49 怒り(魔道具師ギルド8)
西部辺境の町。
魔道具師ギルド。
届いたのは一つの封筒だった。
乱雑に開け、ギルド長は目をはしらせる。
通知書に書かれていたのは二つの事柄。
業務停止命令。
ギルド資格の剥奪。
「なんだ……なんなんだこれは……ッ!」
ギルド長は通知書を床に叩きつける。
舞う通知書を踏みつけると、蹴り上げ、追いかけてまた踏みつける。
「なぜこの私がこんな目に遭わなければならない……ッ!」
何度も蹴り上げ続ける。
それから、ひざをついて、散らばる通知書の中でうずくまった。
小さく丸まり、首の後ろをおさえる。
獣のようにうなり声をあげる。
まるで土下座しているかのような姿勢でうずくまっていたギルド長の姿に、入ってきた副ギルド長は驚愕する。
「な、何をされているのですか?」
「…………」
ギルド長は何も答えなかった。
沈黙と空白。
副ギルド長は困惑した様子で辺りを見回してから、一礼して部屋を出て行く。
静かになった部屋の中でギルド長はずっとうずくまっていた。
声にならない怒りと悔しさが胸の中を張り裂けんばかりにいっぱいにする。
誰もがうらやむ立場になれるはずだった。
成功者になっていたはずなのに。
「うう、うううううううううう」
許せない。
許容できない。
こんなこと、あっていいわけがない。
立ち上がることも身体を起こすこともできない。
そんなギルド長の耳に届いたのは、ひどくあわてた様子の足音だった。
「大変です! 西の森で飛竜種が出たそうで」
駆け込んで来た副ギルド長。
「飛竜種……!?」
その言葉は、飽和した怒りの中で狂いそうだったギルド長を冷静にするだけの力を持っていた。
飛竜種。
西方大陸における最強の生物。
空を覆う翼と山のように巨大な体躯を持ち、その咆哮は都市を更地に変えるとまで言われている。
辺境の町なんて一息で破壊し尽くしてしまう怪物。
財布と少しの貴重品を抱え、あわてて外に出る。
町は大混乱だった。
逃げ惑う人々。
どこかから転がってきた果実が、踏みつけられて潰れる。
人の群れの中を走るギルド長が、不意に見つけたのは一人の少女だった。
いや、彼女が少女と呼ばれるような年齢でないことをギルド長は知っている。
――ノエル・スプリングフィールド。
東に逃げる人の群れに逆らって西へ走るその姿にギルド長は見とれた。
膨大な量の仕事をこなして現場を支え、製作した魔道具で王国貴族社会の頂点に立つ一人、オズワルド大公をも認めさせた怪物魔道具師。
なのに自らの価値をまったく理解しておらず、最後までギルドの仕事にしがみつこうと必死だった世間知らずの小娘。
湧き上がる笑みを抑えられなかった。
愚かな小娘のことだ。
どうせ別の誰かに騙され、都合良く使われているに違いない。
あんな子供のような女に魔道具師としての才能があるなど、誰も気づくはずがないのだから。
あの女がいれば、
また成功者に返り咲ける。
「何をしているんです! いったいどこへ――」
「あの小娘がいた!」
ギルド長は夢中で走る。
小さな魔道具師の背中を追う。