39 緑色の巨人2
王立騎士団、第五師団で副長を務めるティリオン・グレイはその任務が通常のそれとは異なることを理解していた。
王子殿下が自ら主導し、最も信頼を置く一人である元王の盾の側近、現第二師団長のビスマルク・アールストレイムを派遣する。
加えて、王宮魔術師団からは最年少で聖金級まで上り詰めた王国随一の天才、ルーク・ヴァルトシュタイン。
そして、ノインツェラ皇国の皇妃を救い、派遣された魔法薬研究班でも目を見張る成果を出した怪物新人――ノエル・スプリングフィールドまで編成されているのだ。
聖宝級魔術師は、責任の重い立場を担っている分、予定されてない作戦に際し編成するのが難しい側面がある。
その点、今回派遣された二人は動かしやすい上に、共に王国でもトップクラスの実力者。
つまり、通常業務に支障が出ない範囲で最も強力なカードを切っているのだ。
他の者たちも成果をあげている各部隊の精鋭揃い。
下級冒険者で攻略できる『薄霧の森』に送るような戦力ではない。
明らかに、通常存在しない何かがいることを想定している。
(さあ、何が出てくる? オークロードか、バジリスクか。飛竜種という可能性も否定はできない。あまり考えたくはないが)
西方大陸の生態系における最上位種、飛竜種。
あらゆる生物の頂点に立つ彼らまで想定していたからこそ、その痕跡にティリオンは拍子抜けした。
(なんだ。ゴブリンロードか)
脅威度5の災害級指定を受けている危険な魔物ではあるものの、王立騎士団でも有数の実力者であるティリオンからすれば、決して恐れるような相手ではない。
(おそらく、もっと危険な何かがいることを想定していたのだろう。王子殿下の読みも時には外れるということか)
その卓越した才覚で、既に近隣諸国からも一目置かれる存在になっているミカエル・アーデンフェルド第一王子。
チェスで隣国のグランドマスターに勝ち、未来が見えているとまで称されたその頭脳も完璧ではないということだろう。
しかし、そんなティリオンの考えは目の前に姿を現した緑色の巨人に、一瞬で消し飛ぶことになった。
(ゴブリンキングか……!? いや、だとしてもあまりに大きすぎる)
魔素濃度が高い地域でごく希に発生するゴブリンの最上位種、ゴブリンキング。
脅威度8の災害級指定を受け、過去には都市を壊滅させた例もある化物。
だが、目の前のそれはそんな怪物さえも超越している。
(まさか、変異種……)
魔素濃度が異常に高い空間で発生する可能性が示唆されている、格段に危険な個体である変異種。
(通常の魔物でさえ、変異種となると油断ならない相手だというのに、ゴブリンキングの変異種なんて……)
ここまでの怪物は王子殿下も想定していないはずだ。
(このままでは戦いにすらならず蹂躙されるだけ。だが、何をすれば――)
すさまじい暴風が、大地を揺らしたのはそのときだった。
強烈な爆轟。
次々にめくれあがる大地と岩盤。
その一撃で、前衛のゴブリンたちは跡形もなく消し飛んでいる。
(なんて、でたらめ……)
目の前の光景が信じられなかった。
王国魔法界で最高火力を誇るガウェイン・スタークを彷彿とさせる規格外の破壊力。
加えて、その速度はティリオンが知る他の誰よりも速い。
おそらく、聖宝級魔術師を含めても最高峰。
魔力測定施設を破壊し、特級遺物を持った襲撃者に対し互角に渡り合ったという話は聞いていたが、まさかここまで……。
何より、ためらいなく緑の巨人へ駆けるその後ろ姿に、一瞬ティリオンは見とれた。
(歴戦の精鋭たちが立ちすくむ巨人を前に、最も危険な一番槍を)
その心の強さにティリオンは身震いする。
驚異的な才能。
経験豊富なティリオンでさえ、力の全容をまるで把握できない怪物。
(この子、どこまで……)
子供にしか見えない小さな背中に、ティリオンは呼吸の仕方を忘れていた。