43 特訓!
朝五時。
出勤の二時間前に起きた私は、寝ぼけ眼をこすりながら身体を起こす。
お布団はあたたかくて気持ちよくて。
がんばるのは明日からでいいんじゃない、と甘い誘惑。
意志が弱い私はお布団にくるまって、追加でもう五分だけ寝て。
それから、覚悟を決めてえいっとベッドから抜けだす。
朝の冷たい空気。
真水で顔を洗い、無理矢理眠気を払う。
本当はもっと眠っていたいけど。
でも、それじゃきっとあいつには追いつけないから。
そのためには、やりたくないこともしないといけない。
『負けないぞ!』って張り合える自分になるために。
なりたい自分になるために。
軽装に着替えて、お母さんを起こさないよう気をつけつつ外へ。
まだ薄暗い王都を私は走る。
「がんばってるね、ノエルちゃん!」
新聞屋さんに挨拶しつつ、やると決めた特別トレーニングメニューをこなしていく。
『練習メニュー? ええ。私で良ければ協力するけど』
同じ女性の魔法使いで、憧れの大先輩なレティシアさん。
教えてもらった練習法を自分なりにアレンジして作った練習メニューは、なかなかにハードで、一通り終わらせるだけでも一苦労。
でも、絶対にあいつはもっとやってるから。
これくらいしないと、追いつくなんてできないから。
私は私のやり方で、追いつけるようがんばるんだ。
シャワーを浴び、魔法で体力を回復させてから制服に着替えて、王宮へ。
「最近すごいがんばってるよね。何かあった?」
ルークがそんなことを言うので、
「別に? 気のせいじゃない?」
とごまかしておいた。
警戒されて、ルークに練習量を増やされたら、追いつくのがもっと大変になっちゃうからね。
油断させて、気づいていない間にたくさん練習して、一気に距離を詰める!
これぞ、天才的な頭脳を持つ私が編み出した『こそ練大作戦!』
ふっふっふ、頭の良いルークもこの企みには気づいていないはずだ。
「もう一本お願いします!」
王宮魔術師団の練習でも、ルークより少しでも多くできるように意識して。
休憩中は、読むのを避けてきた苦手分野の魔導書を読む。
女性では誰もなったことのない聖宝級魔術師。
地方の魔道具師ギルドでさえ通用しなかった私にとっては笑われちゃうくらいに大きすぎる目標。
だけど、親友と対等に張り合える自分になるために。
なりたい自分になるために。
世界中すべての人が無理だと言っても、私は私を信じてあげるって決めたんだ。
「お前、今日から青銅級な」
そんな絶賛『がんばるぞ!』モードの私は、ガウェインさんの言葉に頭を下げて言った。
「ありがとうございます!」
二度目の二階級特進。
ゴブリンキングの討伐と、魔法薬研究班でのお手伝いが評価されたのだとガウェインさんは教えてくれた。
「班長のインテリメガネが褒めてたぞ。あんなに仕事ができる助っ人は初めてだとよ」
がんばってよかった、とうれしくなる。
きっと一生懸命やっていたのを評価してくれたんだろう。
夢に向けて、大きな追い風だ。
青銅級は第六位。
聖宝級はまだまだ先だけど、一気に二つ昇格できたのは大きい。
歴代二位の速さとして宮廷でも話題になっているのだとか。
聞かなくてもわかる一位の誰かさんにまた負けたのは悔しいけど。
でも、今はそれでいい。
これから、勝てる私になるんだから。
心の中でぐっと拳を握る私に、ガウェインさんは意外そうに言った。
「今回は前みたいに変な顔しないんだな」
「変な顔?」
「白目剥いてぽかんと口開けてたじゃねえか、前の時のお前」
そんな残念なことになっていたらしい。
たしかに、衝撃すぎて言葉が出なかったのは覚えているけど。
でも年頃の女子としては、その情報は心の中にとどめておいて欲しかった。
そう抗議すると、
「悪い悪い。でも、成長したってことだろ。前より」
とガウェインさん。
あまり実感はなかったけど、そうならいいと思う。
「目標ができたんです」
「目標?」
「はい。負けたくないやつがいるというか。あ、無謀すぎて笑われちゃう感じのことなので詳細はちょっと言えないんですけど」
少し恥ずかしくなって笑った私に、
「負けたくないやつ、ね」
ガウェインさんは真面目な顔で言った。
「お前、聖宝級を目指す気だろ」
その言葉に、私は硬直する。
「な、なんでわかったんですか……?」
「お前、わかりやすいからな」
絶対にバレないよう、気をつけていたはずなのに。
そんな私の秘めた気持ちまで見抜いてしまうなんて。
私と同じでいかにも大ざっぱそうなガウェインさんにそんな心の機微がわかるとは思えない。
つまり、これは――
「ごめんなさい! ガウェインさんが胸の奥の秘密も見抜いてしまうくらい私のことをずっと見てるのはわかりましたけど、今は魔法使いのお仕事をがんばりたいのでお気持ちには応えられなくて――」
「だから違う!」
違ったらしい。
絶対にそうだと思ったんだけどな、と首をひねる私にガウェインさんは言う。
「レティシアに練習メニューの相談したんだろ。隊でのトレーニングでも随分気合いが入ってるって報告を受けてる。特に、ルークより一回でも多く練習しようと張り合ってる、と。そこまでわかればあとは察しがつく」
「お、お見事です」
さすが隊長さん。
部下のことをよく見てる、と感心する。
でも、そっか。
見抜かれちゃったか……。
「やっぱり、おかしいですよね。私が聖宝級を目指すなんて」
否定されるのが怖くて、曖昧に笑った。
傷つきたくなくて張った予防線。
「は? 何言ってんだ、お前」
だけど、ガウェインさんはあきれ顔で言った。
「上を目指すのも夢を持つのもいいことだろ。否定されるようなことじゃない。違うか」
「でも、お前には無理だって笑われちゃうようなことだと思うんですけど」
「そういうやつには笑わせておけばいい。それだけ大きくて面白い夢だって証明じゃねえか」
ガウェインさんはにっと笑って言った。
「お前ならできる。俺はそう思うぜ」
前の職場では否定されてばかりだった私だから。
そんな風に言ってもらえるなんて夢にも思ってなくて。
応援してくれる人もいるんだ。
うれしくて、にへらっとなっていた私に、ガウェインさんは言った。
「ただ、今マジで金がなくてな……。すまんが、褒賞はちょっと待ってくれ。給料入ったらちゃんと出すから」
困ったような声。
いまいち締まらないところも素敵な、私の上司さんだった。