35 予感(魔道具師ギルド6)
「まだあの小娘は見つからないのか!」
声を荒げるギルド長に、副ギルド長は身体を小さくして言った。
「申し訳ありません。冒険者ギルドに依頼を出し、周辺の魔法職関連のギルドにも声をかけ、懸命に探しているのですが……」
「何か少しでも情報は無いのか」
「それがなかなか難しく……王宮魔術師として、似た名前の者が活躍しているという話はあるようですが」
「あの小娘が王宮魔術師になれるわけがないだろう」
「そうですよね。私もそう思います」
それは下っ端魔道具師に対する二人の共通した認識だった。
名門魔術学院を出て、魔法の素養があったとは言え、王国最高機関のひとつである王宮魔術師になれるほどの力があるわけがない。
もしそれだけの力があったなら、最初から地方の魔道具師ギルドで働く必要などないのだから。
劣悪な条件下で辞めずに働き続けていたその時点で、魔法使いとしての能力がそこまでの域にないことは推測できる。
「で、あればあきらめて魔法以外の仕事でもしているのだろう」
「では、魔法職以外のギルドにもあたってみましょうか」
「いや、所詮はその程度の存在だったということだ。考えてみればどうかしていた。あんな小娘が、うちのギルドの躍進を支えていたなんて冷静に考えればありえない話だろうに」
「そうですね。どういう方法であの量の水晶玉を作っていたのかは気になるところですが」
「あの嘘つき女のことだ。どうせ小狡い方法でごまかしていたのだろう」
うなずきあう二人。
それから、にやりと口角を上げる。
「そんな小娘の作ったものを評価するとは、侯爵様もオズワルド商会も本当に見る目がない」
「僥倖だ。あの小娘でごまかせるなら、我々はもっとうまくやることができるに決まっている」
「何か策があるのですか?」
「当然だ」
自信に満ちた表情でギルド長はうなずく。
「正義が勝つのは物語の中だけ。現実の世界で勝つのは最も狡猾に行動した者。社会というのは、常に悪党が勝つようにできているものなのだよ」
それから、二人が行ったのは他のギルドへの水晶玉の発注だった。
近隣で最も品質が良い水晶玉を作るとされるギルドから完成品を仕入れ、それをさらに磨き上げることで最高品質の水晶玉に偽装する。
「素晴らしい……! 今までうちで作っていたものよりはるかに美しい出来映えですよ、これは」
興奮した声色で言う副ギルド長に、
「当然だ。私が自ら策を練り、手を動かして作ったものなのだから。肉体労働しかできない魔道具師共より優れたものができるのは当然のことだ」
「さすがです。お見それいたしました」
「まったく。この私がこんな仕事をしなければならないとはな。このようなことはもう二度とないことを祈るばかりだよ」
嘆息してからギルド長は続ける。
「横流しするために完成品を仕入れたせいで、資金もかなり減ってしまった。指示に従うことしかできない能なしのくせに反抗など。忌々しい魔道具師どもめ……」
「本当に危ないところでした。私など一時はもうダメかとまで思いましたが」
「あんな屑共に潰されてたまるか。私は上に行くべき存在なのだ」
「そうですね。この水晶玉なら、オズワルド商会でも高く評価してもらえるに違いありません」
「喜べ。成功はすぐそこまで近づいている」
侯爵様とオズワルド商会に納品する水晶玉を納入期限までに出荷した二人は、成功を確信し満足げに微笑む。
無事必要な仕事を終え、朝方から眠りに就いたギルド長。
しかし、安らかな眠りは外から聞こえる副ギルド長の声によって中断されることになった。
遠く聞こえる扉を叩く音と、ひどく焦った声。
予感がした。
何かよくないことが起きている。
背筋を冷たいものが伝う。
(いや、ありえない。私はうまくやったはずだ)
何度も自分に言い聞かせる。
扉を叩く音が、声が近づいてくる。
祈るような気持ちで扉を開けたギルド長に、副ギルド長は言った。
「侯爵様からすぐに来るよう連絡が……! 出荷した水晶玉に問題があったと言っています……!」