42 問題(魔道具師ギルド7)
納品した水晶玉に問題があるとの報告。
ギルド長と副ギルド長は、侯爵様の邸宅に急いだ。
「問題とは、いったいどのようなことでしょうか!」
息を切らせ駆け込んで来た二人を見て、侯爵様は重たい息を吐いた。
「それは、君たちが一番わかっているんじゃないのかね」
昼の日差しが射し込む窓の外を見て続ける。
「説明してみなさい。どうしてあんなことをしたのか」
諭すような口調に、ギルド長の背筋は凍る。
(何だ……? この方は何をお怒りになっている……?)
納入期限は守ったはずだ。
製品の質にも問題はない。
高いコストを払って高品質の水晶玉を仕入れ、自らの手でさらに磨き上げたのだ。
今まで出荷していたものよりもはるかに質が良いものになっていることは間違いない。
(で、あれば勝手に製造法を変えたことか……!)
「申し訳ありません! しかし、我々は常により良い魔道具を作るべく研鑽に励んでおります。変化を恐れて進化はありません。リスクを取って前に進む。それが我々のやり方です。たしかに、今までとやり方を変えたことで驚かれる部分もあるかと思います。しかし、優れた審美眼を持つ侯爵様ならこの新しい水晶玉の価値もおわかりになることかと」
侯爵様は何も言わずギルド長の言葉を聞いていた。
沈黙。
やがて、言った。
「そうだね。私にはこの水晶玉の価値がわかる」
侯爵様は淡々と続ける。
「どこかから仕入れた完成品の表面を取り繕い、形だけ以前のそれに似せている。たしかに、見た目の美しさだけでいえばこちらの方が上だろう。しかし、あの水晶玉にあった価値はもうそこにはない。才能ある職人が自らの魂を削って到達した奇跡は失われてしまった」
侯爵様は、ギルド長に視線を向けて言った。
「君たちが作ったものは、偽物だ」
ギルド長は、その言葉の意味が理解できない。
あれだけ時間と金を掛けたのに、どうして……?
「お待ちください! 何を仰っているのかわかりかねます。新しい水晶玉の方が以前のそれよりはるかに優れているはずです。侯爵様は何か勘違いをなされているのでは」
「君は何もわかっていないのだね」
冷ややかな声がギルド長を焦らせる。
なんとかして、この場を切り抜け侯爵様との関係をつなぎ止めなければ。
「申し訳ございません。今回はご期待に応えられなかったかもしれません。しかし次は! 次は必ずご期待に応えて見せます。製造法も以前のものに戻しますので」
「戻せるのかい?」
「もちろんです。以前できていたことができなくなる理由はどこにもないでしょう?」
安心させるように微笑むギルド長。
しかし、返ってきたのは冷たい声だった。
「君たちのことを調べさせてもらった。自分の見る目のなさに頭を抱えたよ。製品があまりに素晴らしかったことで冷静さを欠いていた自分を恥じずにはいられなかった。でも、仕方ないだろう。まさかあの奇跡がここまで劣悪な環境下で作られていたなんて誰が想像できる?」
侯爵様は言う。
「水晶玉の製作を担当していた魔道具師を役立たずと蔑み、解雇したそうだね。君たちのところを逃げだした職人の一人が教えてくれたよ。あの奇跡はすべて、その魔道具師の仕事だったと」
「失礼ながら、何か大きな勘違いをされていると言わざるを得ません。たしかに以前水晶玉製作を担当していた者は解雇しました。しかしそれはその者に能力が足りなかったから。それだけのことです。辞めた者の言葉を信じておられるようですが、その類いの人間が以前の勤め先を悪く言うのは当然のことでしょう。真実はまったく違いますからどうかご安心をして――」
「私が彼の言葉の裏取りをしなかったと?」
刺すような視線。
侯爵様は続ける。
「知らないようだから教えてあげよう。君たちのギルドの評判は今大変なことになっている。他から仕入れた完成品を使った偽装表示。小口の取引先に対する不当な扱い。生死に関わるほど劣悪な環境で魔道具師たちを働かせていたことも問題になっている。既に組合も動いているんだよ。近く業務停止命令が下るだろう。君たちのギルドは魔道具師ギルドとしての資格を剥奪される」
その言葉に、ギルド長は呼吸の仕方を忘れた。
業務停止命令……?
そんなバカなことがあっていいはずが……。
目の前にあったはずの成功が。
そして、今まで積み上げてきた栄華のすべてが崩れ落ちていく。
「良い機会だと思うよ。魔道具にも職人にも愛がない君たちにこの仕事は向いていない。早く他の仕事を探しなさい」
ギルド長は侯爵様に言葉を返さなかった。
幽鬼のような足取りで部屋を出る。
副ギルド長が慌てた様子で一礼し、後を追う。
屋敷を出るその表情からは、一切の感情が抜け落ちていた。
どこだ……?
どこで間違えた……?
答えはすぐに出た。
崩壊のきっかけはただ一人。
役立たずの下っ端魔道具師を解雇したこと。
もはや受け入れるしかなかった。
侯爵様も、そしてオズワルド大公も見る目が無かったわけではない。
作っていたものの価値を正確に見極め、その上ですべてが動いていた。
小さな下っ端魔道具師は、劣悪な環境下で誰よりも優れた仕事をしていたのだ。
どんなに悔やんでも悔やみきれない。
ただ一人を切り捨てたことで、積み上げてきた一切が失われようとしている。
業務停止命令。
ギルド資格の剥奪。
「あるわけがない……あっていいわけが……」
しかし、どんなに否定しても目の前の現実は何も変わってくれない。
ギルド長は彷徨うような足取りで屋敷の外に止めた馬車の前にたどり着く。
目に留まったのは荷台に積まれた数個の水晶玉。
自身の転落を決定づけたそれを見つめる。
揺れる瞳。
よろめきながら、そのひとつを手に取る。
この仕事さえうまくいけばすべてを掴むことができたのに。
もう人間ではいられなかった。
「あああああああああああああ」
絶叫と共に水晶玉を地面に叩きつける。
制止する副ギルド長の声も届かない。
次の水晶玉を掴み、破壊し続ける。
絶え間なく響く破砕音。
一面に散らばる破片。
「くそ、どうしてッ……どうしてこの私が……ッ!」
荷台にあったすべての水晶玉を破壊するまで、彼は獣のように暴れ続けていた。