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50 飛竜種


 濃霧が異常発生した竜の山の探索クエスト。


 西部地域最強の冒険者であるレイヴン・アルバーンは招集された面々を見て感嘆の息を漏らした。


(よくもまあ、これだけの面々を揃えたものだ)


 そこに集ったのは周辺地域において傑出した冒険者たち。

 自身を含め、Sランクのライセンスを持つ者も三名参加している。


 しかし、豊富な戦力を確認してなお、レイヴンは気を抜かない。

 目の前の状況にそれだけの危険性があることに、彼は誰よりも早く気づいていた。


(もし飛竜種が山を降りるようなことがあれば……)


 どれだけの被害が出るか、想像もつかない。


(杞憂であることを祈るばかりだが)


 西の森を進み、国境を越える。

 魔物が生息する未開拓地。


 濃霧が包む竜の山の麓を探索する。


(これは……)


 見つかったのは、想像していたよりさらにひどい状況を示唆する兆候だった。


 脅威度4の災害指定を受けている大型の魔物たちが一方的に蹂躙され、食い散らかされた痕跡。


「私、魔法医師の資格を持っています。死骸の検視をさせてもらえませんか?」


 参加していたBランク冒険者、ニーナ・ロレンスが注意深く死骸を検証する。

 魔法医師として働きながら、冒険者としても優れた実績を上げている彼女は、周囲の冒険者たちからも一目置かれる存在だった。


 彼女がBランクでありながら招集された唯一の冒険者なのはそうした評価に起因する。


 検証の結果わかったのは、捕食者が大型の魔物を片腕で押さえつける強靱な体躯と、一噛みで分厚い皮膚を裂く牙を持っているということ。


 飛竜種。

 竜の山の主が第一層まで降りてきている。


 さらに状況は、想定していた最悪の上を行っていた。


「骨を砕くまで何度も噛み、対象の死後も攻撃を加えた痕跡があります。通常の魔物はこんなことはしない。これは狂化状態の魔物特有のものです」


 狂化状態の魔物は、強烈な破壊衝動に囚われ、周囲の生物を敵味方関係なく攻撃する。


 恐怖の感情が無い分、通常の魔物でさえ、狂化状態となると相応の警戒が必要なのだ。


 狂化状態の飛竜種が暴れたとなれば、未曾有の大災害にさえなりかねない。


(これが俺の最後の戦いかもしれないな)


 レイヴンは妻と娘に遺書を書いた。

 町で一番高いご馳走を食べ、髪を切り、伸ばしていた髭を剃った。


 恐怖はない。

 冒険者になった時点で、終わりの時が来る覚悟はできている。


 目の前には最強の生物種。

 倒せば、竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーとして歴史に名が残る。


 冒険者として、これほど心が躍る状況はない。


 万全の状態で戦えるよう準備していたレイヴンは、西の森に竜が現れたという報告にもまったく動じなかった。


(来い。俺が相手してやる)


 走る。

 森の奥から響く地鳴りと咆哮。


 現れたのは見境なくすべてを破壊する漆黒の巨竜。


(これが飛竜種か……)


 その姿に思わずレイヴンは見とれた。

 なんと雄々しく、美しい生き物だろう。


 人間が戦える相手とは思えない幻想的で強大な体躯。


(相手にとって不足無し)


 剣を構え、目にも留まらぬ速さで踏み込むレイヴン。


 交差する攻撃。

 臆さず巨竜に向かう彼の姿は、他の冒険者たちを勇気づけた。


 後を追って続々と加勢する仲間たち。


 二十を超える一線級の冒険者たちの連係攻撃。


 戦況は互角以上。


 勝てるかもしれない。


 そんな希望が胸に灯ったそのときだった。


 血走った真紅の瞳がレイヴンを捉えた。


「――――ッ!」


 音すら置き去りにする一閃。

 何が起きたのか理解できなかった。


 気がつくと、地面に転がっている。


 ざらざらとした土の味。


 起き上がらないといけないのに身体が動かない。


 既に戦闘を続行できる体力が失われていることを確認してレイヴンは絶句する。


 油断していたわけじゃない。

 そこにあったのは生物としての単純な力の差。


 腕が届く間合いに居続けてはいけなかった。


 しかし、そう気づいたときにはすべて終わってしまっている。


 次々と蹂躙されていく仲間たち。


 戦いはあっけなく決着した。


(ここまで違うのか……)


 漆黒の巨竜が大地を踏みならし、天へ咆哮する。


 地を裂く巨大な爪。

 空を覆うように広がる翼。


 開かれた顎門の奥から漏れる光。

 そこに圧縮された信じられない量の魔素にレイヴンは言葉を失った。


(――竜の咆哮ブレス


 伝承に残る、飛竜種が放つ光の線。

 体内にため込んだ膨大な量の魔素をエネルギーに変換し放たれる光は、山脈を跡形もなく消し飛ばし、都市を灰燼に変えたと言われている。


 さすがに大げさだと思っていたその伝承が、真実だったのだと気づいたのは手遅れになってからのことだった。


 周囲の空間が歪んで見えるほどに圧縮された、人智を越えた魔素濃度。


 自分も、仲間も、森も、町も。


 すべてが一瞬に無に帰してしまうのを悟って、最後に頭をよぎったのは残していくことになる妻と娘だった。


(……すまない)


 竜の咆哮ブレスが放たれる。

 その刹那――



烈風砲ウィンドブラスト



 何が起きたのかレイヴンはわからなかった。


 爆発。

 圧縮された空気がすべてを吹き飛ばす。


 その異常な魔力量に、レイヴンは身震いする。


 自身が知る魔法とは次元が違う。

 飛竜種のそれにまったく劣っていない、空間が歪んで見えるほどの魔力量。


 炸裂した空気の爆発が、巨竜の首を跳ね上げる。


 瞬間、放たれたのは一筋の光。


竜の咆哮ブレス》が空を裂く。

 熱線の余波が木々をなぎ倒し、遠く離れたレイヴンの肌を焼く。

 光の線は空を覆う雲を消し飛ばし、真円の青空に変えた。


 太陽の光が降ってくる。

 光の柱が森をすっぽりと包む。


 目の前に降り立ったのは小柄な少女だった。


 子供のような少女は、自分たちを庇うように目の前に立つ。


(今のは、この子がやったのか……?)


 目の前の事象が信じられない。

 誰もが言葉を失う中、小さなつぶやきがどこかから聞こえた。


「久しぶり。私のヒーロー」



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