32 魔法薬研究班
「魔法薬研究班のお手伝い、ですか……!」
私の言葉に、レティシアさんはうなずいて言った。
「ええ。北部で流行した伝染病の影響で今年は例年以上に人手が足りないみたいなの。あなたの将来を考えても良い経験になると思うし。もちろん、嫌なら他の人にお願いしようと思うけど」
「やりたいです! やらせてください!」
王宮魔術師団の魔法薬研究班と言えば、王国魔法薬学界の最先端。
ここでしか触れられない希少な機材と素材を使って、名だたる魔法薬師さんたちが日々研究に勤しんでいるところだ。
あんなすごいところで働けるなんて……!
学生時代、魔法薬の研究をしていた身としては、胸の高鳴りを抑えられない。
いったいどんなところなんだろう。
お手伝いに行けるということは、中の人たちとお話もできるかもしれない。
あそこの技術と設備なら、かっこいい大人の女性になれる変身薬だって作れるかも!
期待に胸をふくらませていた私は、しかし危惧しなければいけない可能性に気づいて硬直する。
「だ、大丈夫ですかね? 私、みなさんについていけなくてご迷惑をおかけしちゃうかもしれないですけど」
先輩たちは『仕事早いね』ってたくさん褒めてくれるけど、それがみなさんのやさしさによるものだということを私は知っている。
地方の魔道具師ギルドでさえ通用しなかった私だから。
王宮魔術師さんたちの中で仕事ができる方なんてそんなこと絶対にあるわけないし。
不安になる私に、レティシアさんはにっこり微笑んで言った。
「大丈夫よ。あなたなら絶対に通用する。私が保証するわ」
その言葉がどんなに私に勇気をくれたか。
こんな私に、そこまで言ってくれるなんて。
やっぱりレティシアさん素敵な人だなぁ。
あんな風になりたいと憧れずにはいられない。
他の人より仕事ができなくても、一生懸命がんばれば大丈夫ってことだよね。
よし、やるぞ……!
こうして迎えたお手伝い初日。
「ノエル・スプリングフィールドです! よろしくお願いします!」
張り切って魔法薬研究班の魔法薬師さんたちに挨拶をする。
レベルが高すぎてお役に立てないんじゃないかと不安だったけど、幸い仕事場にはそこまで難しくない簡単な仕事や雑務もたくさんあった。
そういう雑用は私の得意分野。
周りを見ながら必要な仕事を先読みするのは、魔道具師ギルドで働いていた頃からずっとやっていたこと。
あの頃は現場の人を助けて納期に間に合わせることしか考えてなかったけど、それが役に立つんだから人生ってわからない。
「魔晶石減ってきてる。誰か倉庫から新しいの取ってきて」
「こちらに準備してます! すぐに交換しますね」
「ごめん、伝えるの忘れてたんだけど今朝届いた魔女草の下処理を大至急で――」
「必要かなと思ってやっておきました! 使ってください!」
「昨日追加で発注したアストラルリーフって何時に届く? 誰か商会に連絡して」
「先ほど確認して、十六時頃に納品すると回答をもらってます。到着後、すぐに運び込めるよう準備しておきますね」
今は忙しい時期みたいだけど、前職でずっと過酷な環境を経験している私なので、これくらいの仕事量なら余裕を持って処理していくことができる。
次の工程では、下処理した満月草とブラックスライム液が必要だから先に準備して、と。
張り切ってお手伝いに励む私だった。