46 西部辺境の町
「西部地域への遠征任務?」
聞き返した私に、ルークは言った。
「そう。また王子殿下のご指名だって」
「ええ……」
二回目だけど、未だに現実感がまったくない。
地方の魔道具師ギルドを解雇されて、働くところもなかった私のはずなんだけど。
どうしてこんなことになっているのだろう?
とはいえ、ありがたいお話なのは間違いない。
階級も上がってるし、得意分野の魔法戦闘では王宮魔術師としても通用してるということ。
なりたい自分。
ルークと対等に競い合える私になるために。
まだまだ立ち止まってはいられない。
「でも、どうして遠征を?」
「詳細は伏せられてる。ただ、招集されたのは『薄霧の森』でのゴブリンキング討伐に参加していた者たちだ。おそらく、近いうちに何かがあるんじゃないかと僕は推測してる」
「また、災害指定の魔物が出るってこと?」
「その準備はしておくべきだと思う」
ルークの言葉に、私は隠れて拳を握る。
それだけ強い魔物が出るということは、私が成果を上げるチャンスでもある。
がんばって早く昇格すれば、今度はルークの最短記録だって更新できるかもしれない。
更新して、思いきり自慢してやるんだから!
密かに決意する私だったけど、しかしひとつだけ気がかりなことがあった。
「遠征任務には是非参加したいんだけど、その前に二日ほどお休みがほしいんだよね」
「何かあるの?」
「お母さんが地元の同窓会に出るんだけど、一人じゃ不安だからついてきて欲しいって言ってて」
西部地域の辺境にある、私が魔道具師時代住んでいた町。
王都から向かうには馬車を手配したり、御者さんに道を教えたりしないといけなくて。
田舎育ちで、そういう手続きが不得手なお母さんなので、私の手を借りたいということらしい。
「ごめん、有休なんて都市伝説だし無理なお願いなのはわかってるんだけど……」
おずおずと言った私に、
「いや、全然無理なお願いじゃないから」
ルークはため息をついてから微笑んだ。
「ゆっくり親孝行しておいで」
驚いたことに、本当にあっさり有休が取れてしまった。
制度上存在はしてるけど、現実的には病気か身内に不幸があったときくらいしか使えないものだと思ってたのに。
恐るべし、ホワイト労働環境……!
こうして、私はお母さんと共に西部辺境の町へ向かうことになった。
「ねえねえ、ノエル。あの方とは最近どうなの?」
「だからルークとはそういうのじゃないから」
お母さんの『結婚しろ』攻撃を聞き流しつつ、馬車に揺られる。
到着した田舎町で、お母さんはにっこり目を細めて言った。
「ありがと。行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
同窓会の待ち合わせ場所へ向かうお母さんを手を振って見送る。
久しぶりに見る町は、全然変わってなくて。
思いだされるのはちょっと嫌な思い出。
『まったく。三年務めてまだ誰にでも作れる水晶玉しか作れないとは。君のような出来損ないを雇っていたこちらの身にもなってほしいよ』
仕事ができなくて役立たず扱い。
解雇されてしまった前の職場。
魔法を使える仕事がしたくて。
だけど、どこに行っても雇ってもらえなくて。
『申し訳ありませんが、今回貴方の採用は見送りたいと思っています』
私は必要とされてないのかなって落ち込んでいたあの頃の記憶。
なんとなく、前の職場には近づきたくなくて。
逃げるように、反対方向へ歩きだす。
不意に聞こえたのは背後からの声だった。
「ノエル……!? ノエルだよね!」
どこかなつかしい弾んだ声。
振り向いた私は、立派な大人になったその姿に胸の高鳴りを抑えられなかった。
「え、ニーナ!? うそ、久しぶり!」
ニーナ・ロレンス。
魔術学院入学前、毎日のように遊んでいた友達がそこにいた。
ニーナと出会ったのは、私が木登りと虫取りに明け暮れていた頃のこと。
悪ガキにいじめられていたニーナを、助けたことがきっかけだった。
