55 二枚の紙片
「報告書、読ませてもらったわ」
王宮魔術師団本部の一室。
レティシアの言葉に、ルーク・ヴァルトシュタインは答える。
「何か不足している部分がありましたか?」
「完璧よ。嫌味なくらい。小隊の指揮を第五師団副長に任せて、単騎で飛竜種の元へ向かった判断も高く評価されている。被害を最小限に食い止めるための勇敢な判断だった、と」
「ありがとうございます」
頭を下げるルークに、レティシアは淡々と言った。
「ただ、私は一つだけ事実と異なる部分があると思ってる」
ルークは顔を上げる。
サファイアブルーの瞳がレティシアを捉える。
「ありませんよ。誓ってすべて事実です」
「貴方はそう言うでしょうね。いいのよ。それを責めたいわけじゃない。ただ上官として事実の確認だけしておきたいだけ」
レティシアは一対の碧玉を真っ直ぐに見返して続けた。
「貴方。仕事としてじゃなく、あの子を守るために飛竜種の元へ向かったでしょう」
ルーク・ヴァルトシュタインは何も答えなかった。
窓の外を一瞥し、それからレティシアに視線を戻す。
「もしそれが事実なら僕を罰しますか?」
「いいえ。ただ、私は個人的に貴方を心配してる。危なっかしいのよ、貴方」
レティシアは言う。
「他のどんなものより優先したい大切なものがあるのは素敵なこと。でも、貴方はあまりにもそこに入れ込みすぎている。何より、あの子の幸せが自分の願いと言う、その綺麗すぎる言葉が私は気に入らない」
「別に気に入られたいと思ってませんけど」
「危ういって言ってるの。あの子の幸せが貴方を苦しめる可能性がある。それを貴方は理解していない」
「してますよ。ちゃんとわかってます」
「あの子が他の誰かと結婚することになっても?」
瞳が揺れた。
一瞬言葉に詰まってから、ルーク・ヴァルトシュタインは言う。
「それがノエルの幸せなら」
「そんな顔で言われても説得力ないから」
ため息をついてレティシアは言う。
「綺麗な言葉で自分に酔うのもいいわ。でも、自分ではない誰かに貴方の幸福を委ねるのは間違ってる。貴方は貴方の幸せのために行動すべきなの。じゃないと、絶対にいつか痛い目を見ることになる」
言葉に詰まるルーク。
レティシアは二枚の紙片を差しだす。
「王都で開催される歌劇のチケット。付き合いでもらったけど私は行かないから貴方にあげるわ。どうすればいいか言わなくてもわかるわよね」
真剣な目で続けた。
「貴方は、貴方の幸せのために行動するの」
一人残った部屋の中。
彼は手元に残った二枚のチケットを見つめる。
ずっとずっと、そうしている。