45 天才の裏側
それから月日は流れ、レティシアはルーク・ヴァルトシュタインのことを少しずつ理解していった。
結果、そこにあったのは想像していたのとはまったく違う人物像。
だって、いったい誰が想像できただろう。
どんなものでも手にできる恵まれた立場にいる天才――ルーク・ヴァルトシュタインが、片思いしているたった一人の隣にいたいがために、身を削りながら成果を上げ続けていたなんて。
寄ってくる相手は星の数ほどいるに違いない。
彼ほどの外見と立場なら、家柄も器量もいくらでも優れた相手を選べるはずで。
身分差を考えれば、どう考えてもその方が波風立てずに幸せになれるのに、
その一切を拒絶し、たった一人の隣にいようとする。
これはとんでもない大莫迦者だ。
涼しげな見た目の印象とはまったく違う。
要領よく器用にこなしているように見えて、陰で膨大な量の準備と練習を積み上げる努力型なのもそう。
本当に愚直な人間なのだ、この男は。
聖銀級に昇格してからは人当たりも良くなり、周囲の心証もいくらか改善された。
「人って成長するものだなぁ」なんて、何も知らない同僚は言っていたが、その本当の理由を知っているレティシアは嘆息することしかできない。
『友達が職場でうまくやれてなかったら、多分あいつは心配すると思うんですよ』
行動理念が無駄に一貫している。
うっかり餌付けしてしまったがゆえに、情が湧いてしまったレティシアは心配でならない。
(ほんと、危なっかしいったらないわ。あの子のためなら、他のすべてを敵に回しても全然構わないって感じだもの)
そんな不安が現実になりかねないことが明らかになったのはつい先日のこと。
「あの子、王の盾から引き抜きの打診があったわよ」
レティシアの言葉に、彼はうなずいた。
「知ってます」
「いいの? そうなると、相棒としての関係もなくなるけど」
「ノエルが嫌じゃないなら。僕のわがままであいつの可能性を縮めるのは違うと思いますから」
「もし、あの子が嫌がったら?」
「どんな手を使っても阻止します」
「相手は王子殿下よ。下手なことをすれば貴方もただでは――」
「関係ありません。ノエルの方がずっと大切なので」
完全に覚悟が決まってしまっているから、性質が悪い。
たとえこの国を、いや世界中を敵に回すことになっても、彼はためらいなく彼女の側に立つ。
自分が何を言ってもそれは変わらない。
変えられるのは、きっと一人だけ。
なのに、肝心のその一人は、まったく何も気づいていないし。
(面倒なことにならないよう、根回しとフォローだけはしておかないと)
手のかかる/世話の焼ける二人の後輩に、ため息をつくレティシアだった。