33 魔法薬研究班2
王宮魔術師団五番隊、魔法薬研究班。
卓越した知識と技術を持つ一流の魔法薬師で構成されたこの組織は、ここ数年で最も忙しい時期を迎えていた。
北部で流行した伝染病の影響で、例年より多くの魔法薬が必要になったのだ。
一人でも多くの人を一日でも早く治療するために、魔法薬師ギルドや商会と連携しながら懸命に魔法薬作りに励む日々。
消耗していく現場。
三番隊から新人魔法使いが助っ人として派遣されたのは、そんなある日のことだった。
『ノエル・スプリングフィールドです! よろしくお願いします!』
魔法薬師たちは、彼女を他の隊から派遣された魔法使いの一人として認識した。
大勢いる中の一人として。
(どうせあまり使えないだろう)
それは、魔法薬研究班の薬師たちの、他部署から派遣された魔法使いに対する共通した認識だった。
同じ王宮魔術師とは言え、魔法薬を専門とし、その生涯の多くをそこに注ぎ込んできた者とそれ以外の者では知識と能力に大きな隔たりが生まれてしまう。
簡単な仕事を手伝ってくれるのはありがたいが、それも自分たちが指示しなければ動こうとしない者がほとんど。
知識の不足に加え、腰掛けでの助っ人という意識もあるのだろう。
自分たちは本職ではないから、必要最低限こなしていればそれでいい。
そういう考え。
(忌々しい……我々がどれだけ命を削ってこの仕事に打ち込んでいるか……)
動こうとしない連中に、怒りを抑えつつ仕事に励んでいた魔法薬師たち。
しかし、その認識は一人の新人によって塗り替えられることになった。
「魔晶石減ってきてる。誰か倉庫から新しいの取ってきて」
「こちらに準備してます! すぐに交換しますね」
「え、持ってきてる……?」
子供にしか見えない小さな新人の仕事ぶりは、魔法薬師たちの想像をはるかに超えていた。
「ごめん、伝えるの忘れてたんだけど魔女草の下処理を大至急で――」
「そうかなと思ってやっておきました! 使ってください!」
「え……? あ、ありがとう」
誰よりも冷静に全体を見回し、必要な仕事を先回りして処理してしまう。
「昨日追加で発注したアストラルリーフって何時に届く? 誰か商会に連絡して」
「先ほど確認して、十六時までには納品すると回答をもらってます。到着後、すぐに運び込めるよう準備しておきますね」
「……う、うん。それでいい。完璧」
魔法薬に関する知識もあるようだが、その点だけで言えば魔法薬師たちには遠く及ばない。
しかし、彼女にはそれを補ってあまりある状況把握能力があった。
ここ数年で最も忙しい過酷な現場にもかかわらず、まるで慌てていない。
むしろ仕事が少ないとさえ感じているのではないかと思えるほどの落ち着き。
広い視野で、素早く的確に必要な仕事をこなしていく。
「おい、あの小さいの何者だ……?」
「わからない。だが、明らかに只者じゃないぞ、あれ」
目の前の異常事態に、小声でかわされる会話。
「いったいどこにあそこまで優秀なやつが」
「例の新人だ。舞踏会でノインツェラの皇妃殿下を助けたって言う」
一人の言葉に、魔法薬師たちは息を呑む。
「あの、『血の60秒』で合格したってやつか」
「たしかに、三番隊の連中が随分自慢していたが」
「まさか、ここまで……」
今日入ったばかりにもかかわらず誰よりも早く的確なその仕事ぶりに、魔法薬師たちは絶句することしかできない。
処理が追いつかず、積み上がっていた仕事が次々と片付いていく。
気がつくと、現場は彼女を中心に回っていた。