30 瞳の真ん中
「ぼーなすぼーなす、ぼぼーなすー♪」
白い封筒を大切に抱え、鼻歌を歌いながらルークの執務室へ向かう。
思いきり自慢してやると、ルークはくすりと笑って懐から封筒を取り出した。
「知ってる。僕ももらってるから」
むむむ……。
私だけだと思ってたのに。
でも、考えてみれば自然なことだった。
ルークと二人だから勝てたんだもんな、あれ。
しかし、こうなってくると顔を出すのは昔の自分。
「ちなみに、いくらだった?」
「大銀貨四枚」
「よしっ! 私五枚! 私の勝ち!」
ガッツポーズする私に、ルークは微笑んで言う。
「にしても、二階級特進か。すごいね」
「えへへ、そうでしょう。ルークもようやく私のすごさがわかったようだね」
もちろん、奇跡が起きてたまたまうまくいっただけなのはわかってるんだけどね。
でも、だからこそこういう機会に思いきり自慢しておいてやらねば!
「この早さでの翠玉級昇格はあまり例がないと思う。君より早い人はほとんどいない。たしか、一人だけかな」
褒めてくれるルークに頬をゆるめる。
しかし浮かれていた私は、続くルークの言葉に絶句することになった。
「ちなみに、その一人僕なんだけどね」
「…………」
こいつ……。
私に勝てるカードを隠し持っていたなんて……!
ガウェインさんからの個人ボーナスの額と、昇級の早さの公式記録では明らかに公式記録の方が価値が上。
だからこその余裕。
この男、涼しい顔して負けず嫌いなの全然変わってない……!
「いやー、ノエルはすごいなぁ。二番目、僕の次の早さか」
私は拳をふるわせる。
ちくしょう、煽りやがって……!
「次は勝つ! 出世の早さでは勝てないかもだけど、何かで勝つ! 覚えてなさい!」
びしっと指を突きつけて宣言する。
次はぎゃふんと言わせてやるんだから。
王宮の大図書館で借りてきた魔導書を開き、早速猛勉強を始める私だった。
◇ ◇ ◇
ルーク・ヴァルトシュタインは魔導書に向かう彼女を見て目を細める。
タイトルが頭良さそうでかっこよかったから選んだらしいその魔導書がどれだけ難解なものなのか、おそらく彼女は知らない。
内容を理解できるのは、王宮魔術師の中でもおそらく一握り。
しかし、周囲の感情に鈍感な彼女は気づかない。
いつだって中心にあるのは、魔法が好きだという気持ちだけ。
普通の人なら気にせずにはいられない周囲の評価。そこへの感覚値が乏しい分、目の前のことにすべてのリソースを割いて打ち込めるのは彼女の才能だ。
(本当に、僕よりずっと天才なんだよ、君は)
ルーク・ヴァルトシュタインは誰よりもノエル・スプリングフィールドを評価していて。
だからこそ、彼女と競い合い続けられるようひたむきに努力を積み上げてきた。
(魔法に関することで勝ったときだけ、君の瞳の真ん中に映ることができるから)
彼女にとって一番大切なものである魔法。
それで勝ったときだけ、負けず嫌いな彼女の心を少しだけ僕のものにすることができる。
『次は負けないから!』
『くそ、ルークめ……!』
『ふふん! 私の勝ち!』
そうやって寄ってきてくれる君の姿を、僕がどれだけうれしく思っているか。
そのためならどんな対価を払ってもいいくらいに僕は幸せをもらっていて。
たくさん食べるところも、小さな背丈も。
音痴で残念な歌声も、私服のセンスが壊滅的なところも、全部全部好きで。
君といられる。
それだけで、僕はどうしようもなく救われてしまうんだ。
君の世界に僕が映っている。
今はそのことが何よりもうれしい。