41 第一王子
『赤の宮殿』と称えられる大王宮の一室。
ワインレッドの絨毯に、銀水晶の彫刻。
壁一面に飾られた名画は、ひとつ売っただけで働かずに一生を終えられる価値がついている逸品たち。
品の良い香りが漂うその部屋は、第一王子ミカエル・アーデンフェルドの執務室だった。
「どうだった?」
ミカエルの問いは、自身が編成するよう厳命した新人魔法使いに対してのもの。
対して、向かいのソファーに座る騎士――第二師団長ビスマルク・アールストレイムが答える。
「予想以上でした。ゴブリンキング変異種を前にしても、一切臆すことなく最前線で奮戦。規格外の速さで猛攻をすべてかわし、驚異的な火力で戦況を決定的なものにしました。加えて、彼女には単純な魔法の腕以上の能力があります」
「ほう」
興味深げに言うミカエル・アーデンフェルド。
「続けてくれ」
「私が剣技を放つ直前、彼女は私に補助魔法をかけました。戦いの中で、私の意図を瞬時に理解し、攻撃の威力を最大化する補助魔法を選択。距離があったにもかかわらず無詠唱で完璧に成功させる。あの状況でそれができる魔法使いがどれだけいるか」
ビスマルクは続ける。
「激戦の中での視野の広さと落ち着き。そして卓越した状況判断能力。ノエル・スプリングフィールドは通常の魔法使いとしては測れない実力を持っている。私はそう感じました」
「王国で剣聖に次ぐ騎士である貴方に、そこまで言わせるか」
感心したように息を吐いて、第一王子は言う。
「俺の予測の上を行くとはな。面白い」
ビスマルクはその笑みに、内心驚く。
様々な分野で傑出した成果を上げ、王国中からその将来を期待される第一王子、ミカエル・アーデンフェルド。
しかし、その名声と裏腹に彼はいつも退屈そうだった。
ここ数年で彼が笑みを見せたのは、周辺国で最強と称えられるチェスのグランドマスターに敗北したときだけ。
『素晴らしい。こんなに愉しいのは久しぶりだ』
しかし、そんな時間も数戦もすれば終わってしまった。
『負けました。悔しいが、貴方は私より強い』
うつむき、絞り出すような声で言ったグランドマスター。
その言葉に、王子殿下は『そうか』と目を伏せただけだった。
落胆。
そこには一匙の寂しさも混じっているような気がビスマルクはした。
傑出しているがゆえの退屈と孤独。
王の盾として、ビスマルクは誰よりも近くでそんな王子殿下の姿を見てきた。
だからこそ、気づく。
ミカエル王子殿下は、ノエル・スプリングフィールドに興味を抱いているのかもしれない。
自身の想像を超える存在として、退屈な世界を打ち破ってくれるのではないかと期待して。
「再度王の盾の打診をしておきましょうか。ゴブリンキングの変異種となると、その脅威度は10以上。間違いなく彼女の階級は上がります。今回は引き抜ける可能性も高いと思われますが」
「いや、このままでいい。ガウェイン・スタークのいうことにも一理ある。咲こうとしている美しい花を汚してしまっては何の意味もない。物事には適切な頃合いというものがある」
ミカエル・アーデンフェルドは窓の外を見つめて言う。
「まだもう一騒ぎありそうだしな」
「もう一騒ぎ、とは?」
「ノインツェラ皇国の皇妃暗殺未遂事件。北部で発生した伝染病。突如『薄霧の森』に現れた本来いるはずのないゴブリンキングの変異種。偶然にしてはさすがに続きすぎだと思わないか?」
「まさか――」
息を呑むビスマルク。
「次があるなら西部地域。俺はそう読んでいる」
黄金色の瞳を細めて第一王子は言った。
「さあ、次は何を見せてくれるのかな」