私はレティシアさんに呼び止められた。


「そう。外部から講師を招いての研修があるのだけど、貴方はどうしたいか希望を聞きたくて」


 希望者が受講できる研修についてのお話だった。

 王宮魔術師としてのスキルを磨くために、定期的に行われているものらしい。


「内容が専門的で高度だし、実務上すぐに役立つというわけでもないから出ない人も多いけどね。ただ、興味があるなら受けてみたら得るものもあるんじゃないかしら」


 長時間の座学。

 しかも難解ということで、どうやらあまり人気のある研修ではない様子。


「どういう内容なんですか?」

「王立魔法大学の教授で、昨年ウェルナー賞を受賞したフリードリッヒ・ロス先生による授業ね。内容は魔法式構造学。反安定魔法式における楕円曲線と複素解析的函数の講義なんだけど」

「それすごく受けてみたいですっ!」


 前のめりになって言う私に、レティシアさんは瞳を揺らす。


「そんなに興味あるの? これに?」

「魔法式構造学大好きなんです。ルークを最初にぶっ倒したのもこの分野のテストで。何より、出てくる用語が知的でかっこいいじゃないですか! 『ゴールドバッハの未定乗数法』とか、『ガスシュミットの最終定理』とか、聞いているだけで頭が良くなってる感じがするというか」

「貴方、ほんと変わってる」


 くすりと笑って言うレティシアさん。


「そういうところ素敵だと思うわ」


 やさしい。

 学生時代は「あいつにやにやしながら勉強してる。変人だ。変人チビ女だ」とか馬鹿にされることもあって、そのたびにスーパー魔法パンチ(物理)のシャドーボクシングでびびらせて黙らせていたのだけど。


 普通の人と違う変わったところも素敵だって言ってくれて。

 私もそういう人になりたいな。

 変なところもいいよね。素敵だねって言える人に。


 やっぱり大人だなぁ、かっこいいなぁと思っていた私に、レティシアさんは言った。


「ところで、これは仕事には関係ない話なのだけど」


 プライベートのお話!

 いつも忙しくお仕事されてるレティシアさんなので、こういうのは結構珍しい。

 仲良くなれたかも、とうれしくなりつつ答える。


「はい。なんですか?」

「貴方……王都の歌劇って興味ある?」

「歌劇……?」


 オペラとかミュージカルとかそういうやつだよね。

 上流階級の瀟洒なお芸術という感じで、庶民の私にはよくわからない世界のイメージだ。


 そう伝えると、


「新しい世界を見るのも良いと思うわよ。機会があったら行ってみた方がいいんじゃないかしら」


 とのこと。

 正直あまり興味は無かったけど、レティシアさんが言うなら行ってみようかな。


 意外と楽しめるかもしれないし。


 ともあれ、それから数日が経って、迎えた研修の日。


 大学の先生の授業ってどんな感じなんだろう?

 聞いているだけで頭がよくなっちゃいそうだ。


 わくわくしながら研修室の扉を開け、空いている席に着く。

 聞こえてきたのは、先輩たちの話し声だった。


「見たか? あの意味不明な去年の資料」

「王立魔法大学でも一番難解な講義として有名らしいな」

「その上、王宮魔術師よりも自分の方が上だということを示すために、研修ではさらに難しくわかりづらい講義をしてるらしい。答えられない姿を見て楽しんでるんだと」

「鼻持ちならない野郎だ。俺が全問正解してぶっ倒してやる」

「みんな、安心しろ。俺はこの日のために一年かけて準備をしてきた。対策は万全だ」


 ………………え?

 そ、そんなに難しいの?


 先輩たちの言葉に、私は血の気が引いていくのを感じる。


 面白そうってだけで何も考えずに参加しちゃったけど、考えてみると私、大学レベルの授業なんて受けたことがない。


 王立魔法大学は王国でも最難関の最高学府。

 その中でも一番難しい授業をする先生が、意地悪でさらに難しい授業をするだなんて……。


 これ、絶対ついていけないやつでは……。


 頭を抱える私の耳に届いたのは、他部署の先輩たちの声だった。


「って、おい、あれノエル・スプリングフィールドだぞ」

「各地で目覚ましい活躍を見せ、入団間もなくして白銀シルバー級まで昇格した怪物新人がどうして」

「教授の悪行を聞いて、救世主として来てくれたんだ」

「なんと心強い……勝てる、これなら教授に勝てるぞ……!」


 な、なんか期待されてる!?


 いけない。

 がっかりされる前に、誤解を解かないと。


「あ、あの、私――」

「いい。俺が説明する」


 言ってくれたのは近くに座っていた先輩だった。

 普段からよくしてくれている同じ隊の先輩。


「みんなが見てる中で他部署の先輩相手に説明するの大変だろ。大丈夫。お前の気持ちは俺がちゃんとわかってるから」

「先輩……!」


 なんて良い人なんだ!


 よかった、助かった。

 ほっと息を吐く私の視線の先で、先輩は言った。


「みんな、うちの後輩が任せてくれって言ってる! 気負う必要は無いぞ! 最悪俺らが何もできなくでも、うちのノエルがなんとかしてくれる!」

「先輩!?」


 違うよ!

 一ミリもあってないよ!


 戸惑う私を余所に、盛り上がる研修室。


「頼んだぜ、怪物新人!」

「お願い、ノエルさん! 意地悪教授をぶっ飛ばしちゃって!」


 ど、どうしようこれ……。

 先輩たちの歓声を聞きながら、頭を抱える私だった。



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