『究極最強魔法使いノエル参上! この子をいじめたいなら、私を倒してからにすることね!』
当時の私はやんちゃ盛り。
身体の中のエネルギーをとにかく外に発散したくて仕方なくて、罪悪感なく殴れる周囲のいじめっ子を倒して回っては、『西で一番やべえ女』として悪ガキたちから恐れられていた。
『くらえ! ウルトラスーパーファイナルゴッドパンチ!』
私は憧れの魔法使いに近づきたくて仕方なくて。
だけど、やり方もわからないから、とりあえず拳でなんとかしていた。
『くそっ! おぼえてろーっ!』
『ふふん! 正義は勝つ!』
そんな感じで四百戦無敗を誇っていた私だけど、気がつくと助けた子たちから好いてもらえるようになって。
ニーナはそんな私を特に慕ってくれた女の子だった。
裕福なお家のお嬢様なニーナは、田舎町に引っ越して来たばかり。
うまく馴染めなくて。
いじめっ子たちに目をつけられて。
悩んでいたところを私に助けられたらしい。
『ノエルちゃんってすごいね! かっこいい!』
褒めてくれるのがうれしくて。
いっぱい話しかけに行ってたら、ニーナは私についてくるようになった。
木登りのコツや、いじめっ子を殴るときのパンチの撃ち方を教えると、ニーナは目を輝かせて聞いてくれる。
お嬢様育ちのニーナからすると、玩具を買ってもらえなくてずっと野山を駆け回っていた私の日常はとにかく新鮮だったらしい。
『私、ノエルちゃんみたいになりたいな』
ある日、ニーナは私に言った。
『自分より年上で大きな男の子に向かっていって、いじめられてる子を助けて。私には無理かもしれないけど、でもちょっとでも近づきたいって思う』
そんな風に言われるのは初めてで、すごくうれしくて。
だけど、同時に私もニーナに憧れていた。
その辺の草をおやつ代わりに食べてた私と違って、ニーナは所作のひとつひとつが上品だった。
ヴァイオリンが弾けて、ダンスも上手で。
いろんなことを知っていて、大人びていて物知りで。
何より、ニーナの家には本がたくさんあった。
私がどんなに読みたくても読めない魔法の本もいっぱいあって。
本当にうらやましい。
そうため息をついた私に、ニーナは言った。
『ノエルちゃんなら、好きなだけ借りていっていいよ? ひいおじいちゃんの本で、今はもう誰も読んでないから』
その言葉が、私にとってどれだけありがたかったか。
色あせた魔導書たちを夢中で読んだ。
古い魔導書を好んで読むようになったのは多分この経験があったからだと思う。
王都の魔術学院に合格できたのも、実はニーナが勉強できる環境をくれたおかげで。
だから、私はニーナに本当に感謝している。
王都の魔術学院に通い始めてからも、また一緒に遊べるのを楽しみに待っていたっけ。
だけど、帰省初日。
いつもの道の先で私は立ち尽くした。
ニーナのお屋敷にはもう誰もいなくなっていた。
『ロレンスさん? ああ、お引っ越しになられたのよ。娘さんの呼吸器の病気がよくなったからって』
裕福なお家のお嬢様なニーナだから。
一緒にいられたのは子供だったからなんだと気づいたのは大人になってからのこと。
もう二度と会えないのかな、と思っていたから、突然の再会が本当にうれしい。
話したいことはたくさんあって。
だけど、どれから話していいかわからなくて言葉に詰まる私に、ニーナはふふっと微笑んでから言った。
「王宮魔術師になったんだよね」
「知ってるの!?」
「うん。名前を聞いてすぐわかった。大活躍だって聞いても私は全然驚かなかったよ。だって、ノエルだから」
昔とまったく変わらない、私のことを信頼しきった表情。
「いや、社会の荒波に揉まれて結構大変だったんだけどね。一時は働くところもなかったし」
「女子で魔法職ってなると難しいもんね。わかる。私も苦労したから」
「ニーナも?」
「でも、がんばっていれば絶対にまた会えるって信じてた」
ニーナはにっこり目を細めて言った。
「今日これから時間あるかな? 私は大丈夫なんだけど」