40 閃光
ゴブリンキングは私が今まで戦った魔物とは次元が違う怪物だった。
大木を簡単に引き抜く驚異的な力。
放つ一閃は、かすっただけで即致命傷。
余波として飛び散る石の礫や土塊でさえ、当たれば一撃で戦闘不能になりかねない。
――なら、最優先は当たらないこと。
《固有時間加速》
加速した世界の中、攻撃をかわす。
私とルークが囮になることで敵を引きつけ、先輩たちの魔術砲火で体力を削る作戦。
魔法陣が幾重にも展開する。
磨き抜かれた連携。
先輩王宮魔術師さんたちの魔法が轟音と共に炸裂する。
しかし、薄煙が巨体を覆った後、現れたその姿に私は絶句することになった。
あれだけの攻撃で、傷ひとつついていないなんて……。
いくら対都市級の怪物だといっても、この耐久力は異常すぎる。
おそらく、変異種。
肌が変異して強力な魔法耐性を獲得しているんだ。
「どうする? 単純な力押しでは勝てない相手だけど」
ルークの言葉に、私は言う。
「任せて。名案がある」
隣で、サファイアブルーの瞳が揺れた。
「教えて」
うなずく。
私は作戦を伝える。
「耐久力が高い相手なら、耐えられなくなるまで最大火力で殴り続ければ良い。これぞ、どんな状況でも対応できる最強の作戦」
「……君に少しでも期待した僕が愚かだったよ」
「なんで!? 名案じゃん!」
完璧な作戦だと思ったのに。
抗議する私に、ルークは言う。
「いつも通り指示は僕が出す。合わせて」
納得いかない部分もあったけど、大人な私は受け入れてあげることにする。
二人で戦うときはいつもルークが作戦立ててたしね。
「目に魔法を集中。視界を潰して」
指示通り魔法を放つ。
目には他の部分ほどの耐久力がないのだろう。
腕で攻撃を防ぎながら、私たちに向け大木を一閃する。
しかし、それこそがルークの狙いだった。
視界の端に、斜め後ろから目にも留まらぬ速さで間合いを詰める一人の騎士が映る。
明らかに只者ではないその踏み込み。
王子殿下が編成したという凄腕の第二師団長――ビスマルク・アールストレイム。
咄嗟に、私は魔法を起動した。
《固有時間加速》
対象の固有時間を加速させる補助魔法を、第二師団長さんに使用する。
動きが加速すれば、攻撃の威力は跳ね上がる。
加速する身体。
磨き抜かれた剣技は、ゴブリンの強靱な肌を両断した。
瞬間、ルークが裂けた肌の僅かな隙間に魔法を放つ。
《麻痺雷》
閃光――
その美しさに私は見とれた。
第二師団長さんの鼻先をかすめ、一切の無駄なく傷口の一点に殺到する電撃の軌道。
他の人からすれば、見過ごしてしまうことかもしれない。
だけど、ずっと魔法に打ち込んできた私だからわかる。
人間業とは思えない魔法制御力。
そして、その裏にある途方もない汗の量を。
巨体の動きが目に見えて鈍る。
あんなに大きな怪物を一撃で麻痺状態にするなんて。
ルーク・ヴァルトシュタインは天才で。
それ以上に誰よりも努力家で。
だから最速で聖金級になって、私のずっと先にいる。
追いつけるような相手ではないのかもしれない。
それでも、あきらめたくないんだ。
昔みたいに、隣で競い合いたいって、そう願わずにはいられなくて。
だから――
隣で、ルークが私に向け、何かを伝えようとする。
だけど言葉が届く前に、何をするべきか知っていた。
少しでもルークに近づけるように、今できる自分の全力を叩き込む。
絶対にいつか追いつくから。
その決意と覚悟を込めて――
《烈風砲》
その魔法は、いつも撃っているそれよりも少しだけ綺麗な軌道を描いた。
多分ルークの閃光を見たからだと思う。
力任せに撃っているいつものそれとはちょっと違う、少しだけ洗練された魔法。
ルークほど上手にはできないけど、傷口の僅かな隙間に集中して放たれた風の大砲。
轟音と、舞い上がる土煙。
緑の巨人の身体が大きく揺れる。
膝が折れる。
大地が揺れる。
致命傷というわけではない。
しかし、戦いを続行する上では大きな重荷になる傷。
ただでさえ麻痺状態の巨体はさらに動きが鈍る。
戦況が一気に私たち有利のものに変わる。
決着がつくまで、時間はかからなかった。
先輩たちと騎士さんたちの猛攻。
第二師団長さんの一閃が炸裂して、巨人はぴくりとも動かなくなった。
隣で、ルークが私に微笑む。
「さすが」
気づかされる。
ルークは、間違いなく近い将来聖宝級魔術師になる。
負けたくない。
また、対等に競い合える私になりたい。
――だったら、私だって聖宝級を目指さなくちゃ。
無理だってみんなに笑われるような大きすぎる目標。
それでも、私は私をあきらめたくなくて。
だから、大きすぎる夢を大切に胸に秘める。
いつかまた、隣で対等に競い合える私になれますように。
そんな願いも、今はまだ言わない。