4 美酒(魔道具師ギルド1)
「あの嘘つき女、王宮魔術師になるって本当ですかね?」
王国西部の田舎町にある魔道具師ギルド。
仕事を終えたギルド長は、副ギルド長と共に自宅で酒を酌み交わしていた。
仕事を早めに切り上げ、売上で買った高い酒を飲むのは二人にとって日常的な出来事だった。
現場の魔道具師たちには真夜中まで働かせ、自分たちは早めに仕事を終え自分の時間を過ごす。
これこそ効率化であり、上に立つ者の権利だとギルド長は考えている。
「本当なわけないだろう。三年務めて雑用と簡単な水晶玉作りしかできなかった女だぞ。そもそも、女が魔法を使って仕事しようとしてる時点で世間を舐めているとしか言いようがない」
「仰るとおりです、ギルド長。何もわかっていない」
副ギルド長はうなずいてから言う。
「しかし、だとするとあの馬車は何だったのでしょう?」
「良い馬車を借りるだけなら貧乏人でもできる。意趣返しに見栄を張ろうとしたのだろう」
「なるほど。さすがのご慧眼です。そういうことですか」
「その実はただの無能な役立たず。この町で働けるところがなく、出て行くしかなかっただけなのにな」
「『現場は限界です』と泣き言ばかり言っていましたからね。自分が《回復魔法》と《固有時間加速》でなんとか仕事を回しているなんて嘘ばかり並べて」
「無理というのは嘘つきの言葉だからな。魔道具師どもは手綱をゆるめるとすぐにつけあがる。重要なのは厳しく躾ることだ。有無を言わさずできるまでやらせ、できて当然だと考えるようになるまで教育する」
「素晴らしい方針です、ギルド長。おかげで今月度の売上は過去最高を記録。西部地域でも営業利益はトップになりました。来月からはうちの水晶玉を気に入っていただいた侯爵家との取引も始まりますからね。これからもっと忙しくなりますよ。人員の補充はなさいますか?」
「問題ない。役立たずの女が一人抜けただけだろう。現場は問題なく回る。できなければできるまでやらせるだけだ。コストを抑え、利益を最大化するのは経営の基本だからな」
「まったくもってその通りです」
笑みをかわし合い、庶民には到底手が届かない高級酒を飲む二人。
自分たちを人生の勝者と信じて疑わない彼らは、しかし気づいていなかった。
解雇した下っ端魔道具師の言葉が、すべて真実だったこと。
役立たずと切り捨てた彼女が、同僚を魔法で支援しながら膨大な量の仕事をこなし、ギリギリで現場を支えていたこと。
他の魔道具師ギルドに比べ、異常に高い営業利益率が、すべて彼女の力によって作り上げられたものだったこと。
そして、没落の気配が一歩、また一歩と忍び寄っていることを。
何一つ知ることなく、二人は明け方まで酒を酌み交わしていた。